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一番上の姉はとても聡明で、そして卑屈でした。だからこそ姉妹の中で――ああ、姉妹だと思っていたのは私だけかもしれませんがそれはそれとして――最も可愛い私を妬んだのでしょう。
は? いや私は可愛いでしょう。どうにもミトカワさんは人を見る目というものがないようですね。百人に聞いたら百万人は私のことを可愛いと言うに違いがないというのに。ネズミ講も真っ青、人づてに伝えに伝えて私は伝説となるのです。雨が降ったら私の仕業だと思ってください。それとミトカワさん。眠れないあなたが私におとぎ話をお願いしたということをお忘れなく。語り手の機嫌を損ねると、思いもよらぬ結末が待っているかもしれませんよ。
こほん。さて、姉の話です。そう、一番上の。ご存知の通り私には三人の姉がいまして、その中でも特に私と仲が悪かったのが三歳年上の姉です。名前は知りません。他の姉も同じです。ちなみに私は底と呼ばれていました。そこ、なのか底なのかは今となっては分かりませんが、まあどちらでも変わりはないでしょう。
彼女は私の顔を見るたび、いや見なくてもというかわざわざ見に来ては罵詈雑言を浴びせてくるわけですが、ふとした拍子にそれはそれはとてもとても嫌らしい良い顔で微笑むわけです。私には及びませんがそれなりに整った顔なので、他の人たちから耳にする評判は良いものでしたよ。まあ、私のほうが形の良い唇をしているのですが。だからでしょうか。姉は私の唇をハサミで切ろうとしてきたのです。そんなことをしても何も変わらないというのに、何がしたかったのでしょうね。
人のことを馬鹿にして、とかそのようなことを口にしていたように思いますが分かりません。その時の私は人の声が聞こえず……あ、これはまた別の話になるわけですが、当時の私は家にいる間は昼夜問わずヘッドホンを装着させられ音楽を聴かされていまして――それがですね、聞いてくださいよ。本当に酷いものだったんですよ! 母が作曲したあまりにも退屈で退屈で退屈で退屈なインストゥルメンタルの曲で、こんなものを聴き続けるくらいなら耳を引きちぎってしまったほうが幾分かマシだと思えるほどにつまらない、ああもう本当に思い出すだけでも腹が立つ、本当に、本当にこの世に存在しあまつさえ世間一般に流通し評価されていることが信じられないほどに耳障りなピアノソロの応酬でして――ああ、はい。失礼しました。母のことはまたの機会に。今は姉のことです。いえ、私は悪くないです。何を聴いていたのか尋ねたのはミトカワさん。そうでしょう?
まあ、つまりですね。姉が私の口内にハサミの刃を突き入れたときには私はとても機嫌が悪かったということを言いたいわけですよ。それはそれは天と地が離れていることを呪うエリマキトカゲのごとく広がる怨嗟を隠そうともしませんでしたとも。想像できますか? 私ですよ? こんなに、こんなに世界に優しい私が怒りをあらわにしていたなんて。希少なものを見られた姉は幸せに死んだと思います。え? ああ、死にましたよ。私が殺しました。どうしてハサミなんて持ってきたのでしょうね。それも、女の子の指くらいなら簡単に切り落とせそうなほどに大きなものを。そんな物騒な物体を持ち込んだらどちらかが酷いことになると分かっていたはずなのに。言いつけを守らなかったのは姉のほうです。顔は傷つけてはいけないという建前すら守れない姉が悪いのです。これは罰です。生きていてはいけないものは罰を受けなければならない――我が家の教えですよ。我が家? いえ。私ですかね? ま、お互いに死んでしまったし手打ちとしましょう。まあ、彼女には打つ手どころか指も掌もなくなってしまったわけですけれど。
ここ、笑うところですよ?
さてさて、ミトカワさん。どうです? 眠れそうですか? 私は死んでいるので眠る必要などないことはご存知かと思います。泥に沈みゆくまでお話ができますよ。それこそミトカワさんが死んでも、ずっと。ほら、そんなに嫌そうな顔しないでもっとお喋りしましょうよ。
などと言っている間に夜が明けてしまいましたね。
ミトカワさん。
閂は今日も雨のようですよ。[了]
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