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「右……ですかね」

「左だろ」


 血肉溜まりに臓器を投げ捨てる。顔見知りのなんでも屋、ヨモツに持ち掛けられた「誰でもできる簡単な仕事」は、彼女の言う通り雑談を交えながらでも容易に行えるものだった。

 死体を解体しまだ使える箇所、そうでない箇所を分けると一人毎に缶コーヒーを買えるくらいの金を貰える。内容はともあれ仕事は仕事だ。生活費に充てられるのなら内容はどうだっていい。


「いやそれ腐ってますって。知りませんよ」


 ササに小言を吐かれる。放り投げた小腸は虫が湧き始めてはいるがまだ使えるはずだ。目的は聞かなかったが、ヨモツが言うには「生きとし生ける人々の健康増進に欠かせないものさ」ということらしいから、少しくらい悪くなっていても問題はないだろう。腐りかけがうまいとも聞く。食べるかどうかはさておいて。どうせ僕が口にするものではない。


「あ」

「これは左だろ」


 持ち上げたのは少女の上半身。轢断されたのか下半身とは読んで字の如く皮一枚で繋がっており、なぜだか臓器は抜き取られて空洞と化している。そこだけを見れば使い道はないに等しい。しかし、両手足はまだまだ使えるはずだ。細く、しなやかなそれらを好む者は多い。


「同級生です」


 少女の顔を覗き込んだササが言う。


「え?」

「私の……いえ、私達の同級生ですよ。この子」



 少女の名はヨルコ。町外れにある神社の娘で、僕は面識がなく存在すらも知らなかったが、ササの話によれば同級生であるらしい。

 常日頃から栄養の不足した生活を続けて三十目前の肌は荒れ、髭は週に一度剃る程度、伸びた髪はまとめることなく伸び晒し。僕の姿は傍目には浮浪者然に映ることだろう。

 悪霊であるササは生気こそ感じられないが生前のまま、女子高生当時の若々しさを維持――あくまで本人の申告による――しており、実際に黒一色のセーラー服とスカートを着用した姿も何ら違和感はない。そもそも霊というものは成長や老化といった経緯を辿るのだろうか。

 しかしこのヨルコという少女、僕やササと同年齢の一般的な人間だとするにはあまりにも若いように見える。幼い、といっても間違いではない。


「十年前もこのような姿でしたよ。お勤めの影響で小学生で成長が止まったそうです」

「お勤めとは」

「神社と言いましたが、正しくは新興宗教施設ですね。以前にお世話になったと話しませんでしたっけ。閂に降り続ける雨を止めることを目論んでいる人たち」


 全く思い出せない。

 ササも僕が記憶していることは期待していなかったようで、小さく溜息をつき「ま、そういう人たちがいたというだけの話です」と深く語ることもなく締めた。何だ、別にまた話してくれても良かったのに。暇つぶしくらいにはなるはずだから。


 左へと分別したヨルコの上半身を屈んで覗き込みながら「不思議ですね」とササがつぶやく。

 幽霊の身で生者の身体に手を触れることができたとしたら、隅々まで触って調べ尽くしていただろうと想像に難くないほど顔を近づけ観察しているが、この死体のどこに疑問があるのだろうか。歳をとっても変わらない人間など珍しくもないだろうに。


「私、確かにこの子の首を切り落として魚の餌にしたはずなのですが」


 ふと、思い出した。

 ササは生前に少なくとも九名を殺害している。

 そう。少なくとも、だ。ササの死後に実は彼女の凶行だったのではと言われている殺人が多数確認されてはいるが、そのどれもが不確定であり、断定はされていない。その中の、確実にササが殺したと言える者の一人がこのヨルコだった。

 ああ、段々と思い出してきた。ササはヨルコを身体の部位ごとに分断して血抜きを行い、頭部を透明のポリ袋に入れて運んでいる姿を目撃されたが、哀れな被害者の小さな頭は今現在までどこにあるのかは分かっていなかった。まさかこうして所在を知ることになろうとは。


「どうして殺した?」

「特に理由はないのですが……強いて言えば、注意されたからでしょうか。人は殺してはいけないよ、と。霊感があると噂されていた子でしたからね。私に良くないものを感じたのではないでしょうか」


 それで怖くなって殺したのだとササは話した。殺したところで不安が消えるようなものではないと思うが、お互いに死んだ今となっては問題ではないだろう。ヨルコとしてはまさか自分の些細な一言で自らが殺されるとは思わなかっただろうが。


「ん? ミトカワさん。財布がありますよ」


 拾い上げて中身を確認する。僅かな小銭がいくつか、期限の切れたファストフードの割引クーポンが数枚……そして、顔写真付きの学生証。それによるとこの少女は僕やササより一回り以上も若く、名前もヨルコではないらしい。つまり、よく似た全くの別人だったのだ。


「ま、そうでしょうね。死者が生き返るわけないですし。あれだけ細かく刻んで生きていたらホラーですよ」


 人殺しの成れの果て、未だに害を振り撒く亡霊である恐怖の体現者が何を言うのか。


 ともかく、この話はこれ以上は続かない。かつて殺した人間によく似た別人がいた、と。ただそれだけのありふれた話だ。こんなことで時間を消費している暇は僕にはないのだ。

 閂にしては珍しく曇り空だが、いつ雨が降るとも限らない。そんなことになれば分別作業もままならない。己に化したノルマの半分も満たしていないのだ。僕は再び、死体の分別に戻るのだった。[了]

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