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「例えばの話をしましょう」
後ろ手を組み壁に寄りかかる虚ろな悪霊――ササが、血の巡りを感じない青白い顔に微笑みを浮かべて語り出す。足元には酷く損傷した男女の姿。ササの仕業である。自分は手を下していないとシラを切ったが、彼女の姿を目にした瞬間に男女の様子が豹変し、互いに噛みつき始めた光景を目にした僕にそのような嘘が通じるとでも思っているのだろうか。
「仮に私が今現在も生きていて女子高生のかわいらしい姿であり、今回と同じくこの方たちの心中の現場に居合わせたとします。さてミトカワさん。私は何をするでしょうか?」
両の手のひらを軽く合わせて聞いてくる。
豪雨から逃げ込んだ廃ビルで遭遇した、恐らくは自殺を企てていたのであろう若い男女が最終的には一般的に言うところの変死を遂げた瞬間に居合わせた僕には、こんな奴の質問にまともに答えるだけの気力は残っていなかった。
「僕が知るかよ」
「私に興味を持ってくださいよ、少しくらい」
今はすでに死者の身であるササは僕の同級生だ。生前に面識は全くなく――いや、彼女を殺したのは僕だから一切ないとは言えないのかもしれないが、十年前に同じ空間で過ごしたというだけで特にこれといった関わりはなく、時々噂で褒めそやされているのを耳にした記憶しかない。人と積極的に関わることを拒んで生活していた僕でさえ会話の断片から端麗さと気立ての良さくらいは想像できたのだ、どれだけの頻度で話題に挙がっていたのだろう。他に話すこともなかったのか、我が校は。
結局それらの優等生的な姿は作り上げられたものに過ぎず、彼女はある日を境にタガが外れて人間を次々と殺していくのだが、それはまた今更どうでもいい話である。
「あ、見てくださいよミトカワさん。この方たち、まだ生きていますよ」
横目で確認してみれば、顔面の鼻から下、顎の辺りまでを齧り取られた男は起き上がろうとしているようだった。しかし彼の胴体は骨だけを残して肉の大半が食われており、その行動が叶うことはない。
一方の両目両耳を抉られさらには両手足までもをもがれた女は芋虫のように男へと這いずっていき、そして、先ほどまでそうしていたように、男の身体を食らい始めた。どこか楽しげな様子のササと違い、正気を失った獣の食事風景を凝視して楽しむ嗜好など僕は持ち合わせてはいない。
「ミトカワさん。これが愛ですよ」
「は?」
「最後はお互いを食べて一つになる……なんと素敵なことでしょうか」
「それなら、キミを食べた僕は何なんだ」
僕はササの死体を食べた過去がある。そのせいで取り憑かれたようなものだ。あまり記憶には残っていないが、大して美味いものでもなかった。調理したわけでもないから仕方がないが。いや、そもそも僕には人を喰う習慣はない。
「あなたのは趣味でしょう。これとそれとは別物なのです。一緒にしないでください。良い気分が台無しです」
唇を尖らせ反らした顔に触れることができるのであれば、迷うことなく側頭部を引っ叩いていたのに。
「彼女の小さな身体では彼のことは受け入れきれなかったようですね」
見ると、女が男を咀嚼するたびに、彼女の切り裂かれた喉からは肉片がこぼれ落ちていた。
やがて女は食べることを止め、既に事切れていた男に覆い重なるようにその身を倒した。
「さて、私が生きていてこの状況に置かれたらどうするのかという話ですが」
「どうでもいい」
「私はきっと、この手で彼らを殺していたと思います。どうせ心中するのです。殺してしまっても良いはずでしょう?」
生前から死を幸福と捉えて殺人を繰り返した少女が行き着いた先は、人に害を及ぼす存在である悪霊。
歪んだ幸福論者としては、これ以上にないほど最適なのかもしれない。[了]
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