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「……ああ、はい。大丈夫。見てるので。はい、それじゃ。えぇ、次の方」
簡単で高給な仕事などない。そんなことは分かっていた。分かっていたがしかし、今の僕には金がない。明日どころか今日を乗り越えることすら不確定な現状の生活につけ込む人間というものは存在する。知人であり、なんでも屋を営んでいるヨモツだ。彼女は「見ているだけだから」とにこやかに――そう、あいつは笑っていた。よくもまあ、こんな仕事を押し付けておいて笑えるものだ。何が楽しいというのだろうか。こんな――ああ、もう。また呼ばれた。何度目だ。まだ続くのか。
「ミトカワさん。呼ばれていますよ」
「分かってるよ」
頭上から気怠げに声を掛けてきたのは黒一色のセーラー服とスカートを着用した少女。彼女は細い枝の上に腰掛けており、つい先ほどから僕と同じく既にこの仕事に飽き飽きしていることを隠そうともせず、枝から枝へ、葉から葉へ飛び移っては暇を持て余していた。彼女――名はササという。彼女は僕に取り憑いている悪霊である。そんなに退屈だというなら待ちわびている人々の一人や二人、脅かし追い払ってくれればほんの少しは助かるのだが。
「良からぬことを考えている気がします」
「気のせいだろう」
実際問題、冗談ではなく霊の手も借りたいというものだ。が、どうにも。今回集まった人々は誰も彼もがササの姿を見ることはできないらしく――それはつまり、彼らがやましいことを何一つ抱えていないということに他ならない――助けに加わろうとしても叶わないのが現実だ。
ここまで善人ばかりが集まっているというのに僕はいったい何をしているというのか。僕は決してまともではない。まともの定義は人の数だけあるのだろうが、まあ、僕はろくでもない人間だ。
だから、彼らが首を吊って死のうがなんだろうがどうでもいい。
心底、そう思っている。
「なんですかねこれ」
「僕が知るかよ」
何のために、とは依頼主であるヨモツにも尋ねた。それに対する彼女の答えもいまいち要領を得ないものであり、ただ自分たちが首を吊って死ぬ瞬間を見ているだけで良いと。最期に誰かに見、記憶していてほしいのが我々の意思だと。この次から次へと死を待つ集団の代表者――彼はいの一番に死んだ――に言われたとのことだ。
それはそれはなんとまあ。ああ、簡単だ。嘘つきのヨモツにしては本当のことに違いない。
けれど申し訳ない。僕は彼らのことを覚えてはいられない。僕が今必要なのは、金。食料。そして睡眠。それらを手にした瞬間、僕の記憶から消えてなくなる存在だ。だから――だから、さっさと死んではくれないだろうかと切に願う。
次に死を求める者の元へと向かう。僕の望みは、落ち葉を踏む音に紛れて消えた。[了]
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