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 電柱の陰に膝を抱えて座る男。大雨の中、灰色のスーツを着込んで傘も差さずに虚ろなその姿は有り体に言って異様で、関わらず通り過ぎるべきだという直感が僕の足を前へ前へと動かした。


「見てくださいよミトカワさん」


 そんな僕の気持ちはつゆ知らず、男に近づき声を上げるササ。ところどころ半透明な彼女は雨に身体を濡らすことはなく、また、大抵の人間には姿を視認されることはない。だからこそ不注意にどこそこに首を突っ込むのだが――正直に言って、迷惑極まりないことこの上ない。

 仕方なく、手招くササの元へ近づく。あらわになる男の全体像。

 彼は、頭部をボウルのように切り開かれていた。


「どうです?」


 と、言われても困る。男に対して僕が何か行えることは恐らくないだろうし、感想もこれといって特にない。人でないもの、と僕が勝手に呼んでいる奴らがここ閂町には所狭しと潜んでいる。こいつもその一人というだけだ。関わらないことが吉。今すぐこの場を離れたほうが良い。

 ああ、ほら。そんなことを考えていると知ってか知らずか、男が僕に手を伸ばし始めてしまった。生きているのか、こいつは。驚くことではない。そういうものなのだ。たとえ全身を切り刻まれていようが、人体の一部が別の生物や機械部品と取り替えられていようが、生きている者は生きている。人でないものとはそういった存在だ。

 そしてその大半が、まっとうな人間に対しては有害なのだ。


「サラダッッッ、食べてくださいッッッ」


 嫌だよ。とても嫌だ。こいつの叫ぶサラダとは、開かれた頭部に詰められた腐った野菜のことを示しているのだろうが、どう見たってまともに食べられるようには思えない。極限まで空腹であったなら話はまた変わってくるが、今の僕はそこまで腹が減っていない。半ば溶けている玉ネギや、虫が卵を産み付けている酷い臭いのレタスを口にはしないのだ。もはやこれはサラダではない。生ゴミ処理機だ。


「食べてあげないのですか?」

「食うかよ」

「かわいそうに」


 自らが食べることはないからと、心にもないことを口にする悪霊である。

 サラダサラダとこちらに向かってわめき続ける男をその場に残し、僕は再びの散策へ戻るのだった。[了]

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