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 僕はコーヒーにこだわりがあるわけでも造詣が深いわけでもないが、喉奥に流れ込んでいった薄茶色い飲料が不味いということだけは分かる。

 まず舌先に感じたのは爽やかな酸味。しかし香りはチョコレートとキャラメルがほどよい距離感でやっているところにメープルシロップとバニラが顔を覗かせている、甘ったるさの極み。が、飲み下した後に訪れるのは、終わりの見えない地底探索を思わせる苦味くるしみである。


「私は飲まないほうが良いと言いましたよね」


 返す言葉もない。ササの言葉通り、自販機に忘れられていた――いや、意図的に置かれていたであろう飲料など口にするべきではなかったのだ。毒物が混入されていなかったことが幸いだ。事によっては僕が今吐き出しているのは胃酸ではなく血反吐だったかもしれないのだから。


「フォーチュンコーヒーですね」

「は?」

「おみくじの入ったクッキーがありますよね。それのコーヒー版ですよ。私が今考えました。なるほど、こういう方法が……でもですよ。普通の人であれば、疑いもせず飲んだりはしないはず……」


 何やら独りごちているササ。どうせろくでもないことを考えているに違いない。悪霊とはなるべくしてなるものなのだ。例外はない。

 しかし、この残った液体をどうするべきか。排水口に流してしまっても別に咎める者もいないだろうが、環境や生態系に悪影響を及ぼす可能性も無きにしもあらず。

 いや、知ったことではない。僕はボトルコーヒーの口を下へ向け、廃棄した。


 流れ出てきたのは粘性のある黒い液体。鼻をつく古びた廃油の臭い。そして、液体に混ざる虫の死骸、煙草の吸い殻、人の目玉。

 血走った眼が僕と目を合わせたのも束の間、それらは網の先へと姿を消した。


「大凶だ」


 ボトルをゴミ箱へと投げつける。さほど距離があったわけでもないが、入らず。

 転がった異物を拾い上げようとは思わなかった。[了]

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