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 町から唐突に明かりが消えた。停電だろうか。短くなったロウソクに火を灯すと、眉をしかめたササの血色のよろしくない顔が間近に現れた。ただでさえ出す音も少なく気配もないというのに心臓に悪いことこの上ない。


「いけませんね。月喰いの夜ですよ。どれだけ小さな光であっても許されません」

「……月、何?」

「おや、ご存知ないのですか。月喰いですよ。闇が主役のお祭りです」


 聞いたことがない。

 ササの話によると閂の町では年に一度、短時間ではあるが、完全に光が遮断される瞬間があるという。それは決まって月が見えない夜、暗雲が上空一帯を覆っている日に行われる。


「まぁ、今の世の中で完全に光を封じることなんて難しいですけどね。こうやって簡単に火も起こせますし」


 けれど、少しの間だけ火を消してくれませんかとササに言われたので吹き消す。路地裏には再び闇が訪れる。

 僕は路地の壁に寄り――掛かろうとして、何もない空間に転がった。


「ここで休むのは危ないですよ。ましてや今は闇の中です」


 私が先導するので付いてきてください、と耳元で囁くササ。そういえば以前に自分は昼も夜も関係がない世界にいるのです、と話していたような気がする。夜目がきく……とは少し違うのだろうが、暗闇であっても周囲の状態を把握できるのかもしれない。


「そう。あと少し。もう少しだけ進んで右に曲がってください。ここからはしばらくまっすぐです」


 さて。


 ここはいったいどこなのだろうか。僕の想定していた道とは明らかに違う。裏道とはいってもここまで長く歩くようなところには入っていない。

 ササに聞く。合っていますよ、と感情の覗い知れない、彼女のものとは似て似つかぬ声。足元はいつのまにか土と草の柔らかな感触に変わり、手を伸ばせば枝に触れた。吹き荒ぶ風は容赦なく身を凍えさせてきて、ふと見上げれば水滴が頬に触れる。


「闇というものは良いものです。全てが皆、等しく死んでいる」

「……そうかな」

「私はですね。××××××」


 ササの声にノイズが混じる。彼女が話している相手は僕なのか? そもそも彼女はササなのか? 分からない。僕には彼女の姿が見えない。

 闇の中に紛れるものは誰だ。


「羨ましかった。生きているあなたが。死にぞこないのくせに生き続けているあなたが。どうして生きているの? 私は死んだのに。どうして生きていられるの? 私を殺したのに。人の命は対等であるべきなのです。人を殺したらその人も××××で然るべきです」


 ササなら何と言うのだろうか。彼女は人を殺し続ける。故に、悪霊。死してなお殺人を続けるものに報いはあるのか。


「あなたは今すぐ××××××。だから×××に連れて行く。逃げ出すことなど××××××」

「あ、ミトカワさん。ここですよ」


 瞬間、夜空に一筋の閃光。すぐに続いて破裂音。

 ……花火?


 次々とスクリーンに映し出される鮮やかな彩色。闇夜を照らすその光明は、僕を振り返り微笑むササの姿を確かに示す。

 つい今しがたまで存在していた人でない何者かは、気配も残さず消えていた。


「どうです? なかなかの見晴らしでしょう。褒めてくれてもいいのですよ」

「普段よく来る公園じゃないか」

「情緒のないことを……。まぁ、とにかく。これにて月喰いの夜は終わりです。闇は祓われる存在なのです」


 気がつけば、切れかけた外灯の明かりが進む先を薄暗く照らしていた。

 闇には関わるべきではない。

 そう思った日であった。[了]

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