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「いらっしゃい。ここの代価は指だよ。一本いただくね」


 僕の小指が千切られて、代わりにキャベツを一玉貰った。ありがたい。腹は減っていないが、ちょうど欲しかったところなのだ。キャベツがあれば全てができる。キャベツは万能、キャベツこそ真理。

 先へ進むと、つい今しがたまでの昔気質な商店街とは打って変わってモダンな店が並んでいた。

 間近の仄暗い明かりが灯った店に入る。店員が愛想よく近づいてきたが、僕の顔を見るやいなや、あからさまに不快そうな表情を浮かべた。


「失礼ですが、お客様。あなたの耳では支払えるものが」

「右手の親指、それから左足の中指も持っていってくれ」

「かしこまりました」


 各部位の代わりに手に入れたのはキャベツ。つい食べ終えたばかりのものよりはやや小ぶりだが、みずみずしいように思う。やはり高いものは違う。が、しかし。僕はもうキャベツを食べたくはないのだ。どこか、誰かが交換してくれれば良いのだが、今どきキャベツを欲しがる人などいるのだろうか。流行りはもう廃れている。


 いた。キャベツをくださいと看板を掲げる人が立っている。迷わず声を掛けキャベツを差し出す。見上げるほどに巨大な男は無表情に僕を見下ろし、


「毎度」


 と、耳まで裂けた口で感謝の言葉を述べた。彼の右目は焼き潰されて鼻は削がれており、左足は義足のように見える。なるほど、キャベツを求める理由も分からないこともない。我ながら善いことをした。善い行いは返ってくるものだ。いつになるかは分からないが。


 ふと、辺りが騒がしくなる。何事だろうか。遠くからは人々が逃げるように駆けてきて、後にはキャベツが転がり落ちる。僕が拾おうと手を伸ばすと、その手を踏みつける者がいた。


「何をしているのですか。ミトカワさん」


 視線を上げる。

 そこに立っていたのは黒一色のセーラー服とスカートを着用した少女。怒りと嫌悪が入り混じった微笑みを浮かべる彼女の名前を僕は知っている。何というのだっただろうか、脳の半分がない状態だとどうにも記憶が曖昧だ。あのボッタクリ店には二度と行くものか。

 小さく溜息を吐いた顔色の悪い少女は手に持った包丁を僕に向かって振り下ろしてきた。面倒くさいだとかどうして私がだとかなんとか呪詛にも似た言葉を繰り返しながらも彼女は僕を刺すことを止めず、やがて僕は、血溜まりに寝転がっていた。

 なんてことだ。こんな人がまだ存在するだなんて。この町は意外にもまだ終わってはいなかった。

 ああ、素晴らしい。

 素晴らしい。僕は今、幸せに満ち溢れている!

 僕はいつまでも彼女に刺されていたいと、薄れゆく意識の片隅で確かに感じていた。



「ミトカワさん。そのキャベツ、絶対食べないほうがいいですよ」

「なぜ」

「だってミトカワさん、それを食べた後に毎回言動がおかしくなりますもん」


 そんなことを言われても、他に食べるものがないのだから仕方がないだろう。廃棄された畑だ。ここにあるものは全て僕のものだ。誰にも渡しはしない。


「……別にいいですけど。これ以上に何かあっても知りませんからね!」


 キャベツをちぎり、口へ運ぶ。僅かに土臭いが、それもアクセントとなり旨い。どれだけ食べても足りない。もっと。もっと食べたい。

 良い場所を見つけたものだ。墓場の裏手にキャベツ畑があるとは。他の場所も巡って探してみようか。さすがにキャベツだけでは飽きが来る。しかし。今はとりあえず、キャベツだけがあればいい。僕はしばらくここから抜け出せそうにはなかった。[了]

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