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 黒魔術。人や場所、その時々の気分によっては有用であると考えて使用するものなのだろうが、基本的にはろくでもないものという認識で構わないだろう。

 呪いに祟り、毒物。精神的な嫌がらせ。生贄。幽霊。あらゆる負の要素を詰め込んだ禁忌の集合体であり、悪霊が取り憑き共に行動している僕もある意味では黒魔術師と言えるかもしれないが、僕自身の意思など構うことなく悪霊は勝手に行動してしまうため、使役しているとは言い難い。それもまた黒魔術らしいといえばそうではあるが――つまるところ黒魔術とは、自分勝手なものである。


「魔法陣……これは、血? それに動物の死体。いまだにこんな感じなのですね」


 暴風雨から逃れるために潜り込んだ廃屋ではどうやら黒魔術の儀式が行われていたようで、隣り合った部屋の壁を取り壊して強引に一室にしたらしい空間にはおどろおどろしい光景が広がっていた。

 ササが言ったように部屋の中央部には何かしらの液体――立ち込める臭いから察するに血液と泥――で魔法陣が描かれており、五芒星の中心には腐った犬の解体された死骸が無造作に投げ置かれていた。

 あまり長居はしたくない。悪臭が目に染みる。


「誰もいないようですね」


 さほど広くはない家だ。僕たちが不法侵入……もとい、声を掛けてお邪魔した瞬間に儀式の最中の人間が消えるということは考えづらい。しかし。

 部屋中に設置されたロウソクはまだ長いままに火を揺らし、床の片隅にはコンビニエンスストアで買ったばかりであろう軽食と酒の入った袋が置いてある。そして、携帯電話が数台。これらを置いて持ち主がどこかへ消えるとは到底思えない。


「む。何かを引きずっていった跡がありますね。ほら、そこです」


 ササが指差した跡を辿って懐中電灯で照らしていくと、その先には取っ手のついた人ひとりは通れそうな小さな扉が備え付けられていた。妙にぬめる取っ手を掴んで扉を開いてみると、闇と階段が姿を現した。地下室への入り口だろうか。ササに先に行くよう手で合図をする。


「わっ、私が先へ行くのですか?」


 基本的に人間には視認されず、されたところで相手が死に至る悪霊以上に適格な偵察などいるのだろうか。渋るササから数歩遅れて後を追う。

 階段の壁にも燭台が備え付けられていたが明かりになるようなものは置かれてはおらず、懐中電灯で足元を確認しながら慎重に進む。途中、足を滑らせ転げ落ちそうになった以外には危険も異常もなく地下室へと到達できた。


 しかしここはどうにも、嫌な予感しかしない。

 いや、予感ではない。嫌だ。


「その壁のところにスイッチがありますよ」


 暗いところには慣れているというササが、僕が辺りを照らすよりも先に照明のスイッチを発見する。点けたくない。不思議そうに首を傾げる悪霊を置いて今すぐにでも引き返すべきだ。この場所は恐らく人間が――いや、存在するもの全てが気軽に訪れてはならない場所だったのだ。

 

 それは人ではない。ササのようなこの世から離れたものでもない。僕の目には何も見えない。見えない。見えないが、しかし。いる。そこに。目の前に。


 僕は今、何者かに見張られている。


「出よう」

「ここまで来てビビったのですか? 人なんて別にいな……あっ! また自分だけ! 待って! 待ってくださいよ!」[了]

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