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 この町の住民は人によく似た紛い物が大半を占めているのでは、と思うことがある。時々立ち寄るパン屋であったり時間を潰しに居座る本屋であったり、間違いなく人らしきものはいる。けれど僕が彼らと談笑することはなく、バターロールを購入して帰り雑誌を読み終えて退店するだけに終わるのが常だ。僕は彼らの名前を知らず、おそらく向こうも同様だ。そこにお互いの存在など無いに等しい。

 ……馬鹿らしい。そう若くはない年齢で考えるようなことではない。もしや人付き合いが恋しいのだろうか。そんなはずはない。僕は昔からこんなものだ。

 それはさておき。ここ閂において、人が人でないことも珍しくはないのもまた事実である。


「あれは?」

「人」

「それじゃあ、あの子は?」

「人」

「その隣にいるのは?」

「人ではない」


 雨の町とは正反対の雲ひとつない昼下がり。閂の中央に位置する公園では、普段と比べて多数の住民が散策を行い健康増進を図っていた。

 一方の僕は歩くことすら億劫に感じるほどに気力がなく、前傾姿勢でベンチに腰を下ろし、自らに取り憑いた悪霊と共に人でないものの様子を窺っていた。傍目から見れば不審者この上ないだろうが、動きたくないのだから許してほしい。


「おや? 子供を飲み込んで……また元の子供の姿になりましたね。あれはどちらの括りに入るのですか?」

「人ではない。おおかた、成り代わったんだろう」

「便利なことをするものです。……はっ! 気が付きました。私もあの方に食べられて、こう……なんというか……うまいことやれば身体を手に入れられるのでは?」

「止めておいたほうがいい。意識があるまま、自分の思ってもいない奇行を取るだけだ」


 少年の姿を借りて別人となった何者かが、今まで共に遊んでいた彼よりも小さな子供を背中から思い切り蹴飛ばす。親らしき夫婦が慌てて近づき諌めようとするが、時既に遅し。

 彼らは丸々――そう、言葉の通り一瞬にして丸呑みされてしまい、後に残ったのは偽物が一人。

 そいつは一部始終を見ていた僕の方へと首をねじるように向け、愛嬌も可愛らしさも感じられない笑みを浮かべた。そこに含まれるのは、純粋な邪気。


「私、子供って嫌いなのですよ」

「分かる」

「すぐ死ぬじゃないですか」

「僕は単に懐かれないからなんだけど」


 小さな悪党が駆け寄ってきてきて僕の前で止まる。彼は元はどこぞの家族の一員だったのだろうが、今現在は見た目だけはそのままの全く別の存在である。

 少年は開口一番、


「おめぇ、見てたろ。殺すぞ」


 と、幼さの抜けない容姿からは想像できないほどのしゃがれ声で脅しの言葉を掛けてきた。


「物騒だな」

「目。目だ。お前は目を食って殺そう。他の部分は残して殺してやるよ。ありがたく殺されろよ」


 この身体のどこに三人の人間を飲み込む空間があるのだろう。僕は目玉だけ食べるというが、もしや満腹なのかもしれない。眼球は別腹だとかそういった彼なりのルールを定めている可能性もある。人体というものはそこまで美味しいとは正直思えないから気持ちは分からないこともない。食べないで済むのならそれが最善だ。こいつは人ではないからその限りではないのだろうが。


「ん? お前の目、よく見りゃ」

「ケンくんはなんのために生まれてきたんだ?」

「は? 誰だよそれ――――誰だよ、その女」


 姿を奪われた少年が、共に食われた両親と弟に呼ばれていた名がケンくんだった。ケンイチかケンジか、ケンゾウか。ケンシロウあるいはケンゴだったかもしれない。短いニックネームからは推測しきれない。


 まあ、死んだ今となってはどうでもいいことだ。


「何をした?」

「私は特に何も。ただ、口は災いの元といいます。口の中で急に大火災が起こることもあるでしょう」

 

 そうだろうか。


 唐突に発火し倒れた少年――本来の姿は僕に近い年の頃か、もしくは遥かに老齢だったように感じる――は、三日三晩くすぶり続け、やがて黒い塊に姿を変えた。その間、彼には誰も近寄ることがなく、それから数日間風雨に晒された後、気づいたときには消えていた。

 やはりこの町は対して他人に興味がないのだろう。

 それはそれで、僕のような人間が住みやすいのもまた事実である。[了]

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