27

 寝床を探していると、周囲一帯を囲むように彼岸花が咲き乱れている焼け落ちた廃屋に行き当たった。

 はて、今はこの花が多く見られる季節だったろうか。年中雨が降り続いていると、どうにも感覚が薄れてきてよろしくない。

 他の崩れ落ちた家々にはこれといって目立った箇所が見受けられず、そのことがほんの僅かに引っかかったが、とりあえずはここを一夜の宿にしようと決めた。


「やめておきましょう」


 ササが両手を横に眼前へと立ちはだかる。珍しいこともあるものだ。荒れ果て粘つく場所であろうが自殺の名所であろうが、はたまた人外の何者かが化けて出ると噂されていようが特に文句を言わない彼女が制止の言葉を口にするとは。


「見てくださいよこれ。饅頭のような名前のくせにあまりおいしくないのですよ」

「別に食べるわけじゃないし構わないが」

「とにかく、ここはやめておきましょう」


 回れ右と合図を送ってくる少女。仕方がない。散策に戻るとしよう。

 ふと、目の前の光景に反応するかのように、一片の記憶が蘇る。


 辺りに広がる黒焦げの廃墟群。

 風雨に曝され文字が掠れてまともに読めない立入禁止と書かれたテープ。

 当時からすでに色鮮やかに一帯を埋めていたであろう、おびただしい数の赤い花弁。


 ああ、見える。見えてしまう。なぜ気が付かなかったのか。

 二階の一室から少女が一人、こちらをじ、と見下ろしている。

 表情は窺えない。しかし。


 彼女はこの世の全てを憎んでいると、そう、強く感じた。


「……ミトカワさん? 大丈夫ですか?」

「ここは――……いや、いい。すまない、行こう」


 振り返って見上げてみれば、窓際には誰の姿も見られなかった。当然だ。十年ほど前に少なくとも九名を殺害した少女はすでに死んでいる。


 彼女は――表札に名を連ねることが許されなかった元居住者は、今は僕に取り憑きさまよい、幸福を求めてここにいる。

 ササの生家を後にして、僕は再び閂の町を行くことにするのだった。[了]

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