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 何かしらのイベントが開催されるのだろうか、町中に音楽が鳴り響いている。ササに聞けば、今日から明日にかけて町全体を使用した催しが開かれるという。

 こんな辺鄙な町で何をやろうというのか。正直に言って企画倒れではないかと気を揉む。


「今回はゲリラ的に所々で様々な音楽が演奏されるそうですよ」

「あまり興味がないな。気になるなら見て回るが」

「実は私もそこまではって感じですね。嫌いではないですが」


 公園のベンチに座り人々の往来を眺めて暇をつぶす。

 こうして様子を見ていると、この町には思っているより遥かに多くの住民がいる。普段はどこに隠れているのだろうか。


「ミトカワさん。あの、ハンチング帽を被った妙に身長の高い男の人って」


 そんな一般人に溶け込むように、人ならざるものはやってくる。


「ああ。仮装行列に紛れているが、あれは人ではない。あまり見ないほうがいい」

「私は向こうからも見えていないので大丈夫ですよ」


 二階建ての部屋をも覗き込めるような長身で痩せぎすの男は、おぼつかない足取りで人混みの中を進んでいた。周囲の人々は皆、中に誰かが入って操縦しているのだろうと思っているのか、やや遠巻きに眺めているだけで積極的に関わろうとはせず、携帯電話のカメラを向けるに留まっていた。


「ん?」

「ピアノの音ですかね」


 突如として聞こえてきた伸びのある単音に合わせるかのように、男が片手を挙げる。そして、緩やかな動作で手を下ろし――僕のほうを指差した、その瞬間。

 耳をつんざく種々雑多な音色が脳内へと流れ込んできて、やがて僕の意識は遠ざかっていった。



「おはようございます」

「……おはよう。今、何時か分かるか?」

「つい先ほど確認したときには昼を少し過ぎたくらいでしたね」

「思っていたより寝てはいなかったのか」

「三日です」

「え?」

「丸々三日間が経っていますよ、ミトカワさん。三日も寝ていたんです!」


 僕を心配してくれたのか、柔和な微笑みの中に珍しく焦りと怒りの混じった表情を浮かべたササがあの後のことを話してくれた。

 男が僕に向けて指を差すと、僕は反応する間もなく昏倒した。男はこちらへ向かって笑顔で――それはそれは奇妙な、薄気味の悪い笑顔でハンチング帽を振り、気がついたときには忽然と姿を消していたという。


「気をつけてくださいね。あなたが倒れても、私ができることといえば悪意を持って近づいてきた人を幸せに導くことくらいなものなのですから」


 周りを見れば、至るところに服や靴、携帯電話や財布などが転がっていた。持ち主はどこにいるのだろうか。ササが言うには「何もしていないし知らない」とのことだが――まあ、知らないのならこれ以上は聞かないでおくに越したことはない。[了]

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