15
「あ、またありましたよ。にっこりマーク」
今にも降り出しそうな曇り空の下、放棄された畑を目的として歩く。あの場所では手入れがされていない割には芋が育ちに育っており、味は決して褒められたものではないが数が多く非常に助かっている。
「聞いてます? ほらほら、あそこです。やはり私たちは真実に近づいているようですね」
ササの細く青白い指が差した先には男が一人、道を塞ぐように立っていた。他人のことを言えたような立場ではないが、どのような用事があってこんな誰の手も入っていないような路地にたどり着いたのだろうか。そしてなぜ、わざわざ邪魔をするのだろうか。金銭目的であれば他を当たって欲しい。今の僕には奪って喜ぶほどの金などない。
しかしこの男、やけに笑顔である。けれど自然なものではない。作られた笑みだ。
彼は口角が不自然なほどに上がっていた。よくよく見れば口の周囲には歪な縫合の跡があり、それが男を笑わせているようだった。ササの言ったにっこりマークとは彼のことなのだろう。そういえば、ここに来る道中で何度か笑顔を模したキャラクターのグッズが自販機や壁に貼り付けられていたように思う。
出会ってしまった時点で接触は不可避なのだろうが、それでも面倒事は避けたいと思うのが人間だ。大男を無視して横をすり抜けようとする。すいません、すいませんと小声で告げたつもりだったがやはり話が通じるような相手ではなく、僕のささやかな謝罪は無意味に終わった。
――――――。
一瞬、意識が飛んだらしい。状況を確認する。僕の眼前には壁。ああ、叩きつけられたのか。幸いにも痛みは感じない。本来であれば恐らくは立ち上がるのも嫌になるほど痛むだろう。人によっては即座に反撃を試みたり逃げることも考えるかもしれない。けれど僕はそのどちらでもない。痛まないし、やり返しもしない。
僕にはいつからか痛覚というものがない。
そして、僕自信の意志とは無関係に、人を悪意に巻き込む霊が取り憑いている。
「心から笑ってこそ、幸せになれると思うのです」
「何をした?」
「特に何も。膝が笑う。腹がよじれる。顔がほころぶ――彼はただただ、全身で笑みを表現したかったのでしょう」
路地を抜けるとゴミ箱があり、そこには大量のにっこりマークの缶バッジが捨てられていた。何の気なしにひとつ取り上げ、胸元に当てる。ササを見れば、怪訝な表情を浮かべて終いには「似合わないですよ」とまで言い切った。僕は案外気に入っていたのだが仕方がない。元あった場所に捨て、再び散策に戻る。
もう少し行けば畑が見えてくる。芋。僕は今、無性に芋が食べたくて仕方がない。[了]
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