13
「ミトカワさん。見てくださいよこれ」
朝から降り続く雨の中、特にすることもないので町をふらついていると、傘も差さずに先を進んでいたササが何やら見つけたようだった。近づいて彼女の足元を確認してみると、地面には何やら年季の入った学術書のような本が打ち捨てられていた。
「ネクロノミコンですよ」
「架空のものだろ、それ」
「私が存在しているわけですからね。可能性はゼロではありませんよ」
ササは悪霊である。僕が精神に異常をきたし、実際には見えていないものを見えていると主張し人形遊びに興じているかのように一人二役を演じている可能性がないとも言い切れないが、実際のところ、間違いなく彼女は存在している。まあ、特に誰に話すわけでもないので僕がそうだと信じていればそれで良い話なのだが。
ともかく、この世に自分という幽霊が実在している以上、架空とされている書物があってもおかしくはないのだとササは言う。
「開いてみてくださいよ」
「嫌だよ。もし本当にネクロノミコンだっていうなら君が触れるはずだろう。触ってみたらいいんじゃないか」
すでに死んでいる彼女は基本的にはこの世のものには干渉できない。基本的には。彼女と同じ、あるいは近しい世界に少しでも入り込んでいれば、その限りではない。
「嫌ですよ。もし。もしですよ。万が一に触れでもしたら、呪われるかもじゃないですか」
「ネクロノミコンってのは幽霊をも呪うのか?」
「さあ? ……あれっ?」
再び目を落としてみると、つい今までそこにあった本は消えており、強まってきた雨が地面を叩いているだけだった。
「フレッシュブックですよ」
「なんだそりゃ」
「生きた本です。私が今考えました。読まれずに捨てられた本が人間に強い恨みを抱いて一人また一人と復讐を行っていき、やがて力を持った書物は電子の世界をも……あっ! 聞いておいて逃げるとか!」
――――ササは気が付かなかったようだが、僕ははっきりとこの目で見たのだ。
本が、まるで節足動物のように地面を這って逃げ去っていくおぞましい姿を。
フレッシュブック。
案外、間違ってはいなかったのかもしれない。[了]
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