12
良い薬があると物陰から囁く男がいた。聞けば、それを飲めば不思議なことに三日三晩眠らなくても疲れずに済み、常に最高潮の状態を維持できるという。
ヨシマサと名乗った骨と皮だけとも思えるような痩せぎすの男は足元に置いていた汚れの酷いクーラーボックスを開いて小瓶を取り出し、試飲用だ、無料だからと押し付けるように薦めてきたが、瓶から漂う異臭に僕は思わず鼻を覆い、拒否の言葉を返すしかなかった。
「これ、飲めば、大丈夫。何もかもが色づいて、幸福になる」
作り物の笑みを顔に貼り付けた小柄な男は瓶の蓋を苦心しながら捻り、一息に中身を飲み干してむせていた。強烈なのは臭いだけではないのだろう。
ヨシマサは再びクーラーボックスに手を突っ込み、中身の詰まった瓶を差し出してきた。
「いらない。疲れた時はおとなしく休むべきだ」
「疲れを吹き飛ばし動き続けることが成長に繋がる」
「それではあなたを成長させてあげましょう」
男の背後には黒一色のセーラー服とスカートを着用した青白い顔の少女が立っていた。
彼女はヨシマサの頭部を両の手で掴み、胴体から引き抜き分離した。自らの身体に起こった異変を理解できず、困惑を隠せない様子の男だったが、やがて、自らが首だけの状態になったのだと気づいたらしく、怒りの視線を向けてきた。
「首だけの世界も案外悪くはないと聞きます」
誰が言っていたのだろうか。
動く気配のない異常に軽い男の身体を道端に寄せ、とりあえずその横に頭部を置く。何か発言したいのだろうか、ヨシマサが口を開閉したが、つい先程から遠くの空に鳴り響いている雷と、唐突に降り始めた大粒の雨に発言はかき消された。
この辺りはあまり良くないものの気配がする。闇が多く、人とそれ以外の区別が付きづらい。そんなところに首だけの男を残していくのは気が引けるが仕方がない。もうそろそろ本降りになるだろう。閂は今日も、天気が悪い。[了]
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