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 一週間ほど雨が降り続いている。ここ閂町においてそれは特に珍しいことではない。一ヶ月以上太陽が姿を現さないことも話題にすらならないほどに、この町の天気は常に陰鬱としているのだ。


 そういった場所を選り好んで現れるものが存在する。僕はそれらをひっくるめて『人でないもの』と密かに呼んでいる。


「ミトカワさーん。もう三日も外に出ていないのですが。キノコが生えてしまいますよ」

「別に一日中動いていないわけじゃない。現にこうしてストレッチをしているじゃないか」

「全然曲がってないじゃないですか。身体ガッチガチですね」


 死してなおこの世に留まり、なおかつ生者に害を及ぼすいわゆる悪霊と蔑まれる存在――ササが、人を小馬鹿にしたような視線で突き刺してくる。霊体である彼女は蒸し暑さも感じないのであろう、年中通して黒一色の厚手のセーラー服とスカートを着用している。見ているだけでも汗がにじみ出てくる。


 腕を組んで僕を見下ろすその横には、首のない少女と思われる人でないものが立っていた。


「いや別にいいんですよ。こんな雨漏りのしている廃屋だろうと屋外だろうとミトカワさんがどこで過ごそうが構いません。ただ! ただですよ! ここがどういう場所であるのかは知っているはずです!」

「殺人現場だろ。キミの隣に被害者が立ってるよ」

「ひえええええええええ」


 ササは紛うことなく霊であるが、波長が違うのか同族が全く見えないという。生前からそういった類とは縁がなく、また、どちらかといえば苦手としているから野宿をするならするでもう少しヒト気のある場所を選んでほしいと常日頃から愚痴っている。知ったことではない。家らしい家がないのだから仕方がないのだ。


「お」

「今度はなんですか……。む、無駄ですよ。見えないものは怖くないのです」


 ようやく見つけた。ここ数日、意味もなく曰く付きの場所で寝泊まりしていたわけではない。僕はここで探しものをしていたのだ。


 廃屋には神棚が備え付けられていた。あまりにも自然すぎて、その行為が不自然であるとは気が付かなかった。


 小さな頭蓋骨。殺害された少女のものなのだろう。いたずらにしても、祀り上げるものではない。


「いなくなりましたか? 目を開けても大丈夫ですか?」

「見えないんだったらそんなに怯える必要ないんじゃないか……。多分、どこかに行ったと思う」

「本当ですか? 嘘つきはその人みたいになりますからね」


 嘘つき。僕の足元に転がっている死体のことだろう。彼は名をトクヤマという。この家に忍び込んだ時に偶然鉢合わせをした人物であり、少女を殺害して首を切って皮を剥いで肉を落とし、頭蓋骨を神に捧げた男である。彼は出合い頭にここは自分の家だから出て行けと半ば錯乱した状態で刃物を振り回していた。


 結果、ササと同調したのだろう。彼女の姿を目に映すことになり、自ら首を上下逆転させる形に捻って息絶えた。

 余談であるが、表札にはミルノと書かれていたので彼の家ではない。


「うわ、なんですかその骨」

「骨は怖くないのか」

「食べた後の魚の骨を見て怖がる人、います? 動くわけじゃあるまいし」


 確かに。

 意味もなく持っていても仕方がないので頭蓋骨を床に置く。瞬間、窓を破ってどこかへ吹き飛んでいった。生前は意外とアグレッシブな子だったのだろうか。それとも、この家にいるのがよっぽど嫌だったのか。どちらにせよ、死者の言葉を聞くことはできない。


「ミトカワさん? 目を開けても大丈夫ですか? ミトカワさん?」[了]

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