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 偏食気味で困っているというイシワタリと名乗った痩せぎすの男は、飴を一つ噛み砕いてはまた次の袋を破いて飴を口に放り込んでいた。色褪せたジーンズのポケットからは恐らく飴のものであろう大入り袋が覗き、これは話している間中は食が止まらないだろうと悟った。


「悪を……悪を食べているのです」


 彼の話では、ここ閂町には不穏な存在がそこかしこに溢れており、常人がまともに過ごせる環境ではないという。だからこそ、自分が善意でそれら――僕は人であろうがなかろうが、人ではないものと呼称している――を食べるという方法を用いて成敗しているという。


「昔からヒーローに憧れていました。けれど見ての通りこんなにガリガリで……。骸骨などと笑われて……。どれだけ鍛えようとも報われず……。しかしある日、そう! それは忘れもしない一年前のあの日! 私は気が付いたのです!」


 嫌な奴らを食べればそいつらを取り込めるんじゃないか、とイシワタリは下卑た笑みを浮かべながら飴を噛み砕いた。ハッカのニオイが漂ってくる。ハッカはあまり好きではない。あんなものを口内に広がらせるのならそこらの雑草でも食んでいたほうが幾分かマシだ。


「一人目は父でした。数ヶ月掛けて食べ尽くした。全く美味しくはなかったですが、私は暴力を手に入れられた。二人目はたまたま出会った女性。いやあ、こいつは柔らかくて良かったですよ。何も得られませんでしたが、文字通り骨の髄までしゃぶらせていただきました」

「もういい。お前はただの食人趣味を持つ人間だ」

「違いますよ。私はヒーローです。会った瞬間から感じていましたが、どうにもあなたからは良くない臭いがする。さては貴様、人間の皮を被った異形の者だな?」


 ヒーローというものに明るくはないのだが、彼らは金槌を持って戦うのだろうか。

 少しずつ近づいてくるイシワタリの身体はつい先程までの姿とは打って変わって筋骨隆々と化しており、本当にこいつは人間なのかと疑念を抱いた。思い込みや自己暗示の類によるものか。真似したいが、僕はそこまで肉が好きではない。


「ものを食べられるということだけでも幸せだと思うのです」


 彼の目には何かが映っただろうか。少なくとも、闇に溶けるほどに暗いセーラー服とスカートを着用した青白い顔の少女の姿くらいは見えただろう。それが悪霊であるとは知りもしないだろうが、そんなことを知ったところでどうしようもない。


 そう、どうしようもないのだ。元々の骨と皮だけの姿に戻った男は己の手足を貪り食っていた。彼はやがて動かなくなり、辺りには静けさが残った。


「私は生前少食だったので、人一人ぺろりといけてしまう胃袋には憧れます」


 イシワタリの亡骸を見下ろしながら少女が感心する。それには同意する。僕もあまり食べる方ではない。

 数ヶ月掛けてひとつのものを食べるという発想は浮かばなかった。燻製にでもしたのだろうか。当時それを知っていれば、彼女が腐り切るまで放置せずに済んだのに。


 ふと、十年前の光景が浮かぶ。ただ呆然と立ち尽くす僕の前には木にもたれ掛かり自らに蝿が集り蛆が湧くのを微笑みながら眺める少女。

 彼女の名前はササ。連続殺人を犯し、逃亡中だった同級生。


「私を食べてください。私は生きて、殺したいのです」


 僕は彼女の血の味を、今もまだ覚えている。[了]

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