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 数年前、ツムギというローカルアイドルが密かに人気を集めていた。彼女はある日のライブ中に突如として引退を宣言し、会場に集まった客の前で劇薬を飲んで命を絶った。一説によると彼女は重病を患っており、投薬による延命措置、それに伴う激痛に嫌気が差したのではと囁かれている。


 そして、彼女の遺体は何者かによって運び出され、未だ見つかっていないという。


「このアイドルのことは存じ上げませんが、ある程度支持されている時分に死ぬことができたのならそれはそれで幸福なのではないでしょうか」


 公園のベンチに捨てられていたゴシップ雑誌を読んで時間を潰していると、手持ち無沙汰だったのかササが横から覗き込んできた。


 全国的な知名度はなかったとはいえ、アイドルがライブの最中に自殺したというセンセーショナルな事件は発生当初連日のようにテレビ番組に取り上げられていたと記憶している。


「この公園は彼女のラストライブが行われた場所だ」

「え!?」


 ツムギは閂町の出身である。年中天気が悪く、暗闇に行けば行くほど治安の悪いこの町は正直そこまで良い場所ではないと思うのだが、最期は生まれ育った地で――という想いでもあったのだろうか。


 いつの間にか僕の隣に鎮座していたツムギの姿は、所々にノイズが混じり、両手両足が潰され赤い布が巻かれている以外は雑誌に掲載されている生前の写真のまま変わりがないように窺えた。


「早くここを出ましょう。おかしいと思ったんです。ミトカワさんが公園でのんびりしようだなんて言うはずがありません」

「別に何かするわけでもなさそうだし」

「あ! ほら! やっぱりいるんだ! どこですか!?」


 自分自身も死者でなおかつ悪霊となって僕に取り憑いている立場でありながらもササは霊的な存在を感知できず、それどころか恐れている。

 人ではない何かがこの世にはいるのだと身を持って証明してしまった。だからこそ怖いのだといつだったか話していた。


「ん? 何やら池のほうが騒がしいですね」


 公園の中央に位置する大池では数時間前から水の入れ替え作業が行われており、見物している者も数名いるようだった。

 池の中から人骨が出てきた、それも一人だけではなく大勢いると作業員が叫ぶ声が聞こえ、騒がしさが伝染し徐々に広まっていく。


 気がつけば、ツムギの姿はどこかへ消え去っていた。


「亡くなったというアイドルのものでしょうか。でも一人分の骨だけではないと」

「ファンが彼女と共に入水したんだろう。複数人で遺体らしきものを抱えている姿を見かけたという証言もある」

「あまり理解できない世界ですね……」


 教祖が服毒自殺し、信者がすぐさま後を追う。そこまで自らを必要とし追い求めてくれるのなら、偶像冥利に尽きるというものだろう。


 ……しかし、先程のツムギの霊だが、心なしか気味の悪い薄ら笑いを浮かべていたように見えた。あのような類の表情には覚えがある。この世に怨恨が残っている者の顔だ。後追いが出るほどに愛されているのなら彼女と共に命を捨てたファンの姿も見えてもおかしくはないが、誰一人としてそれらしき霊体は確認できない。


 例えば。憶測の域を出ない、あくまで想像の話であるが――

 ツムギがファンに取り憑き、自殺させたのだとしたら?

 ――などと考えて止めた。


 事実がどうであれ、人が死んだ。ただそれだけの話である。[了]

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