2101年5月15日午後16時25分 "辛木杏"
「テイラー・"ジェラード"・シャルトラン警部。貴方はもう少し冷静で賢い男だと思っていたのだけれど」
私は自分の右手を眺めながら呟くように言った。
日に焼けておらず、病的に白く細い腕。
我ながら、少しは外に出て遊んでおけばよかったと思わずにいられない。
私はそんな右腕を徐々に変質させていく。
目の前に対峙する2人の男の前で、私は薄っすら笑みを浮かべながら…右腕を硬質な剛鉄の刀へと変えた。
「随分と悪趣味な工場もあったものね。でも、喜んで良い。これからあの工場に並ぶ"資源"はもっと増大していくのだから」
私は、私を前に何も話せなくなった男たちの真ん中でそう言うと、右腕をそっと、スーツ姿の男の腹部に伸ばす。
「が!…は…っ…は……」
ヒュッという音と共に、瞬きをする間も無く突き刺さった刃越しに、柔らかい何かを貫いた感触が右肩に伝わって来た。
「貴方はどちら側かしら?シャルトラン警部のような…純粋な"人間"?それとも、私達のように"果て"を目指せる"リインカーネーション"?」
私はほんの少しだけ愉快な口調で、右腕の刃を更に変質させる。
スーツ姿の男の腹部を貫いたまま…私の刃は彼の体の一部となり、繋ぎ合わされた腹部からは真っ白い蒸気が立ち込めてきた。
「あ…あああああああああああ!」
真っ白な蒸気が男の姿を染め上げ…男は痛みに絶叫する。
私はそれでも表情をピクリとも変えずに右腕に力を込め続けた。
「へぇ……」
私は再び右腕を元に戻し、自分の体を取り戻す。
絶叫が止み、再び空間に静寂が戻った。
男を包み込んでいた煙は未だに晴れず、シャルトラン警部は手にしたライフル銃を床に落として、呆然とした絶望の表情で私を見つめている。
やがて、バタン!という何かが地面に落ちた音が響き…そこから徐々に白い煙は晴れてきた。
「貴方も、こちら側だった。"資源"にされる、"リインカーネーション"になれる人間だ」
私は煙が晴れた先から見えてきた男の姿を見ると、口元をニヤリと歪ませる。
気を失った中年の男は、すっかり若者の姿になり替わっていた。
「さて…シャルトラン警部…いや、シャルトラン"大尉"…仲間外れになってしまいましたね。この前も言った気がします。"喜ぶべきこと"ですよ?"人間"で居られるのだから」
私は一歩足を踏み出して、最早反応することもできず、アワアワと口元を動かしているに過ぎない男に歩み寄る。
最期の足掻きだろう。
震えながらも、右腕を腰に付けた拳銃の方に伸ばそうとしているのを、私は見逃すはずもなかった。
再びヒュッと風を切る音が響き、刃に変わった右腕がシャルトランの腕を貫く。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
響き渡る絶叫。
私は顔色一つ変えずに、もがく男をもう一方の腕でシャルトランの足を貫くと、更に男は喚き散らした。
「生にしがみ付くものだ。一度きりしかなければそうもなる…ねぇ?貴方もそう思うでしょう?」
私は両腕で動きを封じ込めたシャルトランの姿を見てから、何も言わずに恐怖の顔色を晒し続けている作業服姿の男を見つめた。
「私達は悲しいことに死ねないから…黙って死を受け入れるのだけれど。彼はまだ人生を歩みたいらしい」
私がシャルトラン警部の手足を串刺しにしてから数十秒後。
背後の扉からはドタドタと複数人の人影が入ってくる。
私は入って来た人達の顔を見ると、即座に両腕を元に戻した。
「お疲れ様です」
「お疲れ。言った通りだったろう?」
私は先陣を切って来た男に一礼すると、彼は何時ものように、子供っぽい微笑みを浮かべて答えてくれた。
「杏泉さん。ここまでうまくいくとは思っていませんでしたよ」
私がそう言うと、彼は小さく頷いて、疑似煙草を咥えながら私の横を通り過ぎていく。
そのまま彼はシャルトラン警部の前まで歩いていき、痛みと恐怖に我を失った男を乱雑に蹴飛ばした。
金属製のライターで火を付けて…甘いバニラの香りを周囲に漂わせると…杏泉さんは薄っすらと暗い表情を浮かべながら、ゆっくりと左手に持ったリボルバーの銃口を男の額に突きつける。
そこからは、呆気なかった。
鋭く重厚な銃声が室内に響き渡り、シャルトラン警部の頭は木端微塵に弾け飛ぶ。
数秒前まで警部だった遺体が一つ出来上がり、杏泉さんはバニラ味の甘い煙を吐き出して室内を見回した。
「城壁の情報を持った男をここに放てば、手を出さないわけがない。誠実で、仕事熱心な男だ。信頼を得るまではそうかからない。敵は我々だし…宣戦布告まがいの宣言も出している…そして、彼らはこのシャルトランを引き入れて…彼に"リインカーネーション"の全てを伝えようとしてくれた。いやはや、感謝してもしきれない」
杏泉さんはそう言って、首から下しかない、シャルトランの遺体を足で転がして見せる。
「アン、君の働きも良かったよ。このシェルター内にいる人間は9割が"リインカーネーション"に変化した。1割はさっきまでで殲滅が終わった」
「ありがとうございます。杏泉さん。そして、ココが目的地なんですね?」
私は手際よくこの部屋の捜索に回った人達の姿を見回しながら言った。
杏泉さんは小さく頷いて、近場にあった棚に積まれていた段ボールの蓋を開ける。
中には、カプセルの中に転がっていた"核"がすき間なく詰め込まれていた。
「そう。ここで良い…これで"リインカーネーション"は真の意味で"人間社会"から独立を果たせる。1月も絶たないうちに"人間"と呼ばれる存在はこの世から消え去るだろうね」
「それは良かった!」
私はほんの少しだけ、普段は見せない笑みを浮かべて言う。
杏泉さんも、疑似煙草を咥えたまま小さくはにかんだ。
「表に迎えを用意した。20時に城壁へ発つ飛行機も手配してある。オンスケジュールだよ、お疲れ様」
杏泉さんはそう言って手を振ると、直ぐに表情を引き締めて…バニラの香りを纏わせながら部屋の奥へと進んでいく。
一人残された私は、周囲にいた人達に一声かけると、来た道を戻り始めた。
ここは歴史ある建物の地下に建造された秘密の部屋。
地震なんかが起きたら、一瞬で押し潰れてしまいそうな…華奢な空間だ。
部屋を出て、左右に気味の悪い光景が見える通路を早歩きで通り過ぎていく。
そして、分厚い扉を抜けて、階段を昇っていった。
昇った先、歴史のありそうな木製の扉をすり抜けて進んでいくと、ここが何処なのかが良く分かる。
真っ赤なカーペットが敷かれた大層な階段。
城壁に移る前、総理大臣が変わった時期だったから…この階段は良くテレビに映っていた。
「辛木さんですね?」
私が扉から出ていくと、ほんの少し驚いた顔をした男が声をかけてきた。
私は頷いて答える。
きっと、扉をすり抜けた様子を見ていたのだろう。
「外に迎えを用意してます。直ぐに分かるかと」
「分かりました。ありがとうございます…」
私は丁寧に頭を下げた男に、同じように頭を下げてそう言うと、最早用事の無くなった建物の入り口を目指して足を踏み出す。
「あ……」
そして、扉を抜けて外に出た時、すぐに分かると言った意味を知った。
視界に入ったのは、老人のような灰色の髪を持った、華奢な男。
特徴らしい特徴もないが、私にとっては思い出深い、昔の車の運転席部分に寄り掛かっている。
私はゆっくりと歩いていくと、彼は銀色の双眼をこちらに向けてそっと微笑んだ。
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