5.9.-----

2101年5月15日午後16時00分 "テイラー・ジェラード・シャルトラン"

「こちらへ…」


俺は合流した男に案内されるがまま、古風な建物の地下へと繋がる階段を降りていた。


けたたましい程に響きの良いサイレンがこの国の全土で鳴り響いてから数分後。

成す術もない我々の頭上…手を伸ばせば届きそうなほどの低空を、巨大な爆撃機が通り過ぎた。


降って来たのは爆弾でも何でもない、雪のように舞い散る"白い砂"…街を真っ白に染め上げるほどの"白銀の粉"だった。


爆弾でも何でもない、現代の"エネルギー資源"が降り積もった事に戸惑う住民たちを他所に…俺はついこの間、城壁で起きた出来事を出す。

墜落現場で起きた大規模な爆発事故を切欠とした住民のリインカーネーション化…

そして、その裏で起きた出来事を思い出し、思わず背筋を凍らせた。


リインカーネーションに埋め尽くされた世界など、想像もしたくなかった。

得体の知れない不死者がうろつく世界。

ついこの間までは、人間と変わらないと思っていたのだが…その考えなど何処かへ消え去っていた。


「なぁ、このまま全員がリインカーネーションになったら…どうするんだ?」

「なりませんよ。全員は。ここは手遅れですがね…ほかの地域は居住区が"シェルター"で覆われているので」

「それは良かった…あんなものになり下がるのは一人でも少ない方が良いからな」

「同感です。死ねない人間は先細って行くのみでしょう。死を迎えないことが最大の弱点になる」


俺の前を歩くスーツ姿の男は、四角四面そうな口調でそう言うと、俺の方に振り返る。


「それにね?リインカーネーションなど、いとも簡単に"一時停止"出来るのです」

「"一時停止?"」

「そう。彼らの実体は最早肉体ではなく、宝石のような…結晶のような物体…彼らは"核"と呼んでいますが、それが彼らの実体なのです。それを失えば、リインカーネーションは一時的に死を迎える」

「……それが出来ると?」

「ええ。リインカーネーションは"核"を10個ほど持ちます。肉体の中に4,5個程…そして、体外に5個…その、体外に出た"核"さえ見つけ出して、管理できれば、彼らの命などいとも簡単に扱える」


男はそう言うと、階段を降りた先にある扉に手をかける。


「トキトウのは持ってないのか?」

「ありますよ。時任杏泉に時任夏蓮。彼らは研究初期段階に大いに貢献してもらったみたいですから」

「なら、何故奴らを止めない?こんなことになる前に!奴らを消せたんだろう!?」


俺は一歩踏み出して男に食って掛かる。

だが、漆黒のスーツに身を包んだ男は俺を見て小さく口元を歪ませた。


「そんなことはしませんよ」


男はそう言って、扉の先へと進んでいく。

重厚な扉が開くと、向こう側の音も空気も、何もかもが漏れ出てきて…それらの情報が俺の五感を刺激する。


機械が動く音に、規則正しく聞こえる爆発音。

ガラス張りの通路の両脇に広がる、青白い光に照らされた光景。

俺は扉の向こうの通路に足を踏み入れて、眩しい光に目を慣らした後に…絶句した。


「重要な"エネルギー源"ですからね」


ガラス越しの左右に広がる広い空間には、等間隔でカプセルが並んでいた。

そのカプセルの下からは、パイプが伸びていて…それは天井へと伸びている。


カプセルの中に収まっていたのは、人間の形をした物体だった。

背丈は低く…それでいて、幼い見た目で…銀色の瞳を持つ男女。

そして、足元には…男が言っていた"核"らしき結晶が7つほど並んでいた。


両手足をガッチリと抑えられた"リインカーネーション"だ。

彼らからは最早生気を感じられない。

唯々、この時を浪費しているように見えた。


そして、俺はその意味を知ることになる。

俺が見ていたカプセルの内の一つで、爆発が起きたのだ。


特殊な強化耐熱ガラスで作られているであろうカプセルが少々振動し、中にいたリインカーネーションは木端微塵に砕け散る。

そして、リインカーネーションが居たカプセル内には…大量の"白銀の粉"が出来上がっていた。


その"白銀の粉"はパイプから吸い込まれて消えて行き…空になったカプセルには"核"である結晶が徐々に元の形を取り戻していく。

そして、先ほどまでと同じように…手足を捕らえられたリインカーネーションが"再誕"した。


「意外だったでしょう?"白銀の粉"は自然にはほぼ存在しない資源ですが、簡単に精製できる。人間じゃない彼らは最早道具でしかないというわけですよ」


男はカプセルで起きている出来事を横目に見ながら言った。

俺は足を進めながらも、カプセルの中で起きている幾度もの死を目に焼き付けながら、彼についていく。


「10個ある"核"…体外にある"核"を3つ以上確保できれば、彼らの運命は握れたも同然です。彼らは"核"を一つ失えば"死"を迎えますが、自由自在に"転生位置"を操れる。だが…一度に失う"核"が多ければ多いほど、復活に時間がかかり、転生場所も"死"を迎えた場所に限定されるワケです」

「……時間がかかるって言っても、最早一瞬じゃないか」

「それは、あのカプセルの仕組みですよ。あの中では、通常の数倍の速さの時が流れているのと同じ作用を示す空気を注入しているんです。大抵のエネルギー源は7,8個の"核"を失いますが…それを再生成するには個人差によりますが10年単位が掛かってしまいますからね」

「久々に22世紀らしい話が出てきた気がするぜ」


俺は皮肉半分に言った。


目の前で起きている光景がいように思えてしまう自分と…リインカーネーション…つまりはただの家畜みたいなものだと思えば許せてしまう自分の両方が居て…まだ、自分の中でどちらに付くかの決心が出来ていなかった。


「時任さん達の"核"も、昔は全て持っていたのですが…2090年の一件で夏蓮さんの…それ以前には杏泉さんのを、一部失ったせいでそれが出来ないんですよ」

「そうかい。でもよ。体の外にあるとかいう"核"は一体どうやって見つけるんだ?俺の知ってるリインカーネーションは、そんなものの存在を知ってる風じゃなかったぜ」

「それは、人によって違います…何処かに落ちていることも有り得るんですよ。我々はそれを秘密裏に回収…そして、その"核"の持ち主の"自主的な協力"の元、この環境を実現しています」

「"自主的な協力"ねぇ」

「それに"核"の捜索のノウハウはあるんです。3日もあれば、体外の"核"は回収できますよ。あとは、その持ち主様の"態度"次第です」

「おっかねぇ話だこと」


俺は半笑いを浮かべながら、男が足を止めた扉の前に立った。


「リインカーネーションが増える?結構。私達にとっては、金のなる木というわけです。この国の一部は追いつきませんでしたが、8割はシェルター化出来ていますし…他国でも同様にシェルター化した都市の話は多く聞きます」


男は扉に手をかけて、中に入っていく。

俺もその後に続いた。


「人間の母数が少なくなりますが、エネルギー源が増えれば増えるほど、供給不足である"白銀の粉"の供給は進むでしょう…石油以下でしかない資源ですが…それを物量でカバーできる」


そう言って、踏み入れた場所は…何かの資料室のような部屋。

天井までびっしりと伸びた棚が無数に立ち並び…棚に積み上げられた段ボールには、一定の規則で刻印が印刷されていた。


「ここは…?」

「資材室といった所でしょうか…ここは…」


男が再び、口を開いたその途端。

男の声は背後からの叫び声に遮られる。


「緊急事態です!」


やって来たのは、若い作業服を着た男。


「なんだ?」


俺と男の背後からの呼びかけだったので、俺達はその切羽詰まった声に振り返る。


「ここに立ち入れる権限は無いはずだ……あ?」


男は入って来た作業員のことを知っているのか、呆れた口調でそう言いだしたが…やがて作業員の様子を見て声を詰まらせる。


「お前…その恰好はどうした!?何故だ?お前、もしかして外に居たのか!?」


飛び出す怒号。

俺も作業員の男の風貌を見て同じ感情を抱いた。


幼い顔に、に使わない銀色の瞳。

リインカーネーションになり果ててしまった男が俺達の目の前に立っていた。


「え?も、もしかして自分も……」

「ああ!でも今はいい!何故だ!何故お前がそうなった?完全に隔離されていた筈だ!」

「自分は隔離地域で次々に爆破事件が発生したので、追って緊急事態を知らせる伝令をしていただけです!断じて爆撃機の直下にいたようなことも"白銀の粉"を浴びた事もありません!」

「おいちょっと待て、ボウヤ。爆破といったな?」

「え?あ、はい!」

「その爆弾、被害はあったのか?」

「いえ…少量の爆薬でしたので…ガラスにヒビが入る程度のものでした!」

「お前、爆心地に居たりしたか?」

「はい…間近での爆発だったので…ですが体には煤が着いた程度で何もなかったので…」


作業員の男はそう言って自分の体を見回して見せる。

そこでようやく、自分の体が少々縮んでいることに気づいたらしい。

驚愕の表情を浮かべると、言葉を失って俺達に銀色の双眼を向けた。


「やられた…」


俺は絞り出すように呟く。

顔を下げると、部屋の明かりに照らされて出来た俺の影が見えた。


「畜生…どうやった…?こんなことが出来るのは…」


俺は何も言えないでいる男たちを他所に思考に入る

足元を向いた視線が違和感を捕らえるまで、そうかからなかった。


「な!……」


俺は、その出来事が起きて全てを察する。


独りでに蠢きだした俺の影。

そして、その影はやがて実体を持ち…床からせり上がるように浮き出てくる。

床の素材そのままの色に彩られたその実態は、やがてある人間の形を型どった。


俺はその姿を見た途端、目をひん剥いて手にしたライフル銃の安全装置を解除した途端、フルオート射撃でその実態を撃ち抜いていく。


凄まじい数の銃弾がそれを撃ち抜いていき、風穴だらけになったそれは動きが止まった。


「随分と手荒な歓迎…」


だが、聞こえてきた声が、この場にいる俺たち全員を絶望の淵に叩き落す。

風穴が埋まっていき…床の色をしていた人型は、すっかりと城壁の学校指定のセーラー服に身を包んだ少女に様変わりした。


「テイラー・"ジェラード"・シャルトラン警部。貴方はもう少し冷静で賢い男だと思っていたのだけれど」

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