2101年5月13日午前11時58分 "元石久永" -002-
「"製法"を変えれば砂糖みたいな粉も使えるものね」
「そうだね。僕の車も速くなったてブースト下げた位だし」
「でも、それができるのはココだけよ?」
「ずっとそうするさ。何もがあって当然だったあの頃に戻ったところで、学ばない人たちがまたヘマをしでかすに決まってる」
そう言うと、杏泉が鼻を鳴らして、手に持った車のキーをポンと頭上に放り投げてキャッチした。
「リインカーネーションの権利確保だの何だのって大義名分は付けて動いてきたけれど…本音のところは、結局人に戻りたかっただけなのさ。一般人Aだった昔にね」
そう言うと、彼は俺の横にやってきて、もう遠くへ小さくなっている飛行機の方に目を細めた。
「でも、今はちょっと違う。そのためには、まず選別しないとね」
俺は遠い目をしながら言った杏泉の横顔をじっと見ながら小さく頷く。
…
2070年以降、リインカーネーションをあの手この手で制限しようとする政府の努力は、今から振り返ってみても滑稽だとしか思えなかった。
それでも、所詮はただの少数派。
リインカーネーション達はやがて地下へと潜る羽目になる。
俺は立場上、彼らに敵対しなければならなくなったが…出来る限りの方法で彼らの支援に回った。
そんな中で彼らがもがき続ける中で、"資源精製法"を突き止めたのはほんのつい最近のことだった。
俺も2070年当時はまだ若造で…更にはリインカーネーションに関わらない時期もあったせいで、真実を知るのは遠い先になってしまう。
それは2090年の夏のこと。
それも、丁度ここに居3人が同時にその秘密に手を触れることができた。
切欠はほんの些細な出来事だった。
偶々、杏泉と夏蓮が訪れた片田舎で見掛けた一幕に答えがあったのだ。
俺はその一幕の主役としてその場にいた。
それは、まだ幼い子供を連れたリインカーネーションを連行する時に起きた出来事。
彼らは本当に偶々通りかかり…俺は政府の人間としてその場にいた。
やったことは、平たく言ってしまえばただの拉致と変わらない。
泣き叫ぶ子供を抑え込んで、リインカーネーションを連れ去る。
それだけの事だった。
表向きには、だが。
確かに、あの時の子供にはそう見えただろう。
多くのリインカーネーションは1人無いし少人数になった時に連れ去られていったものだった。
だが、あの日の出来事はちょっと違う。
あの日、リインカーネーションを捕らえに出向いたメンバーは、俺とその部下…そして、他所から回されたメンバーの3名だった。
その仕事の最初に、他所から回されたメンバーが、俺達に得意満面に語ったのだ。
"リインカーネーション"を捕らえるのは"白銀の粉"を作るためだ、と。
捕らえたリインカーネーションには、暗い"カプセル"の中で"白銀の粉"を精製する燃料源となってもらう…と。
組んで間もない時にそう言ったメンバーに、俺と部下は顔を合わせた。
今まで知りたくとも届かなかった情報が、いとも簡単に降って来たからだ。
リインカーネーションの連行に出向くのが初めてだった俺達は、その場でもう一つの顔を出すことに決める。
"ピンク・スターチス同盟"を立ち上げて…表向きは反リインカーネーションを掲げていた俺達は、リインカーネーション達を捕らえる代わりに役柄を与えて保護してきた一面があった。
そんな奴らに降って湧いてきた秘密話。
部下と結託して、捕らえるリインカーネーションはすぐさま日本から脱出させて、秘密を話した男はリインカーネーションによる抵抗の犠牲者として葬った。
表向きは政府の仕事としてリインカーネーションを捕らえる一方で、裏側では政府の人間を一人葬り去ってリインカーネーションを助け出す。
俺達はそれをいとも簡単にやってのけた。
そこに出くわしたのが、杏泉と夏蓮の2人…
"ピンク・スターチス同盟"の裏の顔を知っていた彼らは、誰にも補足されない田舎の端で俺が起こした一幕を目撃し、そして、当時は久しぶりに"同志"として会話を重ねたことで"白銀の粉"の秘密を知った。
そんな夏の一幕を越えて、裏に潜っていた彼らは久しぶりに表舞台に姿を現わす。
握った"白銀の粉"の情報こそ伏せたものの、その勢いの裏側にはその情報が控えていることは疑いようがなかった。
彼らが求めたのは単純だ。
2070年の、迫害が始まるその前からずっと同じ。
"人と同じように扱うこと"
その一点張りだ。
それ以上のことは、あの2人は…いや、全てのリインカーネーションは求めないだろう。
だが、行き過ぎた資本主義が…便利になりすぎていた社会が崩壊していく情勢がそれを阻害した。
幾ら表向きにはいいことを話しても、その裏側では何が蠢いているかが分からない。
だが、リインカーネーションになった者は、そんな概念が最早関係なくなった事を体感で分かっている。
当時から俺も、それは十分に理解できていたし…リインカーネーションになった今では、それを強く実感できた。
だが、11年前のうちの国のお偉方は理解できなかったらしい。
年の瀬に起きた墜落事故がそれを物語っており…そこからつい最近まで、再び杏泉は地下に潜る羽目になったわけだ。
…
「人なんて立場が変われば掌の向きも変わるものでさ、不思議なものだよね」
「……というと?」
「この島で、人間のまま変われなかった"失敗作"が居ただろう?僕達は実験動物みたいに扱って、"失敗作"だなんて言ってる。人間だったはずなのにね、で、人間のまま変われない者達からすれば、僕達リインカーネーションは"化け物"に見えるわけだ。理由は簡単、自分が変われなかったから」
杏泉はそう言って、懐から拳銃を取り出して見せる。
昔から持っている、特徴的な8連発のリボルバーだ。
「リインカーネーションになってしまえば、こんなものはただの豆鉄砲。でも、人間からすればこれは命を刈り取ることができる立派な兵器。立ち位置が変わるだけでも随分と見え方が違う」
「そういうことか…小さい頃はいいだけ言い聞かされるのにな、人の立場になって考えろって」
「でしょう?でも、そうじゃなかった。仕事をする上では同じ立場だけど、役職変われば立場も変わる。目に映る視界は同じでも、目的は正反対ってね」
「確かに、それもリインカーネーションに変わってしまえば、馬鹿らしく思えるってことか」
「そう。僕達は簡単にこの世から消えなくなったけど、それによって一種の恐怖心は消えたよね。どうせ死なない…何をしなくても生きてられる。呼吸してるって言えるかは分からないけど、空気は感じられて意識もある。生きてるって」
杏泉がそう言うと、黙々と疑似煙草を吸っていた夏蓮が不意に口を開いた。
「それが分かってしまえば、今やってる事全てが馬鹿らしくなる」
「いいところだけ持って行くんだから」
「ふふふ、ゴメンね」
夏蓮は子供っぽい笑みを浮かべていうと、また疑似煙草を咥え直した。
俺は2人のやり取りを呆然と見つめながら、ふと昔からの疑問を口にする。
「そう言えば、結局2人の間柄は何なんです?何時聞いてもはぐらかされましたよね」
そう言った途端、2人は一斉に俺の方に振り向いた。
同じような顔の男女が並んでこっちに顔を向けたのだ。
俺は一瞬怯んで肩を竦めた。
「言ってなかった?」
「夫婦なんて信じないですよ。夏蓮さんは平成一桁産まれじゃないでしょう?」
「ナルホド、そこから導き出される答えは一つ何じゃない?」
「親子?」
「ノー」
杏泉はそう言って、表情を変えずに俺の方を見続ける。
俺に残された答えは残り少ないものなのだが…その答えはどうにも答えられない、有り得ない答えだった。
「兄妹……?」
「そ、僕が兄で夏蓮が妹。僕が平成5年生まれで夏蓮は平成25年生まれ。年の差は20歳あるんだ」
杏泉はあっけらかんとした様子でそう言うと、夏蓮は何も言わずに目を閉じて頷いた。
「意外だった?」
「それはもう」
「そりゃそうだ。成人式だと思ったら、親はもう一回子育てだ。僕も正気を疑ったんだがね」
杏泉は愉快そうに言うと、小さく口元を笑わせて見せる。
「でも、気づいたら見た目はほぼ同い年。年だって、ここまで来れば20年なんて大差も無いよね」
「確かに。双子の兄妹にしか見えません」
「でしょ?」
「なんで今まで秘密にしてたんです?」
「何となくだよ。秘密っぽい何かがあった方が、他人から見た時に少し引っかかる存在であり続けるだろ?」
杏泉はそう言って、手に持った拳銃を仕舞う。
俺は彼の言葉を聞いて思わずあぁっと声を上げた。
「他人から僕を見た時、そんな情報すらも伝えない僕はどう見えるだろう?」
「そこでさっきの立場の話に戻るわけですか」
「そう。リインカーネーションになってから、僕のテーマはこの点に尽きるって訳さ。死を迎えなくなった人間の"立場"問題。暇なときに思いふけって堂々巡りしては何時も同じ地点に戻ってくる」
「それって答え出てるんじゃないですか?」
「さあね…どうだろう」
杏泉はそう言うと、窓の外の一点に目を向けて、その方角に指を向ける。
つられて指の先を見ると、飛行場の隅からネイビーブルーに塗装された無機質で巨大な爆撃機が姿を見せた。
その様子を見て表情を消していった杏泉は、ポツリと呟く。
「例えば…あの爆撃機の下に居ることになる人はどう感じるんだろうね?」
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