5.7.元石久永

2101年5月13日午前11時58分 "元石久永" -001-

ガラス越しの目の前には、これから日本へと発つ3発機が駐機していた。

だが、その飛行機に乗り込む一般人の姿など、どこにも見当たらない。


当然だ。


この状況下で一般の旅客が使うわけもない。

俺は大きく開いた貨物用の入り口からコンテナが運び入れられる様子をじっと見つめながら小さく口元に笑みを浮かべた。


じっと見つめ続けて、最後のコンテナが飛行機に運び込まれていく…

最後の…青色のコンテナの中身は、俺も荷造りを手伝ったから中身は良く知っている。

その中身が、これから降りたつ日本の地で活躍してくれることを祈るばかりだ。


俺は積み込み作業を一通りオフィスの窓越しから見届けると、ポケットから取り出した疑似煙草の箱から一本取り出して、口に咥えた。

手持ちの、年代物のオイルライターで火を付けて、煙を吹かす。

それから、ヒョイと机の上にライターと疑似煙草の箱を放って…それらはこの間の朝刊の上に着地した。


"THE REINCARNATION IS RIGHT THERE ."


ついこの間、城壁の"リインカーネーション"は世界中の"人間"に宣戦布告を行った。

15日の正午に、この"人間社会"を終わらせると、堂々と言って見せた。

それに対する反応は大方予想通りだったものの、周囲の国々は特に強気に出てくるわけもなく…どちらかと言えば"対話"を呼びかけてくる程度のことしかしてこなかった。


それも当然だ。


世界が"白銀の粉"に頼るようになってから、この島は最早無くてはならない存在になった。

例え日本が"リインカーネーション"を捕らえて"資源"にしたとしても…その"白銀の粉"を使った製品の多くはこの島でなければ造れない。

その輸出を止められては、何かを始める前に国が干上がる。

そんなバカげた真似は、どの国もやってやろうだなんて思うわけもないということだ。


以前までは、日本が以前の中東のような…主要産出国の一つだった。

だが、それもこの島のリインカーネーション達が増えていくにつれて、日本に頼るのも少なくなる。

最近では全員がリインカーネーションとなったお蔭で、何一つとして輸入に頼らなくて済むようになったのだ。


エネルギー源を創り出せて、それを元手に品物に変えられる。

…白銀の粉から創り出せるのは、最早御伽噺になりかけた過去の技術を生かすための部品群。


2101年。


本来、俺が見るはずもなかった未来で使われる、100年以上も前の電子機器を生かすための部品は、この島でないと創り出すことが出来ない。

…もしこの島が無くなれば、混乱に陥って製造がストップしようものなら…

半年もたてば人間の暮らしなど1900年以前までタイムスリップしてしまう程に、この島で造られる品物は不可欠な物だった。


そんな島がデカい爆撃機で何かをするぞと言って見せた。

今頃、遠い昔の職場は大混乱しているに違いない。

ムーンボマーの写真と、日付、その他にしっかりとムーンボマーの性能まで書き記してあるのだ。

100年前には普通だった性能も、今になってみれば夢の数値。

それを"白銀の粉"で達成して見せた者たちが、世界に突きつけた5日の猶予。

今まさに歴史の教科書にページを刻もうとしているのが、自分たちであることに、俺は妙な高揚感を感じていた。


それは、同じように窓の外を眺めている仲間も同じこと。

俺の後ろで、バニラ味の疑似煙草を煙らせながら顔をニヤつかせた男女も同じことだろう。


「結局、ここまで来るのに何年だっけ」


杏泉が口を開くと、俺はガラス窓に背を預けるようにして彼らに振り返る。


「ざっと40年弱って所でしょうか、俺が先輩の下についたのが2064年ですから」

「そんな前になるのね。随分と掛かった方なのかしら?」

「どうでしょう。もっと早く動けた気がしますが、あの当時はリスキーすぎましたからね」

「もう100年掛かるかと思ってたくらいさ」

「次の計画を進めるにはそれくらいかかるかもしれませんよ?」

「どうだろうね?案外直ぐかもって思ってるんだけど」


旧知の間柄だった俺達は、もう組織の垣根なども無くなったのだからと、フランクな口調で会話を重ねる。

夏蓮の事を"先輩"だなんていうのは、何時以来だろうか?



組織的にも、種族的にも敵として関わって来た30年間。

俺達は表側でいがみ合うような"演技"を続けながらも、裏側では同じ目標に向けて着々と計画を進めていた。


その計画は2064年に俺が配属された部隊が推し進めていた計画。


"統一人種化促進部隊"と通称された部隊が、当時まだ迫害を受けていなかった"リインカーネーション"達を模倣し、日本に住まう人間の人種を一律で"リインカーネーション"化させる為に推し進めていた計画だった。

当時、人手不足…というよりも極度の少子化に悩まされていた国が進めた起死回生の一手だった。


"リインカーネーション"になれば、寿命もなくなる。

それは当初から知られた特性で…当時はまだ日本人の"リインカーネーション"しか居ない時代。

他国が手出し出来ぬ内に"リインカーネーション"をモノにしたいという思惑が透けて見えた計画だった。


だがその計画は、2065年に白紙に戻されることになる。

石油が消え"白銀の粉"が代替となった世の中で、致命的に不足していたそれを政府がとある方法で産出する方法を実用化してしまったためだった。


それは、不老不死者であるが故に出来てしまう事柄。

リインカーネーションが"核"を失って死を迎える時に精製される"白銀の粉"。

石油の代替品を、変化してしまった一握りの人間の犠牲で賄うことができる悪魔のささやきに、当時の俺の上司はまんまと乗ってしまった。


例え人が少なかろうが、残った人間は莫大な富を得られる。

それを知っていた連中は、アッサリと手のひらを返したのだ。


即座に部隊は解散され、別に組まれた部隊が秘密裏にリインカーネーション達を全国からかき集めた。

彼らは最早人としてみなされず、ただの資源として扱われるようになる。


それは一般国民には公表できるわけもない。

当時すでにインターネットが資源枯渇のあおりを受けて衰退し始めた時期…その時期も重なって、政府はまんまと"必要量の"リインカーネーション達を集めて、一躍日本を資源産出国へと変えてしまった。


時任の2人がここまで何事もなかったのは、最古のリインカーネーションだったからだ。

彼らと、その仲間は、2051年革命のときにリインカーネーションへと変貌した最古のリインカーネーション。

既に一般に名も知られていた彼らは政府の収集対象にならかった。


だが、それからということ、リインカーネーションとなった人達に待っていたのは迫害だった。

政府が利用できないリインカーネーション達は、政府にとって頭痛の種だったのだ。

何時、彼らが真実に気が付くかわからない。

それも、最古のリインカーネーション達は揃いも揃って出身組織が悪すぎた。


統一人種化促進部隊に、当時三佐の地位で所属していた時任夏蓮に…一尉だった杉下宏成が居たことも、彼らの頭を悩ませた。


リインカーネーションを集めているとはいえ、世間一般からすればリインカーネーションの集団失踪事件と同じ。

幾ら報道規制がなされようと、徐々に数を増やしていったリインカーネションが消えていく事への注目は避けられなかった。


そんな折りに時任杏泉が旗振り役になって、リインカーネーションとなった人を支援するNGO団体…"スターチス同盟"が設立される。

表向きは人間から変わってしまったリインカーネーションの権利保護を目的とした団体、裏は当然、失踪したリインカーネーション達の捜索だ。


当時の国の前線に立っていたリインカーネーションが入っている組織。

それも、裏で失踪事件を探っていると来れば、政府にとってこれ以上にない目の上のたんこぶだった。


そして2070年、ついに"スターチス同盟"は資源産出国となった日本の秘密を知ることになるが…そこで彼らの活動は途絶えてしまう。



「月へ行くのはもう少し後にしましょうよ。この星をリインカーネーションだけに変えてからでも遅くは無いですよ?」

「そうする?この星がドカンと行くまで十分に時間もあることだし、ゆっくりと準備を進めるとしますかね?」

「その方が良い。確立する前にロケットを飛ばして、事故でも起きようものなら永遠の無ですよ」

「転生出来るじゃない。核のある場所に」


杏泉がそう言って、外の飛行機を指さした。


「おっと、そろそろフライトの時刻みたいだ」


会話を切った杏泉は、ゆっくりと滑走路へ進み始めた3発機に目を向ける。


「これで最後?」

「そう。最後。あとはムーンボマーがここにズラリと並ぶのさ」

「元石、あの飛行機の燃料も最新式なのよ?見てて」

「ほう?」


俺は夏蓮に言われた通りに、滑走路の隅に止まった巨体に目を止める。


分厚いガラス越しには少ししか聞こえてこないが、3発のジェットエンジンが唸りを上げ始めた時には、その違いがハッキリと分かった。


今まで以上に甲高いエンジン音が、ガラス越しに聞こえてくる。

その音は、遠い昔の映画で聞いたジャンボ機のエンジン音と同じだった。


「おー…懐かしい。子供の頃にはギリギリ聞けた音だ」

「私は分からないけどね、映画でしか聞いたことがない」


2人がそれぞれ、ポツリと呟く。

もう少しエンジン音を高くした旅客機は、ゆっくりと重たい機体を発進させる。

1,2,3秒…ゆっくりと助走を付ける様に動き出した直後、それはまるでカタパルトで飛ばされたかのように加速をはじめ、あっという間に地上から浮かび上がった。

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