2101年5月12日午前9時21分 "杉下宏成" -002-

カーブを描き、ほんの少しだけ落下した弾丸は吸い込まれるように棒立ちになった男の腹部を貫く。

その直後に聞こえてきた銃声が、男の首を貫くと、スコープ越しに見えた影は真っ二つに飛び散った。


「なんだ同じだったのか」

「お先に」


俺達はスコープから視線を外して顔を見合わせると、直ぐに次の行動に出る。

遠くからは、俺達の銃声が切欠になったのか、まるで戦場にいるかのような銃声が聞こえてきた。


久永は車のエンジンを切ると、俺の元まで戻ってきて高速道路上に設けられた退避場を指さしてそこに足を向ける。

俺は何も言わずに先行した久永について駆けだした。


その間にボルトをコックして薬莢を捨てると、次弾を薬室に叩き込む。

退避場から、地上へとつながる階段を駆け下りて行き、大雨のせいで普段よりも人通りの少ない城北の隅の通りへ出た。


俺達に気づいた住民たちは、俺達の格好を見ても何も驚く様子もない。

遠くで鳴り響く銃声にも、動じていなかった。


簡単だ。

死なないとわかっているのなら、俺達が手にしたライフル銃などただの杖と同じだから。

例えライフルの7.62ミリ弾が頭を貫こうとも、彼らには何の苦痛にもならない。


俺達は道を譲ってくれる住民たちに手を上げて謝意を示しながら城中への数百ヤードを駆けていく。

城中になだれ込んだ人間どもが蜘蛛の子を散らすように逃げ込んでくるのはこちら側だと踏んでいた。


城南から入る入り口は広く、入りやすいが…その入り口は、銃声を聞く限りでは俺の同僚たちが押さえているに違いない。

となると、連中が生を賭けて逃げ込んでくるのは、出入りの難しい…猫の出入り口のような門の狭い扉を通り抜ける必要がある城北だと決まってる。


俺達は息も切らさずに駆け抜けて、やがて周囲の景色からビルというものが消えていく。

周囲には緑が生い茂り、その先にはここと城中を区切る門が見えた。


「よーし、まだ出てきてないところを見ると、結構効率よく消して回れてるらしい」


城北につながる唯一の扉が開いていないのを確認した俺達は駆け足を止めて広い道のド真ん中をゆっくりと歩くようになる。


城北へとつながる扉の近く。

俺達から見て百メートルほど先に見えた集団を見つけると、俺達は今までのランニングが徒労だったことを知って少し落胆した。


「意外だったな、こっちまで手を回せる余裕があるとは」


久永は疑似煙草を咥えながら呟く。

俺も同感だった。


あの量はどう見ても城南にしか人を回せないはずだったが…

結構な数が城北の、狭き門の外に待ち構えている。


俺達がその集団に近づいていくと、その集団の仕切り役は見知った顔だった。


「あら、傘は持っていないのかしら」


片手に持った拳銃以外は全くの普段着である少女。

時任夏蓮はずぶ濡れになった俺達を見てほんの少し吹きだしそうだった。


「なんだ。仕留めそこないを狩りに来たってのにランニング損だぜ」


久永はフランクな口調でそう言うと、疑似煙草の煙を吐き出す。


「まぁ、1発当たれば仕事も終わりみたいなものだしね。思ったよりも早く済みそうだわ」

「そうか。宏成、午前中だけで済みそうだとよ」

「俺は残業だが?」

「良いじゃない、ただ飛んでく飛行機のお守りよりは刺激的でしょ?」

「狩猟は趣味だけど、この天気じゃ遠慮したいね」


俺はそう答えて笑うと、夏蓮に案内されるがまま、野営したテントの中に入って雨を凌ぐ。

ライフルをテーブルに置いて、ずぶ濡れになった顔と髪を手で拭った。


「意外とここ以外は混乱しないよな」


久永が言うと、夏蓮は小さく頷いて見せる。


「彼が言ってたもの。ここの住民はちゃんと見定めてるって」

「どうやって?」

「カメラとパソコンで。それも今時のボロな奴じゃなくって、ちゃんと"当時"最先端だった12K画質のモニターを揃えてね?パソコンもしっかりとしたもので、機械的に判定させているんだって」

「今時?タイムスリップでも出来たのか?」

「まさか、詳しいことは彼に聞いて。私だってまだここにきて日が浅いのよ?」


夏蓮はそう言ってお道化て見せる。

俺は久永と夏蓮の会話を聞きながら、ほんの少しだけ頬を緩めた。


俺達が会話を重ねている間も門の奥からは銃声が聞こえ続けていたが、その音は徐々に散発的になっていく。

その後…テントの中に入って10分も経たない内に、銃声は鳴りやんでしまった。


「あら、もう終わり?」


夏蓮が静まり返ったテントの中で呟いた。

聞こえてくるのは銃声の賑やかな音ではなく、先ほどから激しさを増した雨音。

俺は小さく肩を竦めて見せると、テントのテーブルの上に置いたライフルを取り上げた。


「いい運動になった」


俺はそう言って夏蓮と久永の方に顔を向ける。


「帰る」


俺はこちらに顔を向けた2人にそう言うと、ライフルを両手に抱えてテントから一歩足を踏み出した。


「家は近くか?」

「城北の端。ここから徒歩で30分」

「了解、お疲れさん」

「お疲れ」


最後に短い会話を重ねると、俺は1人土砂降りの城北へと歩き出した。


左手に付けた腕時計を見ると、まだまだ午前中。

厄介事はついさっき2つも消えたものだから、久しぶりに退屈を謳歌出来そうだ。


城中に繋がる細い道の真ん中を堂々と歩いていき、そこから城北の…何処も変わり映えしない路地へと入っていく。

同じようなビルが並ぶブロックを4つほど越えれば、自分の部屋が入っているビルにたどり着く。


土砂降りの街で傘を差さないのは俺だけだった。

周囲の、銀色の瞳を持った人々は、俺が持つライフル銃を見てほんの少しだけ顔を傾げながら通り過ぎていく。


この島に非常事態を告げるサイレンが鳴ってから、この島の住民は銃弾の恐怖に怯えることは無くなった。

例え死に急いだところで、核を少し失ったくらいで、大した被害は起きないからだ。


撃たれた傍から転生する。

それはこの島の裏で行われている"燃料精製"の工程を見れば良く分かることだ。


「杉下さん!お疲れさんです!もう仕事終わりっすか?」


自室のあるビルの近くで、小型のバスを持ち込んで移動居酒屋を開く男が声をかけてきた。

俺はライフルを掲げて小さく頷く。

すると、バスの窓越しに俺を見つめていた男は小さく笑った。

この男も、この前までは金髪で、顔には傷の入ったチンピラ風な見た目をしていたのだが…そんな彼も今や銀色の瞳を持ち、線の細い爽やかな青年になっている。


「お疲れさんっす。この雨の中大変だったでしょ?」

「多少は」

「お昼、ここでどうです?折角イイの仕入れたのにこの雨じゃ余っちまうから、安くしますよ?」

「…イイのって?」

「日本近海で採れた魚介類!」


男はそう言うと、彼の背後にあったショーケースを指さす。

バスの窓はほんの少し高くなっていて、俺には良く見えなかったが…ほんの少しだけ跳ねて見ると、確かに城壁では滅多に見ない"新鮮な"生魚が並んでいる様子が見えた。


「ココに居ると刺身なんて食わないでしょ?」

「確かに、その時ばかりは国が恋しくなる」

「あの日以来、すっかり漁船が出てこないってもんで、うち等の知り合い皆出てって、それで採れたのがこれってわけですよ」

「ほう…といえどこの格好。着替えてからくるよ。そっちもまだだろう?」

「待ってます。12時からですけど、杉下さんなら開店前からでも良いですよ?」

「サンキュー」


俺はそう言ってサムアップして見せると、一旦目の前のビルへと入っていく。

3階にある部屋まで歩き、鍵のかけていない扉を開けて中に入った。


ずぶ濡れになったライフルは、薬室の中と弾倉内の弾丸を全て抜いた後、昼食から帰ってきてから整備するために作業部屋にあるテーブルに置く。

それから、すっかりずぶ濡れになった衣服は全て脱いで、時代遅れの二層式洗濯機に放り込んだ。


誰もいない部屋の中で素っ裸になった俺は、箪笥から適当に着替えとバスタオルと取り出すと、浴室まで歩いていく。

さっとシャワーを浴びて雨粒と汗に濡れた体を洗い流し、フカフカのタオルで綺麗に拭き上げてから着替えに袖を通す。


洗面台に付けられた鏡越しに自分の実年齢よりは随分と若い…高校時代の自分の姿を映し出すと、ほんの少しだけ前髪を弄って整えた。


居間にに戻って来た俺は、コート掛けから手頃なジャケットを取って袖を遠し、玄関横の靴箱の上に置かれた財布と、オフィスに入るためのパスケースをポケットに入れる。

これが1月前までなら、イレギュラー対策のために大口径の重たい拳銃を持っていたのだが…リインカーネーションしかいない今は、自衛のために拳銃を持つ必要は皆無だ。


結局都合15分もかからずに準備を終えた俺は、自室を後にして、ビルの目の前に留まったバスの中へと入っていった。

先ほどの、気前の良い男の声が耳に届く。

俺はほんの少しだけ口角を上げて、小さく左手を掲げた。

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