5.6.杉下宏成

2101年5月12日午前9時21分 "杉下宏成" -001-

空港の屋上に設置された展望台から滑走路を見下ろすと、丁度白と緑色の塗装に彩られた機体が滑走路に入っていく所だった。

尾翼の付け根に1発エンジンを背負った3発機。

ボーっと眺めていると、その機体は轟音と共に加速していき…そのまま宙に浮いて何処かへと飛んで行った。


遠くにかすんでいく飛行機が疑似煙草の放つ煙に掻き消され…やがて機体は分厚い雲の中へと隠れていく。

もうすぐ大雨になりそうなほどのドス黒い雲。

飛行機が消えてから少し経つと、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。


「やっぱ杏泉は雨男だ。何か動くと雨を降らす」


俺はそう呟いて、展望台に立てかけた物々しいライフル銃を手に取る。

腕時計を見ると、9時24分を指していた。

さっき発った選抜旅客航空公司の1機が今日の最終便だから、俺の仕事もここまで…随分と簡単な1日だ。


手にしたボルトアクション式の狙撃銃を手にした俺は、雨に当てられる前に展望台から屋内へと入っていく。

最終便が発った後の空港は閑散としていて、ついこの間までは観光客で賑わっていた空港には、俺の足音くらいしか音が響いていなかった。


俺は周囲に目を向けながら、ゆっくりとした足取りでオフィスへと戻っていく。

城壁秘匿転生者委員会…この島に転生して以降の俺の居場所だった。

空港の1階、関係者しか入れない通路を歩いていった先にあるオフィスに戻った俺は、中の応接セットのソファに踏ん反り返っていた男を見止めて小さく鼻を鳴らす。


ソファに座っていた男も、俺を見止めると同じように頬を小さく緩ませる。

昔から見飽きた顔は、何も言わずに手元にあった開いていない缶コーヒーをこちらに投げ渡すと、小さく肩を竦めて見せた。


「随分と暇そう。今頃は猫の手でも借りてるかと思った」


銃を自分のデスクの上に無造作に置いた俺は、缶コーヒーを片手に男から見て向かい側のソファに腰かける。


「暇だよ。昨日を持って仕事も無くなった事だし、今日からは悠々自適な老後を過ごすのさ」


そう言った男は、見慣れた顔の中で唯一見慣れない銀色の瞳を輝かせながら言った。


「冗談。随分と若返ったみたいだが」

「元々若作りには金かけてたが、こっち側に来てみるともっと早く成っとけば良かったと後悔するね。どれだけ金かけたと思ってる?」


そう言ってお道化て見せた男は、ほんの少しだけサイズが大きくなった普段のスーツを気にかける。

何時ものようにピッタリとサイズの合ったキッチリとした格好ではなく、結構着崩した様子はレアだった。


「で、久永。お前はクビだろう?"リインカーネーション"になってしまったために」

「ああ。大使館全員が"リインカーネーション"に変わったものでね。お国からは即座に切られたよ」


久永はそう言って気味の悪い笑みを浮かべると、ふと何かを思い立ったかのように手を合わせた。


「宏成。この後暇だろ?」

「ああ」

「なら、ちょっとついてこい。偶には運動させてやる」


久永はそう言ってソファから立ち上がると、ソファに掛かっていた上着を羽織る。

俺はその様子を何も言わずにじっと見ていたが、やがて久永が俺の机の上に置かれたライフルを手に取って俺に押し付けると、そのまま俺の手を引いて立ち上がらせた。


「物々しい」

「しょうがないだろ?お前を呼んで来いって言われてこっちに来てんだから」

「…の割にはサボってたな」

「サボりたくもなるさ、手間じゃないが面倒くさくってしょうがない」


そう言った久永は、オフィス内にあった武器庫代わりのロッカーを開けると、中に入っていたライフルを取り出した。

それから、何も言わずに部屋を出て行く。

俺もその背中を追って部屋を出た。


「何が起きている?」

「城中に"人間"がなだれ込んだんだと」

「それだけ?」

「それだけだが…今の城中がただの大使館通りだと思えるか?」


通路を駆けて行きながら、俺と久永は言葉を交わす。

やれやれと言いたげな口調であったことから、問題は大したことのないように思えたが…その内容は思っていたよりも酷く思えた。


城中といえば、城壁の住民の大半には縁のない地区だったと聞いている。

門で囲われたエリアには、城北や城南のような活気がなく、その中にあるのは外国の政府関係施設がズラリと立ち並ぶ。

元々が国とは言えず、元ある国はそのまま吸収された多国籍の集合体である城壁らしく、各国の機関は"自国民の保護"を名目に押し寄せてきたのがこの地区だった。

本来は島の中心区であり、そこで各国が有りもしない空想上の策略を巡らせていたのだが…狭い島内に入って来た人間達は彼らの思惑通りに動くことは無かった。


結局、中心街だったはずの城中はこの島以外の人間が元居た国の手続きを行うためにしか訪れないようになっていき…最後は門で囲われるようになり、城北と城南が活性化するにつれて人の居ない土地へと変わっていった。


今となってはそこへ出入りするのは、城中にアパートを借りる関係者か…この島に越してきた人間、この島から別の国へ逃れる人間で完結するほど。


そんな場所に"人間"が押し寄せた。

それも今朝になってから起きているらしい。


その理由はただの一つしか思い浮かばなかった。

それは空港の出入り口にも張り出された今日の朝刊の一面だ。


"THE REINCARNATION IS RIGHT THERE ."


そう書かれた一面には、ネイビーブルーに彩られた巨大な爆撃機が映っていた。

俺達はその新聞が貼られたガラス張りの窓の横、回転扉をを通り抜けていく。


空港から出て駐車場へと駆けて行き、久永が日本にいた頃から乗っている角張った古い車に乗り込む。

長いライフルがつっかえそうになったが、何処にも当てずに丁寧に扱って、助手席に座ると薄っぺらなドアをバン!と音がなるくらい勢いよく閉めた。


久永の長いライフル銃は後部座席に乱雑に放り込まれ、それから俺と同じように運転席に乗り込んでドアを閉め、クラッチペダルを蹴り込むと、キーをシリンダーに差し込んでクイっと手首を捻る。

低く乾いたエンジン音と振動が車内に響いてきて、その直後には後輪を深く沈みこませて発進した。


ギアを2速、3速と上げていくとともにスピードメーターの針が跳ねあがっていく。

空港内のトンネルを抜けて雨が降りしきる高速道路に飛び出た頃には、メーターの針はとっくに180キロを振り切っていた。


「酷いもんだよな。逆の立場になると」


雨粒が流れていくフロントガラスの向こう側をじっと見つめた久永が不意に口を開く。

俺は助手席の窓から雨に降られた街並みをじっと眺めながら次の言葉を待った。


「確かに自分とこの国の施設なら大丈夫だろうと思ってしまうが…生憎、この島に並んだ大使館なんざハリボテなんだぜ」

「そういうこと。俺は良く知らない」


俺はそう言って窓の外から、久永の方に首を回す。

久永はアクセルペダルを踏み続けたまま、小さく横顔を歪ませた。


「ピンク色のスターチスの花言葉知ってるか?」

「スターチスが花だってことも知らない」

「"永久不変"。そんな花言葉を持つ花の名前の組織が"反リインカーネーション"を掲げてるだなんて悪い冗談、案外コロっと騙されるよな」

「何が言いたい?」

「城中の"他国の施設"とやらは全部ピンクスターチス同盟の息が掛かった連中の施設ってことさ。大使館に見えても、そこは"リインカーネーション"の巣窟。ピンク色のスターチスの造花が飾られてるから、反リインカーネーションだろうと思って居る"人間"にとっては酷い仕打ちだ」

「そういうこと、か」


俺はそう言って小さく溜息を付くと、再び窓の外に目を向ける。


「久永に冗談めかしにやれって言ったのは俺だっけ?夏蓮だっけ?」

「どっちも。やってみればうまくいくもんだ。5年前のカタストロフィといい、先月の墜落事故といい…」

「死なないんだぜ。それを使わない手はない。これまで以上に大胆に"実験"が出来ることを生かせばこうもなる。死ねば終わりじゃないっていうのはこういうことさ」

「俺はついこの間まで残機1だったんだがな。でも人間で居ることがこうも重要だとは思わなかった」

「だから成功した。物事は単純であればあるほどに簡単に物事が進んでいく。そう考えれば"白銀の粉"は随分と良い働きをしてくれた。50年前じゃこうも行かない」


俺がそう言い終わると、久永は何も言わずにブレーキに足を載せて、車は減速を始める。

ギアを落として、あっという間に車は広い高速道路の車線上に停車した。


俺はてっきり城中の近くまで向かうものだと思っていたが、窓の外を見る限り、ここは城北の中心街から少しだけ城中に近づいた所だった。


「久永?」

「ここでいい。よく目を凝らしてみろよ」


不思議そうに問いかけた俺に、久永はそう言って運転席にドアを開ける。

アイドリング状態でエンジンを揺らす車から降りた久永は、後部座席に追いやられていたライフル手に持つと、とある方角に指を指した。


俺も久永の指の先をよく見るために車を降りる。

強さを増した大粒の雨が空から降りしきる中、一瞬でずぶ濡れになった俺は久永の横に立って指先に目を向けると、小さく鼻を鳴らして見せた。


「ナルホド」


俺はそう言って手にしたライフルのボルトを立てて引いた。

素早くそれを元に戻すと、ストックの先端に付けたバイポッドを立てて高速道路端の柵に立てて、膝立ちになる。


「500ヤード。威力過多たぜ」

「良いさ。どうせ先は短いんだ。長くてたったの"50年"」


俺の横で、俺と同じように構えて、スコープを覗き込んだ久永が言う。


「タイミングは?」

「お任せ。適当に撃ってもあの集団には当たるだろうよ」

「だよな」


俺はそう言って、呼吸のリズムを整えて、スコープ越しの光景に全てを集中させた。

見えたのは、城北のビル群の屋上の奥に見える城中の大通り。

眼下には銀色の光る瞳の住民たちが闊歩する中、スコープの先の世界には"旧式"の人間達が得られもしない助けを求めに奔走する姿が映し出された。


パニック映画のゾンビみたいだ。


俺は単純にそう思って、そして十字線を動きを止めた一人の男に向ける。

土砂降りの中、500ヤードの距離を加味して照準を定めてから数秒後。

雷鳴と共に俺の肩に弾丸が創り出した反動が押し寄せてきた。

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