2101年5月11日午後19時33分 "李志傑" -002-

キョウセンはそう言うと、たどり着いた一つの扉の前に立ち止まる。

扉には"RampartTransportationSaftyBord"と記された金属のプレートが留まっていた。


彼はノブに手をかけて扉を開き、中に入っていく。

俺は疑似煙草を携帯灰皿にもみ消して捨てると、キョウセンの後に続いて中に入った。


「……」


そして、繋がった先の空間にある異様な物体を目にして立ちすくむ。

扉の前で足を止めて、口をぽっかりと開けた俺を見たキョウセンは小さく笑って見せると、ほんの少し自慢げに頷いた。


「スクープだろう?」

「ああ。間違いない」


キョウセンの言葉に、俺は呆然としたまま答える。

その黒い物体の周囲には、熟練した動きを見せるメカニックが数十人…いや、百人弱と張り付いて各部の点検を行っているようだった。

それは見たこともない、6機のジェットエンジンを左右の翼に下げた巨大な飛行機。

宵闇の空に溶け込むような濃いネイビーブルーのカラーリングと、周囲に並ぶ無数のミサイルから、これが旅客機では無く爆撃機であることは容易に理解できた。


「RB2101"ムーン・ボマー"。大昔の爆撃機をベースにしてここで新開発した新兵器だ。それだけでワクワクしてくるだろう?」

「ああ……」

「4日後。5月15日の正午にここを発つ。積んでいるのはこの間島で炸裂したW型爆弾と概ね同型の"Type01-WhiteCruster"っていう新型の爆弾。僕らの間じゃ"シルバー・ブレッド"って呼ばれてる」


キョウセンは呆然としたままの俺に得意げにそう言って、翼にぶら下がった長い爆弾を指さした。


「これが"白銀の粉"の燃料で飛ぶのカ?」

「"本来の製法"で造られた燃料ならね。僕が現役で働いていた頃と同等以上の性能が出るんだ」

「"本来の製法?"」

「そう。それは僕も門外だから良く知らないけれど、ここの研究員が突き止めた。当然、世の中には出回っていない」

「……ナラバ、これだけデカい飛行機でも600キロが出る?」

「マッハ1まで出せるよ。武装が満載でも」

「……ヒュー」


俺はキョウセンの言葉にいちいち驚くこともせず、唯々目の前に鎮座する巨大な飛行機に目を奪われ続けた。


「これをどこまで飛ばす?」

「何処へでも。今はこれが1機しか無いけれど、世界各地の僕の持つ土地に10機程造られて保管されているんだ」

「……10機も?」

「5機で世界をカバー出来るけれど、念には念を押すタイプなのさ」

「知ってる。キョウセンらしい」


俺はそう言って首からぶら下げたカメラを構え、巨大な爆撃機を写真に撮っていく。

それと同時に、明日の朝刊の1面を飾る記事の見出しを幾つも考え始めた。


「これを俺は記事にすれば良イ?」

「そ、15日の正午に飛ばすって言っていい。人間社会を終わらせて"リインカーネーション"が人として暮らすような星に変えて見せるって、そう宣言してくれて構わない」


キョウセンはそう言って、俺の横まで戻ってきて横に並ぶと、疑似煙草を1本取り出して咥えた。

火がつけられると、バニラの甘い香りが周囲に漂ってくる。


何も言わないキョウセンを横に置いて、俺は格納庫のあちこちを回って一心にカメラのシャッターを押し続けた。


先ほど窓の外に見た今の世界で一番大きな旅客機が子供に見えるほど、巨大で…キョウセンの話によれば、その機体が音速まで加速できるというのだから、目の前にある爆撃機が如何に規格外な存在なのかが良く分かる。

あの旅客機ですら、人も荷物も少し減らして650キロの巡航速度がやっとなのだ。

なのにこの6発機は+350キロも速い。


そんなのが世界中に10機もあって、それがもうすぐ世界中の空から"白銀の粉"の雨を降らせるために地上から飛び立つ。

その記事を書いた暁には、世界は3日の猶予しか与えられない事になる。

3日後には、この世界の何もかもが変わってしまう。

俺は何とも言えない高揚感と、何処からか感じる不気味なほどの緊張感に包まれた。


「コレを飛ばした後の世界は一体どうなル?」

「リインカーネーションの星になる。それだけさ。終わった暁には衛星中継

飛ばして今知られているリインカーネーションの全てを話す。それからはこの星のリインカーネーション達が決めればいい。僕はそれに関わる気は無いけどね」

「何故?」

「政治家は好きじゃない」

「ナルホド」


 ・

 ・

 ・


格納庫で強大な爆撃機を目の当たりにしてから30分後。

俺はキョウセンと別れて城壁通信社へと向かっていた。

城北にある空港からモノレールで城南まで行き…そこから徒歩で歩くこと数ブロックの道のり。


今は空港に併設されたモノレールの駅のプラットホームでベンチに腰かけて疑似煙草を吹かしている。

後5分程度待てば帰りのモノレールがやってくる。


俺は人の少ないホームで何をするわけでもなく黙って座っていたが、少し経った後、横目に見えた人影を見止めてそちらの方に首を振った。


「ジージェはもうお帰り?」


階段を昇ってホームに上がって来たのは、良く見知った顔だった。

フラッチェ…フランチェスカ・スメドレー。

ついこの間まで外人部隊に居た女だ。


「ああ。そっちは?家は城北だったよな?」


俺は横に座って来た彼女を横目に見ながら言った。

リインカーネーションになってから、ほぼ四六時中居るカラキとかいう少女が見当たらないのが少しだけ違和感を感じる。


「ああ、アンを家に送り届けにね」


フラッチェはそう言って誰もいない足元を凝視する。

俺は言葉の割には送り届ける相手が居ないことに首を傾げた。


「…送る相手が居ないだろ?」


俺がそう突っ込んだ直後、フラッチェの足元…丁度影になっていた部分の地面がモゴモゴと動き出す。


俺はそれを見て全てを察したが、そこからの光景はいつ見ても慣れない光景だった。

動き出した地面は、その色を保ったまま人間大に盛り上がってきて…やがてその色身が人間のそれへと変貌していく。


感情の乏しい少女が目の前に現れて、じっと俺の方を見下ろした。


「あー、そう言うこと」

「シャイだからね」


フラッチェがそう言って真横に立つカラキの肩をポンと叩くと、カラキは何も言わずにフラッチェの影に吸い込まれるように消えていった。


カラキがフラッチェの影に消えてから数十秒後。

プラットホームのスピーカーから電子音が鳴り響き、モノレールがすぐそこまで来ている事を伝えて来た。


「モノレールはちょっとトラウマがあるんだけどね」


滑り込むように入って来た銀色の車体を見つめながら、フラッチェが冗談半分といった口調でそう言うと、俺は小さく笑って見せる。

疑似煙草を携帯灰皿に捨ててベンチから立ち上がると、丁度開いたモノレールの扉を潜って中に入った。


遅い時刻、前の墜落事故以後、飛行機の便数も減った今日この頃はモノレールを利用する人間もおらず、乗り込んだ車両には俺達しか乗客が居ない。

ゆっくりと動き出して、空港の領内を抜けた後に窓から見えた景色は、見飽きるほどに見慣れた城壁の夜景だった。


眼下に見える城北の夜景。

中心部の繁華街は特に明るく、カラフルなネオンサインで描かれた文字が遠く離れたここからでもハッキリと見える。


そんな見飽きたはずの夜景に追加された銀色の光。

それは、町ゆく人々の"銀色"の瞳の色だった。


「結局、大尉みたいな"例外"やマキタのような"出来損ない"なんて"少数派"なのね。もうこっち側の人間になっちゃったけど、ついこの間まで外人部隊に居た時も、特に混乱もなく何時も通りだったもの」


俺と同じように、何も言わずに窓の外を眺めていたフラッチェが呟く。


「結局"リインカーネーション"へ成れなかったのは1割弱。その程度じゃ混乱なんざ起きやしない。キョウセンもかなり前から手を回していたしな」

「アンみたいな子が出てくるのは想定外だったみたいだけどね」

「そうなのか?その、なんて言ったらいいか分からないが」

「アンみたいに、体の全てを何かに溶け込ませる事が出来るっていうのは例外的な存在だけれど、変な体質に変化した人っていうのは結構いるみたいよ」

「へぇ……ハーフか?」

「全然、ハーフだろうと関係ない。私達も案外後から気づくかもね」


フラッチェはそう言いながらほんの少しだけ頬を緩ませる。

何かを期待しているような表情を浮かべていた。


「そう言えば、1割弱残った生粋の人間様はどうなった?」

「あら、聞いてない?」

「大尉が日本に捨てられる以外のことは知らないぜ」

「人知れず消していくそうよ。どうせもう少しで人間の大半はリインカーネーションになるんだから」

「酷い話だ」

「あら、そうでもないわ。15日までに全員、選抜の便で全員日本に送り届けるそうよ」

「もっと酷い。あの国はシェルターの世界だぜ」

「ええ。でも決まったことですもの。"人間"は全員そこに送るのよ。あとは"リインカーネーション"が取って代わるって」


フラッチェは真顔で、ガラス越しに見つめた瞳は何処も見つめていないようだった。


俺は何も返さずに、ただコクリと頷いて窓の外の景色に目を向ける。

もうすぐ城北の中心街を抜けて、城南エリアに入ろうかというところだった。


 ・

 ・


城南の駅に着いてフラッチェと別れた俺は、歩き慣れた城南の通りを行く。

目的地は、雑居ビルのワンフロア。

統一城壁通信…俺のもう一つの顔がある職場だった。


目的地のビルに入り、自分のデスクの椅子にジャケットをかけた俺は、デスクの上にカメラとパスケースを置いた。


明かりが点いているにもかかわらず、俺以外には誰もいない無人のフロア。

広い部屋に一人。

解放感に包まれて、デスクから離れた俺は、フロアに設置されたコーヒーサーバーの元に出向くと、コーヒーをカップに注いでデスクに戻る。


そして、コーヒーカップに口を付けながら、デスクに鎮座する分厚いデスクトップパソコンの電源スイッチに手を伸ばした。


締め切りは明日の朝6時。

俺は誰もいない部屋で一人深呼吸をすると、何も言わずに手を動かした。

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