2101年5月09日午後13時02分 "テイラー・ジェラード・シャルトラン" -002-
「金髪の彼女はこの中に入ったのかな?」
「知るか。ただ、地下街への扉はチェーンで繋がれてて開かないのを見ると、この奥にいるのは違い無さそうだ」
「行きますか?」
「見つかれば首では済まんだろうよ?」
「……でしょうね」
ダリオはそう言って不敵な笑みを浮かべる。
「良いじゃないですか。行きましょう」
俺は薄っすら笑みを浮かべてそう言った不気味な相方を見返して鼻で笑うと、肩に付けた無線機を門の前に捨てて足を踏み出した。
「随分と割り切った事しますね」
門を潜って5歩目。
付いてきたダリオは嘲るような口調でそう言った。
その浮いた口に釘でも撃ち込んでやろうかと横目にダリオを見ると、その表情は今日一番に引き締まっている。
俺は何も言わずに前に向き直ると、手にした分隊支援火器のセイフティを外した。
「ここの警備がどうなってるかとか、知らないよな?」
「イレギュラー担当なので。全く」
「生憎隠密行動には向かないぜ、俺らの装備じゃ」
「アドリブも大事ってことで」
2人そろって真面目な顔で軽口を叩く。
周囲はさっきまでと変わらないコピーペーストのビルと荒い舗装の道。
城南の街並みと変わらぬ景色と道が続いているというのに、人気が無いだけでこれ程に不気味な空間に変わるとは思わなかった。
俺達はビルとビルのすき間を縫うようにしながら奥へ進んでいく。
ただ金髪の女を追うのにこんなことをする羽目になるとは思わなかったし、それだけならとんだ大馬鹿野郎なのは違いないのだが…それが未知のリインカーネーション相手となれば…2週間前に肉片以下にまで刻まれた部下となれば話は別だ。
狭い路地で、ハンドリングの利かないライトマシンガンの銃口をあちこちに向けて先に進む。
大筋の通路からは離れず、俺達は街に溶け込むように…影を行くように深く内部へと進んでいく。
「ここの相手は選抜の連中か?」
30分弱かけて1キロほど奥に進んだ頃。
門から続くメイン通りに近い建物脇に張り付いた俺はダリオに尋ねた。
「まさか。配属されてるとは聞いてませんよ?」
横に並んだダリオはそう言って首を左右に振る。
ここまでは一切誰にも会っていない。
ここまで通り過ぎてきたビルからは、人の気配が一切しなかった。
「じゃ、一体何がここを譲ってるってんだ?」
俺は自問するような口調で言う。
ダリオは何も答えなかった。
通路から覗き込んだ先に答えの一部があることを願って顔を出したが…見えたのは誰もいない光景のみ。
「不気味だな。反動がデカそうだ」
そう言って道を渡り…反対側のビルの合間に続く路地裏に駆けこんでいく。
これで何度目だろうか?
俺は小走り気味にビルとビルの間を駆け抜け、ビルの裏側にある1人分の路地裏を進んでいく。
そして、ビルの周囲を一回りするようにして再び通りに面した場所に出た。
その時、道路の反対側に見えた1人の人影を見て俺はダリオに合図を出す。
「居た!」
道を挟んだ向こう側。
一瞬見えた金髪の女。
ダリオもその姿を見止めたらしく、小さく頷くと俺達はメイン通りをクリアして女が消えていった先に駆けだした。
さっきはスコープ越しの距離で、その次は数百メートル程度先…そして今は数十メートル先の話。
ビルとビルの合間を縫って角を曲がり、長く重たい銃の銃口を視線の先に突きつける。
「……!」
俺達は目前に広がった光景に思わず目を見開く。
ついさっきここを通っていったはずの女は既に遠く…2ブロック先をユラユラと歩いて…ビルの影に消えていったからだ。
ここまで来るのにかけた秒数はほんの15秒弱。
1ブロックは50m四方と決まっているから、距離にして100m。
全力疾走でも届くかどうか分からない…大半の人間は届かない距離。
それなのに、ビルの陰に消えていった女は…ユラユラと、夢うつつな寝起き後のような歩調でビルの影に消えていった。
「誘われてんなぁ…オイ。どうするよ?」
「女の人の誘いには乗ってあげないと」
「限度ってもんがあるだろうよ」
「警部、家族居ましたっけ?」
「嫁に子供が4人」
「乗ったら奥さんに高い金払う羽目になりそうですね」
「生命保険払いになりそうだ」
「ここで死んでも保険は出ませんよ?」
俺達は目の前の光景に思わず苦笑いを浮かべて、背中に嫌な汗を感じ取る。
だからといって、今更戻るつもりも毛頭なかったが。
「何処に導いてくれるのか…」
俺はそう呟いて、止まっていた足を動かす。
早歩きで、周囲への警戒は先ほどまでと同様に怠らず…それでもさっきよりも効率よく先に進んでいき、女が消えたビルの影に入っていった。
再び銃の切っ先を向けて回り込むように先に進んだが…女の姿は何処にもない。
俺達は顔を見合わせることもなく先に進んでいく。
そして、メイン通りに突き当たると…女は堂々とメイン通りのド真ん中を歩いていた。
距離にして100mちょっと。
思わず女の頭に合わせた照準をそのままに、人差し指に力が入りかかった。
それを食い止めて、横目にダリオを見る。
ダリオも最早余裕のある表情はしておらず、遠くで背を向けて離れていく女の背中をじっと見つめているだけだった。
俺はもうビルの裏に回ってなどということをするつもりも消え失せ、メイン通りの歩道をそのまま駆け抜けようと足を踏み出す。
人気のない門の中。
ビルから覗く人の顔も見えない中で、最早周囲の目など気にならない。
俺とダリオは唯々、女に追いつこうと、重たい得物を両手に抱えて駆けていた。
先ほどと変わらずにユラユラと歩き続ける女。
彼女との距離はさっきのように…瞬間移動したかのように離れることは無く…少しづつ縮まっていく。
「止まれ!」
距離が20mを切った時。
俺は手にした大柄なライトマシンガンを彼女の背に向ける。
右手でグリップを、左手でフォアグリップを握りしめ…銃のレイルトップに載せられた4倍率スコープの中で赤く光る光点は、彼女の後頭部…記憶にあるのと全く同じアクセサリーで縛った金髪が揺れる後頭部をハッキリと捉えていた。
「………」
俺の声が届いたのか、女は歩みを止める。
俺とダリオは微妙に距離を取りながら、互いが即座に動き出せて、カバーし合える位置に付いた。
女は足を止めたものの、俺達の方に振り返ることもなかった。
女がいるのは道の真ん中。
俺達は、道の左右に分散して…女を見据えていた。
女の斜め後ろに立ったことで、彼女の横顔が少しだけ見える。
その顔は、2週間前まで当たり前のように居た部下の姿と全く同じものだった。
あの日、裏城南で起きた"イレギュラー"の事件現場で話して、さっていった…彼女が最期を迎える少し前の時と変わらぬ横顔。
「そのまま、何もしないでこっちに振り向くんだ…ゆっくりと…」
俺は動きを止めた女に言う。
だが、その指示は直ぐに聞き入れられない。
彼女は足を止めたまま、じっと…何もせずにメイン通りのド真ん中に立ちすくんで…ほんの少しだけ上を向いていた。
「……ノー、違う」
そっと、女は両手を左右に広げだす。
俺は額に流れる汗が流れるのを感じ取りながら、思わず口を開いた。
「違う!振り向けと言ったんだ!そのまま、ゆっくりと、振り向け!」
俺がそう叫ぶと、女は左右に広げた手を元に戻して…ゆっくりとした動きで俺の方に振り向いてくる。
俺は唾を飲み込んで、こちらに向いてきた女の顔を、スコープ越しにじっと睨んだ。
「……」
振り返った女の顔は、さっきビルの上から見つけた時と同じ。
目じりの下がったやる気の無い目つきをしていて…瞳が銀色の輝いていた。
「なんでしょうか?誰かと…思えば…大尉じゃないですかぁ…」
振り返った女は俺を視界に入れると、やる気のなさげな…どこかアンニュイな表情を浮かべて口を開く。
動きもスローならば、態度や感情もスローモーション…どこか物憂げで、やる気のなさを感じる。
だが、その素振りや表情からは感じ取れないほどの…異質な雰囲気…空気感が女の周囲を渦巻いていた。
俺は、俺のことを知っている彼女を前にしてもなお、警戒を解くことをしない。
たとえそれが見知った顔であったとしても、部下であったとしても、目の前のフランチェスカは俺が知っているままのフランチェスカではないことは明らかだった。
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