5.テイラー・"ジェラード"・シャルトラン

2101年5月09日午後13時02分 "テイラー・ジェラード・シャルトラン" -001-

俺は低倍率スコープの赤い照準点越しに映り込んだ顔を見て息を呑んだ。

…髪を後ろに縛った金髪と、目じりの下がったやる気の無い目つきを見間違うはずもない。

だが、その顔の持ち主はつい2週間前に木端微塵になったはずだった。


右手の人差し指が掛かった引き金を引くことをせず…俺に狙われていることにも気が付かないで人混みの中へと消えていった警察官の格好をした女。

つい先日失ったばかりの部下は何も変わった様子もなく…いや唯一変わった瞳を…リインカーネーションのように瞳を、銀色に光らせながら城南の街へと溶けて行った。


「テイラー警部。どうしました?」


銃を下ろして、眼下に広がる城南の街並みを呆然と見下ろした俺の横に、大柄な白人の男がやってくる。

ダリオ・マックイーンと名乗る"委員会"の"イレギュラー"専任の捜査官らしい。

私服姿に似合わない突撃銃を手にした姿はスタイリッシュだが…年相応の青さも垣間見える。


「いや、何でもない。それで?トキトウは何て言ってた?」

「はい。状況証拠的に2051年革命当時と同じであると突き止められたそうです。ですので…あの時と同じ轍を踏まぬよう…そして、これ以上"イレギュラー"による一般市民の被害を起こさないためにも強硬策を取れと」

「強硬策ねぇ」


俺は横に来た若い男にそう言うと、小さく首を横に振った。


「得体の知れないリインカーネーション様に言われるがままにってわけにも行かないんでね。次のガサ入れの時にでも探ってやるさ」


そう言ってダリオの言葉を付き返した俺は、立っていた通路の壁に寄り掛かって溜息を一つ付く。

ここは城南に立つ一番大きなビルの最上階。

今はお尋ね者の2人の捜索と…1週間前に発生した"墜落事故"現場周辺の警備が俺の率いるチームの仕事だ。

今の今まで起きた出来事に、上がってくる報告を読めば読むほど…状況証拠なんて言葉を使わずともトキトウの指示が正しいことは十分身に染みて分かっていたが…生憎俺程度の人間ではその行動を起こす権限までは無かった。


「手を入れる場所が不穏すぎる」


俺はそう言って、今でも墜落した機体が撤去されていない事故現場を見下ろした。


墜落してから早2週間ちょっと。

"白銀の粉"特有の青白い炎はすっかり鎮火しているものの…巻き添えになったモノレールやビルの瓦礫から所々上がってくる煙が、未だに事故の余波が続いていることを示している。

機首から胴体部分は粉微塵に散った機体は…周囲に散らばった4つのエンジンが示すように4発機だ。

比較的綺麗に残った機体後部が、墜落してきたのが何処の飛行機だったかを物語っている。

白い塗装に真っ赤なマーク…それを見ただけで、日本の会社だということは直ぐに分かった。


エア・オリエント2521便。

それが落ちてきた旅客機のフライト名だった。

死者はまだ確定数が出ていないが…現場周辺から生存者が出てきたとは聞いていないから巻き込まれた人間諸共全滅したと見られている。

その中には、俺の部下も含まれていた。


「まぁ、トキトウも無理強い出来ないといっていましたが」

「その通りだが、だったら俺に何をやれって言うんだ?このままでいいなら、唯々見下ろすだけで1月過ぎるぜ」

「そこは自分も追って話すとしか言われていません。トキトウもRTSBとして表の仕事も入ってきたことですし…」

「なら、俺もお前もただビルから墜落現場を見下ろすだけで給料貰える立場ってわけか」

「今のところは。警部は上からここ見張れって言われてるんでしょう?」

「ああ。守る気は毛頭ないが。お前はどうだ?ずっとここに居る必要性は?」

「無いです。監視カメラが張ってますし」

「そうか」


俺はそう言って通路を歩き出す。

何もしないで凄惨な事故現場を見せられ続けるよりは、ついさっき照準越しに補足したリインカーネーションを探したかった。

そんなことも知らないダリオだが奴もそれなりに考えがあるのだろうか?

俺の言葉に何も言わずについて来ていた。


「一体どこまで?」

「街をぶらつくだけだ」

「まさかサボりですか?」

「言っとけ。直接見て確かめたいことがあるんだ。お前は違うのか?」

「否定しません」


エレベーターを呼び出して10階から一気に1階まで降りて行き、俺達は武装をそのままに街の喧騒に溶けていく。

まだ事故現場がそのままであることや、連日のニュースで騒ぎ立てていることからも分かる通り、この周辺の雰囲気は何時ものような騒がしさではなく、どこかどよめき立ったような、浮足立ったような雰囲気を醸し出していた。


それもそうだ。

あの事故以来"イレギュラー"のニュースは一切流れなくなり、飛行機の墜落事故一色になってしまったのだから。


追い打ちをかけるように、事故の次の日から監視下から脱走した"イレギュラー"2名の痕跡も辿れなくなったことも、飛行機事故のニュースに傾向する一因になっていた。

あれだけ監視カメラに映っていた2人組の男女は、この島の何処かに今も居るはずなのだが…その痕跡も辿れない。


何か人生で1度も経験出来なさそうな…今までとは違う事が間違いなく起きてる中で、墜落した飛行機を眺めているよりは動いた方が100倍マシに決まってる。

俺はフランチェスカを見掛けた付近に足を向けて歩き出した。


「"イレギュラー"のことは進展ないのか?」

「全く。影も形も見当たりません」

「そうか…行く当ても無い連中を探すのがこうも難儀するとはな…案外何処かで野垂れ死んでるのかもしれないが…あの残骸から見つかるとかな」

「それは有り得ないでしょう。少なくともカラキの方は特に」

「何故?」

「彼女はリインカーネーションの体質も持っていますから」

「はぁ!?何故それを教えなかった?」

「完全にリインカーネーションとは言えないんです。片目だけ銀色の瞳ということが分かっただけなので」

「ああ…偶にいる半端ものか。あれ、結局何処までリインカーネーションなんだろうな?」

「どうでしょう。一説によると不老不死までは確からしいですが、確認は取れていないんです」

「実験するわけにも行かないからなぁ…」


俺はそう言いながら、見張りとして立っていたビルから2ブロック先の歩道を渡る。

あのビルから狙いを定めた場所は、すぐ近くだ。

俺は横にいるダリオを他所に、周囲に顔を動かして周囲を見回した。


「もしかして、誰か知り合いでもいたんですか?」

「ああ。それも亡霊だぜ」

「亡霊?」


俺に尋ねたダリオは、俺の答えを受けて半分馬鹿にしていたような表情を引き締める。


「ついこの間モノレールに乗ってるところを突っ込まれた俺の部下が見えたんだ」

「それは……フランチェスカさん?」

「ああ。スギシタとかいうリインカーネーションと組ませてたが、2人そろって木端微塵になって以来、遺体も何も見つかってない」

「誰か別のリインカーネーションと見間違えたのではなく?」

「白人女のリインカーネーションなんて珍しい奴。早々いると思うか?」

「……確かに、そうでした」


俺はどこかイライラしながら、さっき照準線上に映り込んだ女を探し求める。

この島では珍しい金髪の女だ。

金髪の時点で人混みの中でも浮くのは分かっていたから、探すのはそう難しいものじゃないはず…


そう思って城南の街を歩き続ける。

頭の片隅には、リインカーネーションとなった部下の姿と…もう一つ。

昨日、フランチェスカとリーと合流する前に聞いたスギシタの言葉が浮かんでいた。


"あの時と同じ。2051年のあの時と…なぁ、キョウセン?"


「にしても、部下探しで仕事放り出します?何かあるんですか?」

「あるよ。お前はスギシタというリインカーネーションと面識はあるか?」

「ああ…トキトウの後輩っていう男ですよね?」

「そいつが言ってた事が頭から離れない」


俺は人混みの遠くに見えた金髪の髪を持った人の頭を見つけて、ダリオに指で合図した。

ダリオは俺よりも長身だからか、直ぐに指した先を見つめて意図を汲んだらしい。

小さく頷くと、俺達は周囲の人間を刺激しないように…それでも少し早歩きで人混みの中を割っていった。


「一体なんて?」

「先月の墜落事故が起きるまでの出来事が余りにも2051年革命に似てるんだと。今回も逸れの焼き直しにしか思えないって」

「そんなこと言ってたんですね」

「それも墜落事故が起きる日にだぜ」

「予言者か何かですか?」

「どうだろう。ただ、そいつは事故の2日前に"転生"してきたリインカーネーションだ」

「何かができるわけもない…か」

「そして、そいつが言ったことには。飛行機の墜落事故。それが"リインカーネーション"誕生の瞬間であり…"イレギュラー"はその前に現れていたとも言っていた。今となってはそれを言った本人は行方知らずだが」


俺は人混みを避けて行きながら言った。

遠くに見えた女は今いる場所から2ブロック先の交差点を左に曲がって行き、既に視界からは消えている。

俺は左に曲がったことに若干の違和感を感じながらも足を前に進めていった。


「そうですか。それで、お尋ね者の彼女はどちらに?」

「見てなかったのか?2つ先を左だ」

「左?この先行き止まりじゃないですか」


ダリオも同じことを思ったらしい。

左に曲がっていった事に違和感を示しながらも、足を止めるつもりは毛頭なさそうだったが。


俺達は墜落現場から離れるごとに日常感を増していく街並みの中を進んでいき、ようやく曲がり角を左に曲がる。

そこは城南の北側…外れに位置する交差点で…今来た方角から左に曲がった先は、巨大な門と地下街への入り口がある行き止まりだ。


角を曲がると、思っていた通りの光景が見えて…一旦足が止まる。

だが、見覚えのない景色が混ざっているのを認識すると、四膳と足が動き出した。


「門の先が見えるぞ?」


俺とダリオは早歩きだった歩調を駆け足に変えて、門の一部に駆け寄っていく。

この先は城北に繋がっているわけではない…台湾海上城壁島統一自治区の中枢…城中だ。

政府の建物だったり、他国の所有する施設、関連組織がズラリと軒を連ねる島の政治の中心区。

普段は門で囲われていて、一般人が立ち入るようなことは一切出来ない場所だ。

俺が外人部隊にいた頃も、選抜公司にいた頃も一回も入ったことが無い場所だった。


「……なんだこれは」


門に駆け寄った俺達が見た光景。

それは巨大な門の一部に、人が1人通れそうな程の大穴だった。

やり口を見る限り、2週間も尻尾が掴めなかった"イレギュラー"の2人組が残した痕跡に違いない。

俺達は直ぐに顔を見合わせると、共に門の奥に顎を向ける。


「無線は入れておこう」


俺はそう言いながら、大穴を潜って門を通り抜けると、間髪入れず部下を呼び出してこの場所の確保と周囲の監視カメラの情報収集に走らせる。

墜落現場なんかよりも、もっと見張るべき場所なのは間違いなかった。

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