2101年5月09日午後13時02分 "テイラー・ジェラード・シャルトラン" -003-

「どうしたんですかぁ?そんなに、怖い、顔をして」


彼女は動くこともなく、ゆったりとした動きで両手を上げると、ぴたりと動きを止めた。


「名前は?」


俺は次の手を考えながら…思考時間を引き延ばすために当たり障りのないことを尋ねる。

立ち止まっているのに、追い詰めているのに…追い詰められているのは俺達のように感じていた。


「酷い。部下の顔をお忘れですか大尉ぃ?……フランチェスカですよ…フランチェスカ・スメドレー……」


だが、時間というのは待ってくれないらしい。

片目を閉じたフランチェスカは、ゆっくりと顔を歪ませていくと、喉を鳴らしながら笑い始める。

何か気が触れているような態度で笑い…そして真顔に戻った彼女は、やる気のないたれ目を細めて俺を睨みつけた。


「知ってますよぉ。自分のことくらい……知ってます?大尉。エア・オリエント航空の飛行機で事故に遭うとどうなるか」


そう言うと、彼女は俺の斜め前に建ったビルを指す。

そして、その直後に起きた出来事は、俺達が引き金に指をかけるのには十分すぎた。


「!」


何気なく伸ばされた右手。

それは突如として長い刃に変わり、確実に手が届かない場所にあるビルの壁一面を文字通り"切り取った"。


音もなく起きた出来事。

まるで粘土をこねるかのように変形して剛鉄の刃になり、更には腕の長さすらも無視して伸びてきた右手は、俺の目には捉えきれない程、一瞬の後に窓ガラスを含むビルの1階から3階までの一部を丸く切り取って見せた。


ビルをそっくり痕跡も無く切り取って見せた彼女の顔は、これまでに何度も見た気だるげな表情。


「チェ!」


俺は何かに弾かれたように人差し指に力を込める。

それはダリオも同じだった。


静かだった門の内側の街並みに、7.62mm弾が放たれ、一気に騒がしくなる。

カランカランと金属の薬きょうが地に落ちて…2秒もしないうちにフランチェスカの体には数十発の弾丸が貫いていた。


5,6発の射撃に留めて人差し指の力を抜く。

ダリオも射撃を止めて、再び通りに静寂が戻ってくる。

俺とダリオは、20m先にいるフランチェスカの様子を見て固まっていた。


体に幾分か風穴が開いたはずのフランチェスカは、表情を一つも変えずにそこに立っていたからだ。


「酷い人ですねぇ、大尉?知ってるでしょう。リインカーネーションは…死なないんですよ?」


彼女は気だるげな口調でそう言うと、硬質な刃に変貌させた右腕を元に戻す。


「こんな…気分だったんでしょうねぇ……50年前に初めて…リインカーネーションになった人の気持ちは……」


俺をじっと見据えていた銀色の瞳は、雲一つない青空の方へと向けられた。


「どうしようもないほどの解放感…何をしても体が付いてきてくれる身軽さ…ああ…分かります。どうして"異端者"として迫害されたのか…そう考えれば、凄いですよねぇ…トキトウは。良く出来たお人です…本当に」


淡々と、ゆっくりとした口調で独白を始めるフランチェスカ。

俺とダリオは一瞬目を合わせたが、銃を構えたまま何も出来なかった。

威圧されるとはこのことだ…俺らは銃口を突きつけているものの、それはただの虚勢にしかなっていない。


「あの日から2週間。報告も上げられずにいましたねぇ……大尉。1日に1度と約束してたのに…私、4月24日の午後12時過ぎには"転生"していたんですよ。この島の何処かに…」


そう言って、空を見ていた瞳をこちらに向けなおす。

さっき以上に目が開き、その銀色の瞳は更に深い色に変貌していた。


「なので報告です。大尉…"イレギュラー"とは一体何だったのか、見せてあげますよ……」


俺にそう告げたフランチェスカは、ゆっくりと指先を足元に向ける。

その直後、俺達は瞬きをする間も無く、轟音と共に穴が開いた足元に吸い込まれていった。


「うぉ!」


驚きを一つ声に出せたくらいで、俺は何もできずにぽっかりと空いた穴に吸い込まれ…そして、重力に吸い込まれるがまま数メートル落下した所で、柔らかい何かにぶち当たり、そのまま転がっていく。


見開いた目が仕入れてくる外の景色に見えた、何かの手すりのようなものに夢中で手を伸ばし、それは運よく俺の体重を支えてくれるだけの強度があった。


「ぐぅ…何なんだ!一体!」


突如として足元を掬われた俺は怒鳴り声を上げて周囲に首を振る。

まず第一に地下のであるのは間違いなかった。

だがそこは、裏城南や裏城北のように、コンクリートで覆われた空間ではなかった。

通路であるのは間違いなかったが、囲われているのはコンクリートではなく…まるで空港の壁のように綺麗な白い壁に…タイルカーペットで覆われた床…そして白い光を放つ電球…


俺が滑り落ちてきた方に振り返ってみれば…砂のような白い粉がビッシリと積もっていた。

その砂にキャッチされたおかげで、重装備で数十メートルほどの落下にも関わらず無傷で居られたのだろう。


俺は体中にまとわりついた白い砂をほろい落すと、手から離さなかったライトマシンガンをサッと点検する。

特に問題は無さそうだった。


「何なんだ一体…ダリオ!居るか?」


俺は通路の奥に向かって叫び声を上げる。

メイン通りを挟んだ向かい側に位置どっていたダリオの姿が見えなかったからだ。

だが、その叫び声に応じる声は一つもない。


「畜生。砂に埋まってんじゃないだろうな。手間の掛かる…」


俺は溜息を一つ付くと、手に持ったライトマシンガンの銃口を通路の奥に向けて足を踏み出した。


まるで、教科書でしか見たことのない"前世代的"な明るい地下通路。

俺は何も無く、唯々真っすぐ続く通路を早歩きで先に進んでいった。


「大体、答えになってないぜフランチェスカ。お前は"リインカーネーション"になって何が変わった?」


銃口の切っ先を中心に、忙しなく視線を動かしながら、軽く毒づきながら先に進む。

100mほど進んだところで、裏の地下街でよく見るT字路に突き当たった。

右か…左か。

俺は分かれ道の左右を見比べて…一旦右側の通路の先を凝視する。

先が真っ暗闇になっている左側とは違い、右側の通路は明るかったからだ。


その通路の先に銃口を向けると、スコープの中に人影が浮かび上がった。

俺はその姿を見て直ぐに銃口を下に向ける。

そして、遠くに見えてきた人影に、少しだけホッとして声をかけた。


「ダリオ!無事だったか?」


状況が状況だけに、安心しきることは無いが…1人よりかはずっとマシだ。

遠くに見えた人影は、俺の声に片手を上げると、ゆっくりと手を振って見せる。


「警部!何とか無事です。今のところは」


手を振って答えたダリオは、少々歯切れの悪い口調で答えて駆け寄って来た。

俺以上にに白い砂に包まれた姿…きっと俺と同じように砂に着地して…それから少々の間埋ってでも居たのだろう。

ダリオはそんな自分の体を少々気分を悪くしながら見回してから、薄っすらと苦笑いを浮かべた。


「随分真っ白だな」

「警部はそうでもないみたいですね。どうやって助かったんです?この高さで」

「お前と同じだよ。俺は偶々埋まらなかっただけだと思うぜ」

「そうですか…」


ダリオは俺の返答に少々首を傾げる。


「それで、警部の部下は一体どこに?」

「知るかよ。第一、ここが何処かも分からない。第一アイツは"リインカーネーション"だぜ?何だって消え失せた"イレギュラー"みたいな芸当が出来るんだ?」

「さぁ……?」


俺とダリオは落ち着きを取り戻しながら、異質な地下空間の中で会話を交わす。

それは恐怖心を紛らわすためでもあったが、そんな様子は微塵も見せなかった。


「あれ、変わってない。そうかぁ…そういうこと、かぁ」


そんな俺達を我に返らせたのは、背後から聞こえてきた1人の女の声。

直ぐに振り替えると、さっきまでは真っ暗だった左側の通路の真ん中にポツリと一人の女が立っていた。


通路は真っ暗では無くなっていて…天井から女…フランチェスカを照らすような青白い光が灯っている。

俺達は手に持った銃も向けずに、ゴーストの如く現れた彼女を見て声を失った。


「"白銀の粉"を得て変異しない人間。"イレギュラー"のような半端者でも無いわけだ。警部…貴方はちゃんと、一から十まで人間ですよ」

「フランチェスカ。どういうことだ?何を言ってる?まさかあの砂みたいなのが"白銀の粉"だとでもいう気か?」

「ええ。そうですよぉ…あの砂が今のこの世の全てなんです…綺麗な砂だったでしょう?"白銀の粉"とやらは…」


そう言うと、彼女は俺達に背を向けて歩き出す。

俺とダリオは一瞬顔を見合わせると、彼女が少し離れてから足を踏み出した。


「しかし、貴方達に変化が無いとは思いませんでした…この城壁の島で"白銀の粉"を一度に浴びて何も起きないだなんて……」


フランチェスカは相変わらずの口調で言うと…通路の一番奥の扉を開けて、中に入っていく。

俺達も後に続いて部屋に入っていったが…そこに現れた光景を目の当たりにして目を丸くした。


「何故だ…何故、空港に居る?」


扉の先は、空港の一室なのは間違いなかった。

空港のビルのどのあたりなのか分からなかったが、部屋の窓の先に見えるのは間違いなくこの島の空港の滑走路だ。


俺とダリオは驚きを隠さずに周囲を見回す。

不気味な通路から繋がる部屋は…更に奇妙な空間だった。


そこはまるで研究室。

窓が一面に広がる目の前とは裏腹に…扉がある側の壁にはびっしりと…高い天井まで伸びる棚が並んでいて…そこには宝石のような"結晶"が納められているガラスケースがビッシリと並んでいた。


更に、だたっぴろい部屋の中には柱のような…巨大なガラスの筒が幾つか並んでいて…その中はカラフルな液体で満たされている。

俺はその中の一つを凝視して口を開けた。

液体の中に浮かんでいた物は、人間だったからだ。


「おい、この部屋は何なんだ?このケースの中にいるのは…もしかして…」


俺はフランチェスカの次の言葉も待たずに叫ぶ。

俺の傍に来てケースを確認したダリオも驚愕の表情を浮かべてフランチェスカの方に向き直った。


「4月25日に"捕獲"した"イレギュラー"です…またの名を"出来損ない"とも言います…これはマキタと言いましたっけ?」

「……もう一人は居ないのか?」

「ああ、カラキと言う少女ですか。それなら……」


俺の問いにフランチェスカは気味の悪い笑みを浮かべたまま指を鳴らす。

すると、彼女の足元の床が突如として液状化して盛り上がり…スライムのようにうねりを上げながら…盛り上がったそれは徐々に人間の形を型どっていく。


俺とダリオは思わず銃を握る手に力を込めたが…人間大の大きさになり、徐々にその輪郭を確認できるようになると、すっかり手から力が抜けていった。


うねりを上げて"現れた"のは、フランチェスカよりも1回り以上小柄な少女。

島の中学校のセーラー服に身を包んだその姿は、間違いなく監視から逃げ出した少女だった。

大人しそうなおかっぱ頭の日本人…欠損している左腕…情報にある通りの少女だ。


「か…カラキ?」

「はい。カラキさんです。この子は辛木杏さん」


そう言って、フランチェスカは彼女の傍に寄り添うように現れた少女の肩に手を載せる。

フランチェスカと同じように笑みを浮かべたカラキの瞳は…片側、左側だけがリインカーネーションと同じように"銀色"に光っていて、何も言わずに俺達の方をじっと見据えていた。


「4月25日に見つけ出しました。マキタと一緒にいたんです。でも、彼女はマキタのような出来損ないじゃぁ無かった」

「……その気味の悪い体質のおかげか?」

「いえ。そうじゃぁないんですよぉ…大尉。彼女の瞳を見てください。ちゃんと"リインカーネーション"でしょう?見つけた時点で自我を失いかけてたマキタのような中年とは違ってね」

「だからやらなかった?"リインカーネーション"だからって何なんだ?」

「簡単ですよぉ、大尉。人間の上位互換だからです。下位互換に成り下がった"イレギュラー"なんかと一緒にされては困るってことですよ」

「お前、随分と見下げた女に堕ちたもんだな」

「失礼な。我を失って暴れる"失敗作"なんかじゃぁ無いんです」


フランチェスカは余裕な態度を崩さずに言うと、カラキの肩をポンと叩く。

その直後、俺の真横にいたダリオの胴体に大穴が開いた。

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