2101年4月23日午前10時02分 "フランチェスカ・スメドレー" -006-

「同じ?」


それは、裏城壁を出るための電話ボックスまで来た頃だった。

私は短くなった煙草を公衆灰皿でもみ消して捨てると、スギシタの方に顔を向ける。

彼はそれ以上は何も言わずに、電話ボックスの扉に手をかけていた所だった。


「2人だけになったら話す」


彼は私の問いかけにそう答えると、電話ボックスの扉を開けて中に入っていく。

私は小さく肩を竦めながら、自分の方の電話ボックスの扉を開けた。


入るときは時折変わる暗証番号でコールする必要があったが、裏から表に出るにはそんなことをしなくていい。

ただ、受話器を持って0をダイヤルするだけだ。


受話器を片手に持ったまま0の位置に指を引っ掛けてぐるりと回し、ジーっという音と共に戻ってくる。

すると、ここに入って来た時のように電話がつながり…やがて何も発さずに電話が切れる。

その直後、電話ボックスの床がぐらりと揺れて…若干の浮遊感を感じるようになった。

これで、次に外に出るときは城南の地下街の外れだ。


「さて…」


地下街の喧騒が遠くに聞こえる場所に戻って来た私は、先に戻っていたスギシタに声をかける。


「スギシタ。戻るまでに幾つか聞いていい?貴方の事を全く知らないのだけれど」


私の言葉に、彼は小さく頷くと私の横に並んだ。

私が地上に向けて歩き出すと、彼は歩調を合わせて付いてくる。

リインカーネーション出なければ、人見知りの男の子を連れている見たいだ。


「トキトウと知り合いっていうけれど、貴方も人間だったころはトキトウと同じ場所に居たの?」

「いや。小学校から大学まで同じで、一つ上の先輩だっただけ」

「じゃ、事故調査官じゃないんだ。何してた人?」

「自衛官」

「……なら、2051年当時の貴方は定年間近だったってこと?」


彼はコクリと頷く。

私は口数の少ない男に、言葉ではないと返せない質問を繰り返していった。

既に地下から地上に抜けて…写真にあった飲食街に入っている。

あとは公務員専用のモノレールに乗れば、私が普段務めているオフィスまで直通だ。


「確かトキトウが当時57歳だっけ。で、まだ定年じゃなかったってことはそれなりに上の立場だったってわけか…なら、それからずっとトキトウと共に行動を?」


その問いにもコクリと縦に首を振る。

肯定だ。


「ってことは今は"委員会"の人?」

「違う。ここに来てまだ2日目」

「2日目?どういうこと?」

「5年前に起きた大災害の時に死んだ。2日前に転生してきてここにいる」

「随分と急な展開だ。リインカーネーションなのにそこまで時間が掛かったってのも珍しい…死因は?」

「建物の倒壊と、近くにあった原子力発電所の爆発」

「細胞単位で死んでも転生すれば元通りになるってわけ」


ロボットのような応対しかできない彼は、先ほどから口調も表情もピクリと変わらない。


「それで、丸腰で私を守ると言われても、説得力ないけど。銃は使えるんだよね?」

「駅のロッカーに入れてある」


彼はそう言うと、目の前に見えていた駅を指さした。


「そう。なら一安心」


私はそう言って、ポケットから身分証を取り出す。

城南の狭い歩道を歩いて、目の前に迫っていたモノレールの駅の自動ドアを抜ける。

横に付いてきていたスギシタはすっと私から離れて行き、奥まった所にあるロッカースペースに小走りで消えていった。


私はそれまでの間にモノレールに乗る手配を整える。

係員に身分証を見せて、先ほど連れていたリインカーネーションの男とオフィスに行きたいことを告げた。


伝えた後は、何時もの事務作業だ。

用紙に決められた事を書き込んで係員に渡せばそれだけでモノレールの乗車パスが発行される。

私が2人分の発行パスを受け取る頃には、スギシタも戻って来た。


私は戻って来たスギシタの格好を見て思わず声を上げる。

それは私にパスを渡した係員も同じだった。


「随分と勇ましいこと」


外人部隊のマークスマンとほぼ同じ装備に身を包んだ彼は、私達の反応にも表情を変えることなく私の横にやって来た。


私は係員と顔を見合わせた後、彼に乗車パスを手渡す。

そのまま係員の横にある改札を通って、プラットホームまで上がった。


「狙撃が得意だったりする?」


モノレールの時刻表を見て、次のモノレールまで10分ほどあることを確認した私達はベンチに腰かけていた。


膝にサブマシンガンを載せた私は、ストックを地面に置いて、大口径のライフル銃を体にもたれかかるようにした彼に言う。

7.62mm弾を放つオートマチックのライフルはどう見たって彼には大きいものだった。


更にライフルをよく観察してみると、バレルこそ外人部隊のと同じ短いものであるが全然違う太いヘビーバレルが使われているし…上に載っていたダットサイトだと思っていたものは低倍率のスコープであることが分かる…フォアグリップも、支給されているオプションとは違って、バイポッドにも出来る品であるし、ストックも伸縮式ながら、チークパッドが付いていた。


「……射的は得意」


彼は自分の銃を見下ろすと、小さくそう答える。

結局、モノレールが来るまでの会話はこれだけで、それから10分間は少々肌寒いプラットホームで2人並んで黙って過ごした。


だが、モノレールが到着して…そのモノレールに乗った人間が私達だけだと分かった時。

長いベンチシートの真ん中に座って居た時に、ふとスギシタが口を開く。


「ここは盗聴されていない?」


私は初めて話しかけられたことに驚きつつも、直ぐに首を縦に振る。


「ええ。知る限りでは…」

「……知られた所で相手は杏泉だしいいか…」


私の答えを聞いたのち、彼は少し考える素振りを見せてからそう言うと、再びゆっくりと口を開いた。


「今の状況は、あの時と同じ。2051年革命と呼ばれたあの時と」

「ええ。ずっとそれが頭に引っかかってるんだけど」

「状況を整理していけば、今はあの革命の時と同じ…それも、全ての始まりになった2051年4月とだ」

「……私にとっては歴史の教科書で見た程度だから、良く分からないけれど、そこも説明してもらえる?」

「……ああ。あの時、全ての中心部…旧都に居た俺達は、別々の立場で同じ場所に立ってた」


スギシタはモノレールの外の景色をじっと見ながら、先ほどまでの寡黙さを感じさせない口調で語りだす。


「あの時も猟奇殺人が増えていた時期なんだ。今でいえば"イレギュラー"の暴走事件のようなもの。結果で言えば事象は"イレギュラー"案件と全く同じ。当時はまだこんなに技術退化をしていない時期だったが…説明のつかない状況を見て、情報が錯綜してパニックになるのを嫌ったお上が隠ぺいしてただの連続猟奇殺人だということに落ち着いていた…」

「でも、当時じゃそんな事できないんじゃなかった?一般人が語りたがりばかりでしょう?」

「ああ。ただ当時徐々にお上の気が触れていたから、事実を探ろうとするマスコミやら、当時はまだ発達していたSNSで語りたがりな人間どもを抹殺するのは躊躇無く行われていたよ」

「……なるほど。その仕事をしていたのが、スギシタ?」

「多少はやったさ…そうやって、起きる事件を解決できないで…ただただ出てくる非現実的な情報に踊らされて、対応が後手に回っている最中、1件の墜落事故が起きる。それが2051年革命の最初の1ページ目だった」


スギシタはそう言うと、丁度降りてきた飛行機を指さした。

それは城南の空の遠くに見えた4発機。


「落ちてきたのは…杏泉が言うには当時一番デカい機体」

「……それで?」


私は先を促す。

だが、スギシタは飛行機の方をじっと見つめたまま何も言わなかった。


「スギシタ?」


私はそう言って、ずっと指を指したままの彼を見る。


「あの航路だと、そろそろ旋回だよな?」


彼の言葉を聞いて、もう一度窓の外に目を向ける。

夕暮れ時のオレンジ色に染まった空に浮かぶ旅客機は、確かに普段通りなら急旋回を始めて城北の空港へと機種を向ける頃だった。

だが、窓ガラス越しに見える機体の機種は、私達をロックオンしているかの如くこちらを向いていて…そして、その影は秒を増すごとに大きくなっているようだった。


さらに目を凝らしてみてみると、4発あるエンジン全てから黒煙を吹きだしていることが分かる。


「…ねぇ、スギシタ。一つ聞いて良い?」

「何?」

「まさか、リインカーネーションはその事故の直後に発生したとは言わないよね?」


私は徐々に巨大になって、モノレール目掛けて飛んでくる巨体を前に言った。

眼は大きく見開かれていて、声は若干震えている。

地上に近ければ今すぐにでもモノレールのガラスを突き破って飛び出して、運に任せてみたかったのだが…今はビルの天井と同じ高さを進んでいる。

城南で一番人が集まる…ショッピングモールが入ったビルの目の前だ。

つまりは…掠めて当たらないことを祈るしかない状況。

だが悲しいことに、4発機のジャンボジェットの機種はしっかりと私達2人を載せたモノレールが向かう先に向いていた。


振り返ると、ビルの窓越しに"銀色の"瞳を持ったリインカーネーションが見えた。

最近、他所から引っ越して来ているせいで増えてきたリインカーネーション達は、私の奥に映る旅客機の姿を見て呆然と立ち尽くしていた。


一秒ごとに危機が増している最中。

私の横に居た男は、ポツリと呟いた。


「その通り」


私はその言葉を聞いて…そして目前の光景を見つめた。

動きを止めることのない、運転手もいない自動運転のモノレールは、きっと数秒後にあの飛行機に突っ込まれる。

もう、すぐそこに…飛行機の2階部分にある操縦席に居る操縦士の絶望に染まった顔もハッキリと見て取れた。


私は薄く延ばされた1秒1秒を噛み締めながら、何をするわけもなく、騒ぐこともなく諦めて窓の外の景色を眺めている。


「ツイてない、病欠か何かで休めばよかった」


そう呟いた直後。

私の目前にはモノレールの窓ガラスを突き破った機首部分と、破片が向かってきた。

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