2101年4月23日午前10時02分 "フランチェスカ・スメドレー" -005-

つい数時間前には殺人事件。

そしてついさっきは未知の"イレギュラー"らしき存在の襲撃。

もはや裏城南は"裏"と呼べないほどの緊張感に包まれる事になった。


「大尉をまさか裏城南に呼び出すことになるとは思いませんでしたよ」

「ああ。お前なら似合うんだがな。品の差か?」

「あら、私だってテーブルマナーくらいは知ってますよ?」


私は無線で呼び寄せた応援の人員を率いて現れたシャルトラン大尉について。

最早現場を封鎖するレベルで警戒態勢が敷かれた今、裏城南にアンダーグラウンドな雰囲気は一つもなく、私達も口調の割に表情に笑顔は無かった。


「ジージェも一緒だったのか?」

「はい。ここで見つかった死体の話はご存じですか?」

「ああ。ここに来るついでに現場も見てきた。同一人物だろうよ、ここの奴と」


大尉はそう言って、アパートの一室に開いた大穴を見上げる。

会話を重ねる私達の周囲を鑑識の人間や、軍の人間が忙しなく動き回っていた。

私達は現場を覗くのもそこそこに、アパートの外に出てきて…コンクリートの通路上に急造されたテントの中に入っていく。

今はここが前線基地というわけだ。


大尉に促されるがままに、私とジージェはパイプ椅子に座って一息つく。

テーブルを挟んだ向かい側には、シャルトラン大尉と…見たことないリインカーネーションの男に…トキトウが居た。

この前初見だった女の方ではなく、男の方のトキトウだ。


「このメンバーで定時に帰れる気がしないのだけれど」


私はテーブルの上に置かれた水筒を取って言う。

横に居たジージェとシャルトランは小さく笑い、トキトウは小さく肩を竦めて見せたが…2人に挟まれた男だけは無表情のままだった。


「言うなよ。今日のは残業代にイロ付けて出してやる」

「ラッキー。死刑宣告同然だけど。それで?2人の間に居る人は?」

「それは俺から紹介しよう。スギシタだ。スギシタコウセイ」


私が尋ねると、トキトウがそう言って真ん中の男の肩に手を載せる。

スギシタと呼ばれた男は何も言わずに一礼すると、視線だけをトキトウの方に向けた。


「紹介しておくと、こっちが外人部隊のフランチェスカ・スメドレー、右に居るのが城壁通信の李志傑…リーは元々外人部隊の報道部に居たから、まぁ、ここに居ても変じゃない」


トキトウは彼にも私達の事を紹介したのち、本題に入るためなのか手に持っていた封筒から何枚かの写真を取り出して机に並べた。


「で、本題だが、ここのアパートに居る"イレギュラー"とやら。きっと辛木さんだと思う」


彼はそう言って、並べられた一枚の写真を指さす。

その写真は監視カメラの映像を切り取ったものらしく…写真の右下には”01.04-22 02:21:54”と書かれている。

写真の光景はは昨日の夕方に連携された行方不明者2人の情報を示している。


映っているのは、城南の商店街から外れた路地を行く2人…

狭いながらも、2人分が通れる路地で…お尋ね者になった2人はカメラに撮られていることも知らないで歩いているように見えた。

私とジージェは何気なく写真を見ていたが、ジージェが写真の違和感に気づいて声を上げる。


「……ん?キョウセン。これは角のバー横の路地だよな?」

「そう。気づいた?」

「……ああ」


ジージェはトキトウに確認を取ると、私の方に顔を向ける。

私は彼の言うことが分からなかったので、彼の言葉を待っていた。


「フラッチェ。この路地なんだがな、ここ見てみろ。本来であればこの壁が路地を塞いでるはずなんだ」


彼がそう言って指した部分に私の視線が行く。

彼がさした部分には…確かに通路の左右に同じような石壁が飛び出ていたが…私の目には予めそう途切れるように造ったように見える。


「え?…」

「人の背丈程度の石壁があるんだ。それがない…合ってるよな?キョウセン」

「合ってる。リーの言う通りだ」

「なら…カメラに壊された瞬間が映ってるんじゃないですか?」

「それがな、これが時系列順に並べた監視カメラの映像なんだが……」


私の言葉を否定する口調で、トキトウは写真を並べる。


”01.04-22 02:21:22”

”01.04-22 02:21:24”

”01.04-22 02:21:26”


2秒刻みに並ぶ写真には、確かに彼らの言う通りに石壁が建っていて…まだ2人組の姿は見えていない。

だが、26秒の写真の後にトキトウが並べたのは、件の1枚だった。


”01.04-22 02:21:54”


私はその写真が並べられたときに声を上げる。


「え?なんで?」

「これが現実さ。26秒から54秒まで、このカメラはハックされてる」

「ハックって、どういうこと?」

「知らない。ハックされたっていうのも正しい言い方じゃないと思うけど。ただ、カメラがこの間だけ真っ暗になってるのさ。誰かに乗っ取られたみたいに…生憎このカメラは音を取ってないから何が起きたかも分からない。完全に黒い画面しか映らなかった」

「……嘘でしょう?2人がやったってこと?」

「そう捉えるのが自然だろう?カメラに何が起きたかも含めて、2人がやった。それは間違いない」


トキトウはそう言い切ると、横に居たスギシタとかいうリインカーネーションの方を見てから、私の方に目を向けた。


「で、だ。フランチェスカ。2人を捜索してるタスクフォースに居るって聞いて、相棒にコイツを連れてきたってわけだ」

「……にしては、まだ彼の声を一言も聞いてないんだけど」

「寡黙なのは素なんだ。ただ腕は確かなのは保証する」

「うーん。トキトウ。貴方に言われると説得力はあるけれど、私としてはジージェをこのまま巻き込んで行動したかったのだけれど」


私は申し訳なさ半分な表情を浮かべて言った。

だが、本心だ。

寡黙な男よりかは、付き合いも長く、ブラックジョークの通じるジージェの方がやり易い。


「それも分かるんだが…リーは記者だから、余り関わらせすぎると互いに立場が面倒なことになる。それ以上に、フランチェスカ。人間の人員を守る措置だってことも理解してほしいんだ」

「……と、いうと?」

「裏城南で遺体を見て…実際に一戦交えて分かっただろ?2人は今までの"イレギュラー"とは違うって。ただ勢い任せに来る害獣じゃない。だからこそなのさ」


トキトウはそう言うと、視線を私から大尉…そしてジージェにも向ける。

私も、ジージェも、大尉も、人間であるからこそ彼のいう意味が良く分かった。


「俺等みたいなリインカーネーションを盾に使えってことだな」

「成る程…事態はそこまで切迫してるってわけ?」

「それはもう。今日だけで外人部隊にスクランブルが掛かるほどにね。俺も趣味の事故調査が出来なくて困るよ」

「へぇ…」


私は座っていた椅子に深く座ると、小さくため息を付いて溜息を付く。


「じゃ、ここで起きたのも珍しい事例っていうよりは、何時か起きる必然だったわけだ」

「ああ。ジージェ。間違っても記事には書くなよ?」

「書けるかよ。ただ、トキトウ。これの収集はどうつくんだ?」

「俺にも降りてきてない。何もかもが掴めてない」

「責められないな」


ジージェはそう言って疑似煙草を咥える。

普段は饒舌に、フランクに接してくれるトキトウも、今ばかりは真面目な表情で、歯切れの悪い説明をするしかないようだった。


「これからどうする?」


会話が途切れ、一瞬の静寂が訪れた時。

スギシタが口を開く。

リインカーネーション特有の幼い顔つきに、大人になったらさぞ強面のイケメンになりそうな鋭い目付きをした男は、トキトウのとはまた違った銀色の瞳を私の方に向けていた。


「どうするといっても…大尉。何かあります?」

「ああ…フランチェスカにはこのまま2人を探り出せと言うつもりだった」

「そう。やり方は自由?」

「ああ。ある程度の権限は付くようにしてる…そっちのスギシタと組んで動いてくれればいい」

「了解」


私はそう言うと、ジージェの方に目を向けて、手を出した。


「何だ?」

「疑似煙草一本」


私がそう言うと、彼は何も言わずに一本の疑似煙草を渡してくれる。


「ジージェ。一旦これまでね。助かった」

「ああ。こっちも。金にはならなさそうな仕事だったがな」

「今度おごってあげる」

「楽しみにしとくよ」


私はそれを咥えると、ポケットからオイルライターを取り出して火を付けた。


「取り合えず。状況は分かった。了解。スギシタ、行こう」


そう言って席を立つ。

スギシタは小さく頷いて席を立ち、私の横についた。


「大尉。報告頻度は?」

「1日に1度でいい」

「了解」


私はそう言うと、スギシタを連れてテントを後にする。


「まずは本部に戻ろう。今日一日で情報が湧き出てきすぎてる」


騒がしかったアパートの周辺を抜けて、コンクリートに囲まれた通路を歩きながら言う。

私の横に居る、私よりも背の低い用心棒は小さく頷くと、横目で私を見ていた。

私は凍り付くような視線を浴びながらも、表面上は普段の自分を繕う。


横目に私のことを見てくる彼は、何も武装しておらず…格好も日本人が着る学生服の夏服姿にしか見えない。

その表情は相変わらず変化せず、ただただ銀色の鋭い視線が私の方に突き刺さっていた。

幼げな顔つきなのに、妙に怖さを感じる横顔。


ジージェのように話が話を誘うような関係にはなれなさそうだ。

私はほんの少しのやり難さを組んで早々に実感していた。


だがこれはもう一つ、1人の世界に籠って自分の頭の中を整理する時間が出来たことでもある。

私は口に咥えた疑似煙草から出てくるペパーミントの香りに目を細めながら考え出した。


私が本格的に"イレギュラー"案件に巻き込まれるようになったのはついこの間のことだ。

それまでは、散発的に起きていた"イレギュラー"による暴動を鎮めるための、見かけ上の警戒任務に当たることで関わっていた程度で、それまではただの一介の刑事、捜査員に過ぎなかった。


それまでの私に"イレギュラー"は何か?と問えば、少し前から定期的に巷を騒がせている人間の突然変異種としか答えなかっただろう。

それは日本人だけに起こる特異な変化。

人によって個体差はあれ、変化してしまうと自我を失い、周囲に居る生物を手当たり次第に殺しにかかる厄介な存在だと。


そんな認識が変わったのがついこの間。

きっと、私達のみならず世間も同じだと思う。

私が"イレギュラー"捜査に加わった今月以降…それもつい数日前のことだ。

これはでは"委員会"の一部の人間が極秘裏に調査して…その結果を島の人間に公表していたのだが…次第に"イレギュラー"案件が増加してきて、ついに私達のような一般の警察官が動員されるようになった…その直後。


自我を持つ"イレギュラー"の登場。

マキタトシユキという40過ぎの男と、カラキアンという中学生の少女。

彼らを隔離し、監視下の元で"イレギュラー"の人間を科学的に調べ出して、その結果が私達に伝わって来た時、私のみならず捜査員全員が息を呑んだ。


「刑事の目。あの時と同じだ。2051年のあの時と」


私が自分の世界に入っている最中。

私の横に居たスギシタが不意に呟いた。

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