2101年4月23日午前10時02分 "フランチェスカ・スメドレー" -002-

「番号は?」

「あの時のままでいい」


入る直前、私とジージェは短く中身の無いように思える言葉を交わして、離れ離れになる。

プライバシーガラスになっていて、中は伺えない。

ノックをして、誰も居ないことを確認した私は扉を開けて、鍵を掛ける。

そして、中に備え付けられていた電話に硬貨を投入すると、ピンク色をしたダイアル式の公衆電話で電話をかけた。


「……」


受話器を耳に当てて、少々待つ。

すると、ガチャ…という受話器を取った音が聞こえて、それから直ぐに電話が切れた。

…成功だ。


私は切れて電子音しか発しない受話器を元に戻すと、ふーっと一息を付いて電話ボックスの内の壁に寄り掛かった。

すると、音もなく…ほんの少しの浮遊感を感じるようになる。

その浮遊感は、エレベーターで数フロア分を一気に下っていくようなもの…少々待つと、ピーっという機械音と共に浮遊感が無くなった。


私はその音を聞いて、電話ボックスのドアを開ける。

その先は地下街の華やかさとは無縁の薄暗い部屋だ。

一足先にジージェがたどり着いていたようで、手にした大口径ライフル銃を軽く点検している様子だった。


「お待たせ」

「ああ…」


ジージェは私に声を掛けられるまで、私に気づかなかったらしい。

少しだけピクっと驚いた様子を見せると、私の方に振り返った。

それから私達は、電話ボックスが置かれた部屋を出て、コンクリートが打ちっ放しになった狭い通路に出る。


裏城南もそれまでの地下街と同じような構造をしているが…地下街との違いは、出入りが特殊であることと…それぞれの建物が地下街や地上へと繋がっていないことだ。

通路という通路は、地下街のように装飾された物ではなく、コンクリートの打ちっ放しであることが殆どで、照明は煌びやかな地下街とは打って変わって薄暗い。

通路の左右に並ぶビルも、店というよりは工房だったり、何かの研究室といった趣の物が殆どで…実際、裏に一つ二つ後ろめたい事を持っている人間が怪しげな何かをやっている事が殆どだ。


「結構来てるの?」

「偶に…そっちは?」

「城北のなら休みのたびに行ってるよ。こんな武装して行くところじゃないけどね」

「こっちだって武装していくもんじゃないぜ」

「そう?にしては目付きがマジだったんだけど」


通路を進みながら、私達は再び会話を始める。

目的は、3日前に消えた男女の捜索だ。


「さて、私はここから手探りだけれど。ジージェは何か情報掴んでたりするの?」

「まさか、俺だってカンだぜ」

「だと思った」

「まぁ、ここには入れるとしたらマキタとかいうオッサンの方だろうとは思っているが」

「トシユキ・マキタかぁ…そう言えば城南のデパートに店を出してたっけ」

「ああ。他にも色々とやってるやり手だ。ここにも入れるはずだが…あのオッサン、気弱そうだからな」


そうやって、会話を続けながら…私達は適当に目についた交番の前で足を止めた。

裏城南…まるで裏社会の人間しか居なさそうな場所でも、ここはしっかりと管理された地下深くだから、交番の一つや二つは普通に存在している。

城壁の政府は、この手の活動に関しては手厳しいまでに監視する性質だから、見た目や雰囲気の陰鬱さ、そこに居座る人間の割には良く管理されてるわけだ。


私達は会話を止めて顔を見合わせると、一旦中に入って落ち着こうと、交番の中へと入っていく。

交番の扉を開けて、ゆっくりと中に入っていくと…中で仕事をしていた駐在員が驚いた表情を見せて私達の方を見た。


「お疲れさま。ちょっと休憩させてもらえる?」


私はそう言って身分証を見せる。

驚いた表情を浮かべた駐在員は、何も言わずに頷くと、直ぐに視線をジージェの方へと向けた。


「フランチェスカさんですか、そっちの男の人は?」

「李志傑。統一城壁通信の記者でね。私は仕事都合のお目付け役」

「はぁ…ま、ゆっくりして下さい」

「ありがと」


私がそう言うと、駐在員の男は机の上に載った書類を片付ける作業へと戻っていく。

私達は来客用の応接セットの椅子に腰かけると、手にしていた銃器を直ぐそばの壁に立てかける。


「さて…こっちには何があるんだっけ?城北の裏と違うところは?」


私は足を組んで楽な姿勢になると、向かい側に座った彼に問いかける。

彼は吸っていた疑似煙草をテーブルの上にあった灰皿に捨てると、こちらに視線を向けた。


「俺は城北に何があるか知らんが…医者だったり、何らかの工房だったりってのが殆どだな」

「それ、ここで話せるレベル?」

「ああ。免許持ちが副業がてら開いてるから問題無い。そうじゃないのは…あるかも分からんが、俺の知ってる範囲じゃないな」

「そう。病院系ねぇ…工房っていうのは?その銃を作ってくれるところ?」

「まぁ、そんなところかな。他にも色々と…量産するには無理がある物とかをワンオフで作ってる所がチラホラと」


彼はそう言って、壁に掛けたライフル銃を取ってテーブルの上に置く。

それを私の方に滑らせてきたので、私は彼の顔を一度見てから、重たいその銃を手に取った。


「機関部の基本設計は1950年代、シャーシは2000年代」

「凄いね。なのに古さを感じさせない」

「本当だったらこれはとっくに博物館行きの代物だが…新造してまで使わないとダメな世の中になったからな」

「石油とやらがどれだけ重要だったかが良く分かる」

「これに使われてる樹脂は"白銀の粉"が元?」

「そ、部品毎に純正と比べて重さ2割増し」

「なるほど…通りで重いわけだ」


私はそう言いながら、何もない壁の方に銃口を向ける。

銃身を切り詰めたスタイルのライフルは、重たい以外は文句が無かった。


「12インチ?」

「そ、12インチのヘビーバレル」

「"イレギュラー"対策に私も作ってもらおうかな。お金によるけど」

「警察官なら普通に手が出る値段だぜ?モスボールしてある中古のオーバーホールにシャーシ代で済むんだし」


私は彼にライフル銃を返す。

今度、仕事と関わらない時に彼に店を紹介してもらおうと心に決めた。


「工房は盲点だったけど、もっと興味があるのは病院の方。今回の一件に関わってきそうだし」


私はライフルを返すと、元の本題へと戻す。

彼もライフルを受け取って壁に立てかけると、頷いて見せた。


「病院な。何でもござれだが…ジャンルは?」

「美容整形、とか」

「美容整形…ねぇ…」

「あれ、無かった?」

「あー…普通の整形外科ならあるんだがな。義足だとか義手を作ってる医者が開いてるのが1軒」

「そう。なら、そこから当たりましょうか…」

「そうするか?…なぁ、駐在さんよ。美容整形外科ってここには無かったよな?」


ジージェが唐突に駐在警官に話を振ると、彼は直ぐにこちらに振り返った。

そして肩を竦めて首を左右に振って見せる。


「聞いたことありませんよ。届け出も見たことないですね」

「だよな。俺も無い…ありがとよ」


ジージェはそう言ってから私の方に視線を向けなおす。


「そこから当たるってことは…連中は顔を作り変えた疑惑があるってか?」

「どうだろう?有り得そうじゃない?これだけ人も居て、大々的にニュースで報じているのに見つからないのよ?それも、片方はそこそこ大きな店のオーナーでね」

「ま、確かにそうだけどよ、何処かに隠れてるとしても…どこで3日3晩を越したんだと思ってる?」

「顔さえ変えていれば、あとは観光客を装ってホテル暮らしが出来なくって?」

「出来る。出来るがなフラッチェ。奴らは日本人だ。観光客と知れれば指紋を取られるだろう?かといって、身分証の偽造は無理に等しい。普通のホテルじゃ無理だと思うぜ」

「確かにそうだけれど、マキタの伝手じゃないかしら?って思ってる。あの男がどれほど…ここに関係しているかにもよるけれどね。ま、1件だけあるっている外科を突いて何も無さそうなら、別を当たる」


私はそう言うと、組んでいた足を元に戻して立ち上がった。


「まー、一つ一つ可能性は潰すに限るってことね。幸い、彼らは逃げただけで自我もありそうだし。話が通じるはずだもの」

「そうだといいんだが」


同じように立ち上がったジージェがそう言って壁に掛かっていたライフルを手に取る。

私も壁に掛けていたサブマシンガンを手に取ると、駐在警官に一言お礼を行ってから交番の扉に手を掛けた。


「ん?」


手を掛けたはずのドアノブに、急に外からの力が掛かる。

私はパッと手を離すと、ドアが結構な強さで引かれて開かれた。


「わ!…アンタは刑事か?…何でもいい。誰か来てくれ!」


急に開いたドアに、驚いた交番内の3人。

そんな私達の目の前には、薄汚れた作業服を着た男が2人、焦った様子で叫んだ。


「人が死んでる!」

「え?」

「何?」


人が死んでいる。

私とジージェ、駐在警官はその一言に即座に反応して交番を飛び出た。


「何処で?」

「11-3番地の空きテナント…そこに…」

「何処の誰か分かるか?」

「知らない!」

「分かった、駐在!そこの男2人から聴取しておけ、現場は俺らに任せろ!」

「え?リーさん、アンタ記者でしょ!」

「元は軍の"報道部"だ。文句あるか?」


駐在警官の言葉にそう怒鳴り返すジージェよりも一足先に私は駆けだしていた。

城南は滅多に来ないが…区域はコンクリートの壁に書かれていて、規則正しく番号が振られているから迷うことは無い。

先頭の数字が階層…その後がブロックを示している。

ここは11-1だから、交番前の交差点を曲がって2ブロック先だ。

私は一気に人の居ない通路を駆け抜ける。


11-3番地の空きテナント…それは直ぐに見つかった。

交番に来た男たちが第一発見者なのだろう、そのテナントには野次馬のようなものは居なかった。

人がいないといっても、何もいないとは限らない。

手にしたサブマシンガンの安全装置を外し、ハンドガード体型のフラッシュライトを点灯させた。


テナントの扉を蹴破って、素早く室内のクリアリングを取る。

出入り口と、裏口通路への扉しかないワンフロアを見回した私は、警戒を解かずに部屋を見回す。

クリアリングを取った直後にはジージェも合流し、2人で分担して広いフロアから遺体を捜索した。


「みーつけた…」


そして、その探し物は直ぐに見つかる。

フロアの中央付近の柱に寄りかかるようにして息絶えた一人の白人男の亡骸がそこにあった。

入り口からは見えない位置だから…パっと見では気づかなかった。


「ヒュー……」


駆け寄って来たジージェが遺体を見て口笛を吹く。

首元を貫かれて絶命した男からは、凄まじい量の血液が流れ落ちていて…男の周囲に血の海を創り出していた。

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