4.フランチェスカ・スメドレー

2101年4月23日午前10時02分 "フランチェスカ・スメドレー" -001-

今日はツイてない日だ、病欠か何かで休めばよかった。

私は何度も心の奥底で毒づきながらも、次から次にやってくる面倒な相手に銃口を向けては引き金を引いた。

小刻みなバースト射撃を行うたびに、私の耳にはそれらの断末魔が届いてくる。

両手で保持したサブマシンガンから放たれる5.56ミリ弾はそれらに対しては少し威力不足で、それら以外対しては威力過多のように思えた。


「フラッチェ!そっちは片付いたか?」

「ええ、たった今ね!そっちは?」

「こっちも沈黙。助かったぜ……予備がもうないんだ」


丁度2本目の弾倉を使いつくした頃、私に迫っていた脅威は全て無力化できた。

私は駆け寄って来た男の無事を確認すると、小さくため息を付いて、手にしたサブマシンガンの弾倉を入れ替える。

勤務についてまだ1時間足らず、この類の仕事の際には2本持つ予備弾倉も、残り1本になってしまった。

新たな弾倉を差し込んで、少々力の要る銃のレバーをカシャン!と引いて初弾を薬室に送り込む。


城南地区の飲食街に店を構えたファーストフード店で起きた"イレギュラー"案件。

私は別件で偶々その場に居合わせて…さらに偶々居合わせた旧知の新聞記者と共に"イレギュラー"と対峙する羽目になった。

私と彼の手でさっくりと15分ほどでカタを付け、騒然としている店外に出てくる。

騒ぎを聞きつけた…いや、通報を受けた私の同僚たちが次々とこの場に集合してきて、直ぐに私と彼はその中に巻き込まれていった。


"イレギュラー"は無力化しているから、脅威はもうない。

ただ…"イレギュラー"化下した日本人の女と…巻き添えになって血みどろの塊になった人間の処理と後片付け…何よりも"イレギュラー"案件とのこともあって、周囲には様々な立場の人間が入り乱れていた。

私達のような警察組織の人間に、緊急配備された台湾海上城壁選抜防衛公司の特殊部隊員…それに救急隊員…

よく目を凝らして現場を見回してみれば、最近は何らかの航空事故調査に傾向しているはずの時任杏泉や日本大使館に居るはずの元石久永の姿が見えた。


ただの"イレギュラー"の引き起こした暴走事件の割には、豪華なラインナップが勢ぞろいしている。

その理由も…3日前に起きた事を考えれば仕方のないことだろう。


「災難だったな」


駆けつけてきた一人…テイラー・"ジェラード"・シャルトラン"大尉"はそう言って私が使いつくした弾倉の代わりを持ってきてくれる。

私は礼を言って、空になった弾倉を大尉に渡すと、貰った弾倉を身に着けていたポーチに仕舞いこんだ。


「ジージェも居た事ですしね」


私がそう言って私の横に居た中国人の方に視線を向けると、大尉は彼の方を見て肩を竦めた。

リー・ジージェ(李 志傑)は元台湾海上城壁防衛外人部隊の報道部隊に居た人間で、今は統一城壁通信の記者をやっている男だ。

私や大尉とはかれこれ7年ほどの付き合いがある。


「相変わらずの巻き込まれ体質だなジージェ。記事を書く暇も無いんじゃないか?」

「全くその通りですよ、そのおかげで、今は新聞の記事書きじゃなくって、週刊誌を担当する羽目になってます」

「なんだ、従軍時代と変わらないじゃないか。だったら戻ってきても良いだろう?給料だっていいんだし」

「金は良いですが自由度が違いますよ。大尉」


ジージェはそう言って手に持ったマグナムハンドガンに目を落とす。

カシャ…っと弾倉を抜き取ると、残段数はゼロだった。

薬室に入っているのが最後の一発というわけだ。


「あ、これの予備弾薬持ってます?」

「ん?あー…俺のを持ってけ。口径同じだったよな?」

「ども…50AE弾でも効くかどうかって、生物の進化は凄いね。全く」


ジージェは大尉から受け取った予備弾倉に入れ替える。

その後、大きな銀色の拳銃を肩から吊ったホルスターに仕舞いこんだ彼は、現場作業に追われている人達の方を見て、ふーっと溜息を付いた。


「今日だって、城南に用が合って来たんですが…これじゃ今日は店じまいの方が良いかな」

「へぇ。用事って、一体どんな?」


私も彼の横に並んで同じように一息つくと、彼の独り言に付き合うことにする。

私とジージェは事を納めた人間ではあるものの…こういった後始末をする人員では無いから、こうやって現場を俯瞰するような位置で一息を付けている。

事件直後の調書はもう取られたし、行動はこの店の防犯カメラのフィルムを再生すればいい話。

私もジージェももうこの場に居なくても良いのだが…互いに何となく脱力して、暫くはここでボケっとしていようと思ったわけだ。


大尉はジージェに弾倉を渡すと直ぐに、同僚の警察官に呼ばれて行ってしまった。

大尉…とか言っているけれど、それは彼の過去の階級。

今の彼は警察官…警部補だ。


「3日前に久しぶりに会ったと思えばこんな場所でこうなるとは思わなかった」


ポケットから疑似煙草を取り出したジージェが言った。

彼はそう言って疑似煙草を咥えると、火を付けて煙を吐き出す。

目の覚めるようなペパーミント風味の白い煙が周囲に漂った。


「確かに。普段の管轄は城北だしね。空港勤務が殆どだけれど、昨日管轄を外されて、今は別任務」

「別任務?一体何の?」

「週刊誌の記者様には言えないなぁ…」

「ハッ、そのタイミングで城南って言ったら一つしか思い浮かばないっての」


彼は私がお道化て行った言葉に薄笑いでそう返すと、視線を私の方に向けた。

私も苦笑いを浮かべて肩を竦める。

彼の言う通りだ。


3日前…暴走事件を引き起こした後に自我を取り戻した"イレギュラー"である2人の男女が管理元のホテルから脱走したのだ。

即座にタスクフォースが組まれて、私もその中に加わることになった。

私達に命じられたのは彼らの確保…もしくは射殺。

そのために、彼らが最後に痕跡を残した城南地区にやって来たのだが…あらゆる痕跡を辿っても彼らにはたどり着けなかった。


「こんだけ人間が多いとはいえ、公務員が大半を占めるこのエリアで3日も見つからないってなるのはちょっと珍事だぜ」

「昨日も、キチンと痕跡を残してくれているのにね。ゴーストが相手みたい」

「で、城南で無意味な3日を過ごしてたらこうなった。と」

「そう。無関係なことでしょうけれどね…で、城南に飽き飽きしてた頃ってわけ…そうだ。ジージェは何故ここに?」

「俺か?俺も同じだよ。今日は何となく街をうろつく気だったが、気が変わった」


彼はそう言って私の方に体を向ける。

私は背の高い彼の顔を見上げると、小さく首を傾げる。


「偶々目的地が同じって名目なら付いていけるよな?」

「はぁ?」

「裏城南だよ。城南に飽きたんなら、これから行くつもりじゃなかったのか?」

「ああ……そう言うこと」


私はそう言って壁に寄り掛かった体をヒョイと壁から離す。


「やっぱり記者がお似合いね。鼻が良いよ」


私はそう言って、彼に手招いて歩き出す。

ジージェは小さく笑って見せると、私の横に並んで付いてきた。

私は手にしたサブマシンガンを持ったまま、人々の往来に混ざり込んでいく。

"イレギュラー"の事件が徐々に増えてきた時勢もあって、武装した警察官が居ても、誰も何も感じていない。

通りを行く人々は、武装した私よりも、その横に居る首からカメラを提げた中年男の方をチラホラと見ていた。


「それで、貴方も裏城南へ?」

「ああ。すぐ見つかるだろうと思ってたらそうでもないもんだから、居るとしたらそこしかないだろうなって」

「成る程…結局、合わなかったとしてもそこで銃を向けあう仲になってたかもしれないってわけね」

「だな…」


現場を離れて、事件の喧騒も聞こえてこなくなってきた。

城南の飲食街から7ブロックほど歩いた先。

短くなった疑似煙草を公衆灰皿に捨てたジージェは、ふと立ち止まる。


「ちょっと待っててくれるか?」


ジージェはそう言って交差点脇に造られたコインロッカールームの中に入っていく。

私は彼の後を追わずに、入り口付近で待つことにして…彼の後ろ姿をじっと見た。

観光客が空港からやって来た直後にキャリーケースを仕舞うくらいにしか使われないロッカールームなのだが…


彼は一番大きなロッカーの扉を開き、中から何か棒状の物を取り出す。

それは、よく見ると台湾海上城壁選抜防衛公司が採用している大口径バトルライフル銃を切り詰めたようなライフルで…彼はそれをロッカーに立てかけると、さらにロッカーから防弾ベストやら、予備弾倉を入れたポーチやらを取り出して、手際よく身に着けていった。


ほんの少しの時間で、彼はそこら辺に居そうな中年カメラマンから様変わりする。

首から提げていた一眼レフのカメラと、手に持ったライフル銃の対比が違和感しかない。

新たな疑似煙草を咥えて出てきた彼は、私に小さく気取って見せた。


「どう?」

「報道部隊に居た時のままね。その銃は?一体どこから?」


私は少々あきれ顔で問う。

彼が持っているのは、この島では流通していない軍用シャーシを組み込んだライフル銃だ。


「レプリカさ。何も台湾海上城壁選抜防衛公司様のオリジナル品って訳じゃないんだし。過去を当たれば模倣は簡単ってね」

「はぁ…真横で暴発しそう。勘弁してよ」


私はそう言って、目の前の交差点に体を向けて足を踏み出す。

ジージェは吹きだして笑って見せると、首を左右に振った。


「まさか。3Dプリントされたそこら辺の偽物共と一緒にしないでくれ。連中の物と同じクオリティだよ」

「…と、いうと…それは削り出し?やってくれるところがあるの?」

「ま、これだけ人間が居れば色んな人種が居るってことさ」

「裏城南に良く居るみたいな?」

「そーゆーこった。やましい奴は地下に潜るんだ」


ジージェはそう言って、長い息を一つ付いて、目の前に迫った看板を見上げる。

交差点を渡った先、城南地下街へと繋がる入り口の前に立った私達は、冗談交じりの会話もそこそこに切り上げて、地下への階段を降りて行った。


城南の地上からただ階段を降りただけでは、ただの地下街にしか繋がらない。

そこは、地上と同じように発展している巨大な地下街だ。

地上と同じように、通路と下に伸びるビルによって構成された空間。

吹き抜けのあるショッピングモールと言えばイメージが付きやすいだろうか?

地上の歩行者用道路がそのまま吹き抜けと地下を行く歩道に割り当てられていて…地上に連なるビル群が、そのまま地下へと突き抜けている。

だから、地下街から入れるビルは、エレベーターを介して地上へと繋がる場合が殆どだ。

狭い国土にこれだけの人口が居る城壁らしい土地の活用法。

世界広しと言えど、世界に地下街が幾らあろうと、この広大で複雑かつ…濃密な地下街は何処にもないものだ。


私達は地下の商店街に降りていくと人混みを縫って歩き、裏城南への入口を目指していた。

そこは、真面目に生きているのであれば立ち入ることのない城壁の裏側の世界。

城南や城北…地下街を持つ地域に必ず存在する監視の眼が届きにくい奥底の区域。


そこへの入り口は、普通の人間はまず目にすることが無い場所にある。

私とジージェは、無駄な会話もせずに、淡々と人混みを捌いて…人混みから離れられるビルとビルの間の隙間に入っていった。


そこは、黄色い規制線が貼られた通路。

私達はそれを潜って奥へと消えていく。

すると、ビルの隙間に出来た僅かな広場に出てくる。

そこは、ビルで働く人間がサボりに来た時くらいしか使われなさそうな寂しい広場だ。

その広場に、不自然に並ぶ数個の旧式の公衆電話ボックス…私達は別々の電話ボックスに入っていった。

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