2101年4月23日午前10時02分 "フランチェスカ・スメドレー" -003-

「無線を」

「分かってる」


私は肩に括り付けていた無線機を取り出すと、発進ボタンを押した。


「PM1!PM1!…FS002、FS002…SR-Code-22/3αにて他殺遺体…繰り返す。SR-Code-22/3αにて他殺遺体、至急配備願います」


その無線を行った直後、私の無線機に数人の同僚から返事が来る。

15分もしないうちに、ここが賑やかになるだろう。


「誰かわかる?」


無線機を肩に戻した私は、先に遺体を調べていたジージェに尋ねる。

彼に近づいて、彼の視線の先を辿ったが…その先は鋭利な刃物か何かで貫かれた致命傷部分だった。


「さぁな…探ればいいんだろうけど、手出しは出来ないしな」

「そう。知り合いじゃないのね」

「ああ。いや、見たことはあるんだがな。場所が思い出せない」

「そう、致命傷は首元みたいね…これはひどい」

「それだけじゃないぜ、よく見れば体中に刺し傷がある。トドメが首って感じだな」


そう言うと、彼は男の亡骸を見下ろした。

小太りで頭が少し禿げかかった死体の男は、パッと見は50代後半辺りの年齢に見えた。

手に振れない範囲で男の周囲を見て回る…チェックのシャツにジーンズ姿と、特に異変を感じさせない私服に身を包んだ遺体は、首元から吹き出るように出ていたであろう血で染まっている。


喉元に空いた風穴は、よく首と胴体が離れ離れにならなかったなと思う程に大きく空いていた。


「ん?」


私はその傷元をよく見た時に、ふと違和感に気づく。

吹き出るだけ吹き出て、すっかり乾いた血と…その出所の首元の風穴部分…よく目を凝らすと、奥に見えるはずのコンクリート製の壁が見当たらなかった。


私は銃口を向けて、ライトで照らす。

すると、ライトの光は風穴を抜けて、柱の奥の天井まで照らしていた。


「嘘でしょ?」


私は驚いて声を上げて、今までは見ていなかった柱の裏手に回る。

すると、男の首元から真っ直ぐに貫いたと思われる穴が…分厚いコンクリート製の柱を貫いて貫通していることを知ったからだ。


「何かあったか?」


私の驚いた声に反応してきたジージェに、私は何も告げずに柱の風穴を指さして見せる。

彼も直ぐに私と同じことに気が付いて目を丸くした。


「……マジかよ。こんな真似出来るのか?」

「出来たとしても、衝撃で首元は木端微塵でしょうけど…死体はあんなんだし」

「"イレギュラー"がここにも居る?」

「もしかして、あの2人のどちらかが?」

「まさか、こんな特徴は無いはずだ。今のところ"イレギュラー"は何かしら1つの特徴しか持たないはずだぜ…逃げた2人は…確か、マキタもカラキも生物分裂型のはずだ」



ジージェはそう言って、柱の穴に近寄って覗き込む。

そこから見えた光景に少しだけ気分を悪くしたのか、少々顔を顰めて見せた。


「一直線だな。ここに寄り掛かった後に貫かれた感じか」

「そうらしい。刃物でやられたと思ったけど…刃物じゃこんな芸当は出来ない。というかコンクリートの壁よね?これ。ヒビも無く綺麗に貫けるもの?」

「出来るわけないだろうよ。ドリルを使ったってこうはならない…」


ジージェはそう言うと、再び遺体の方に戻っていく。

私も彼について遺体の前に立つと、周囲を見回した。


空きテナントは、広いワンフロアで…家具の類は一切置かれていない。

明かりも外されているものだから、今このテナントの光源は通路に面した窓から入ってくる、薄暗い明かりのみだ。

私は銃口をあちこちに向けてライトで照らしてみたが…それ以上の事実は浮かび上がってこなかった。


「争った形跡は無し。足跡も無し…空きテナントって割には埃っぽくない」

「少し前まではハンドメイド時計の店と工房が入ってたんだ。そこか地上に店を持つって言って出てった。ここは一等地だし、見学も多かったんだろうよ」

「そう。通りで綺麗なわけだ」


私はフロアを歩きながら、何かの痕跡が落ちていないか…残っていないかを探る。

通りに面した入り口から、奥に入っていって…テナントの裏の方へとつながる扉を開けて、その奥に出てきた通路の左右を見回した。

ライトが照らしたのは物置に使われそうな通路と、天井に通る無数の配管。

これまでの裏城南の様子から比べるとこの部屋は妙に綺麗で、使われている配管やネジ類は新品のようだった。


だから何だという話だが。


私は通路を見回すと、直ぐにテナントの方に戻っていく。

男の遺体の元まで戻ってくるとジージェが再び男の顔を覗き込んでいて、首を傾げていた。


「分かった?」

「……もしかして、っていう段階だが」


私が訪ねると、彼は少々薄笑いを浮かべて答える。

笑いたくて笑っているのではなく、驚愕が勝ったせいで自然と薄笑いが出てきてしまった…という顔だ。

ほんの少し顔を青くして、薄ら冷汗が流れ出ている。


「顔も血まみれで切り傷だらけだが…コイツ、今から行こうとしてた外科医の医者じゃなかったか。直接の面識は無いから名前は知らねぇが…」

「……なら、私の仮説は正しそうってこと?」

「馬鹿言え、ただの妄想が現実になってたまるか。そんなんで動いてたら火傷するぜ」

「あら、結構自信があったのに。ま、ただの他愛の無い殺人事件であることを願うとしますか」


私がそう言って肩を竦めた直後、私達の耳に遠くから駆けてくる人の足音が聞こえてくる。

私達はその足音を聞くと、テナントの入り口付近にまで出て行って、駆けてきた人間を出迎える。

私達がやってきた方角と同じ所から、5人の警察官が私の持つサブマシンガンを持って駆けてきていた。。


「スメドレー巡査部長。お疲れ様です」

「お疲れ、イワノフ巡査。フロアの真ん中の柱。その裏で倒れてる」


私は挨拶もそこそこに、やって来た若い警察官数名に遺体の場所を示す。

幸い、私の無線を聞きつけてやって来た人間は全員顔も名前も良く知っている人間だったから、私も接しやすかった。


「医者は呼んでない。現場の封鎖及び検証、遺体はこっちで運んで解剖に回して」

「分かりました…って写真はそっちの人が撮って無いのですか?」

「ええ。彼は一枚も取ってないし、現場に余計な手も加えてない。ああ、彼は元報道部に居た人間で信頼を置ける人物よ。私が保証する」

「了解しました…あと3名来ます。確かスメドレーさんはタスクフォースに入ってましたよね?ここに居る義務は無いですが…どうします?」

「そうね…この遺体の身元を知るまでは協力する。あと、第一発見者は22-3の交番で聴取を受けてるはずだから、そっちにも1人回した方がいい」

「了解です」


私はイワノフ巡査にそう言うと、彼はテキパキと部下に指示を出す。

あっという間に現場のテナントには規制線が張られて区分けされ、その中では2人の男が遺体の周囲を重点的に写真に納め始めた。

私とジージェ、そしてイワノフは、ジージェのうろ覚えの記憶を便りに外科医院に向かうことにして、現場を一旦離れる。

交番で調書を受けている2人のほかに、とりあえず最初の取っ掛かりになりそうなことは、彼の記憶を頼るしかなさそうだったからだ。


22-1から、交番を通り越して22-4まで移動していく。

ジージェの案内でたどり着いた外科医院は、裏城南にしては珍しく、複数の人で賑わっていた。

私達は彼らを退けて中に入り少々強引に受付の前まで進んでいく。

"裏"で警察が現れるイコール何らかの摘発であることが殆どということもあって、病院内の緊張度合いは一気に増したのが肌で感じられた。


「ちょっといいかな」


私は手帳を受付に居た男に突き出して言う。

女の私一人だったら…武装もしていない普段警備するときの格好であれば相手にもされなさそうだったが…今日はサブマシンガンを持って武装している挙句、同じように武装した男が2人付いている。

受付の男は目を見開いて、少々怯えるような顔になった。


「な、何でしょう?」

「ここに居る医者が1人、出てきてないってことある?」


私は手帳を仕舞いながら言うと、怯えてしまった受付の男ではなく静まり返った患者の方から声が上がった。


「そーいや、ベルトン先生が来ていない」

「本当?」


私は外野からの声を聞いて受付の男に詰め寄る。

男は何も言わずに首を縦に数回振った。


「なら、そうね、ちょっと確認がてら来てもらおう」


私がそう言うと、受付の男が受付横の扉を開けて外に出てくる。


「御免なさいね。何も貴方をどうしようとなんて思ってないの。ちょっと急ぎで確認したい用事があるだけ」


怯えた様子の受付の男にそう言った私は、3人を引きつれて医院を出て元来た道を戻っていく。

ほんの3ブロックしか離れていない現場にたどり着くと、イワノフが言っていた追加の3人も到着していて、本格的な捜査が始まる一歩手前の光景だった。


私達は受付の男を連れて規制線の先へ進む。

薄暗かったはずの空きテナントには、数個のストロボライトが焚かれていて、部屋はまるっきり別の印象を与えていた。


遺体はまだ運び出されて居なかったが…フロアの柱に寄り掛かった形ではなくストレッチャーに載せられている。

私は遺体の傍にいた警官に事情を話して、遺体に被された布を捲り取った。


「さて、この男なんだけれど…」


布の下には吹き出てた血が拭い取られて、少しだけ綺麗になった遺体を見下ろして言う。

私の横で、同じように死体を目の当たりにすることになった男は、顔を見るなり即座に声を上げた。


「シュミット!?……確かに…うちにいる先生です…ああ…何てことだ…」

「シュミット。フルネームは?」


愕然とした様子で膝をついた男に問う。


「エリッヒ・グラーフ・シュミットです」

「そう、年は?」

「確か…33か34だったと思います」

「そ。外科だと聞いているけど、彼もそのうちの一人?専門は?」

「整形です。普段は…城南の大学病院で働いている人で、休みの日はここで働きたいって言って…半年前からうちにいました」


受付の男は動揺した様子で、心ここに有らずといった様子で答える。

私は彼の言葉を聞くと、ジージェの方を見た。


「仕事の中の虫ってやつか」

「そうみたい」


ジージェの言葉にそう返すと、私は後のことをイワノフ巡査に任せてジージェと共に現場から離れていく。


通路を歩きながら、小さく肩を竦めた私。

ジージェは疑似煙草を咥えると、慣れた手つきでマッチを擦って、疑似煙草に付けた。


「さて、どうする?」

「どうするもこうするも、混乱してきたよ。スカイダイビングで最初の一歩目が踏み出せないみたい」

「なんだそりゃ」

「だってそうじゃない。消えた2人のことを探ろうにも手掛かりは無いっていって裏に来たというのに、起きたのは2人とは別って考えられる"イレギュラー"による殺人事件よ?一体何が起きてるっていうのさ」


私はそう言うと、丁度交差点に差し掛かった通路の真ん中に立ち止まる。


「ま、裏城南で"イレギュラー"案件と来れば猶更上に戻る理由もなくなったわけだが…」

「定時には帰るけどね」

「……そーゆーところは相変わらずなんだな」


私はそう言って半目になったジージェにお道化て見せると、直ぐに表情を引き締めた。


「ジージェ。裏城北には違法営業のホテルが立ち並んでて、私達の点数稼ぎに使われてるんだけど、そういうのってこっちには無いの?」

「あるけどよ、こっちはホテルっつーよりも民泊とか賃貸だぜ。人が住んでる所に間借りして住むとか、そういうの」

「思い当たる節はあるのね。ここから一番近い場所に案内してもらえる?点数稼ぎにはしないから」

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