2101年4月20日午後17時45分 "牧田仁之" -004-
「え?」
彼女は右手で左目を開き、左手の指を突っ込む。
コンタクトレンズを外す時の仕草だ。
眼鏡をしていたはずだから、その類の動作はおかしいだろう…そう思っていた私は、コンタクトが外れた瞳を見て息を呑む。
「その目って……」
「リインカーネーションと同じでしょう?中途半端なことに、半分リインカーネーションなんですよ」
彼女はサラリとそう言うと、私の方に顔を向けた。
振り向いた彼女は、右目が外の夜景の光に反射して銀色に輝いている。
私は驚いた顔も隠さずに、唖然とした表情で彼女を見ていた。
「それって、どこまでがリインカーネーション?」
「さぁ…成長は去年あたりに止まった感じですが、ここから年を取った時にどうなるかも分からないですし…不死かどうかも確かめる手立ても無いですから、分からないです」
彼女はどこか怒っているような様子でそう言うと、疑似煙草を咥えなおして椅子に踏ん反り返った。
「さっきのニュースの教授様も、案外分かってないんだなぁって」
「……どういうこと?」
「不老不死の面しか言わないじゃないですか、テレビって」
「まぁ、そうだね。あとは中学生程度の背格好になることくらいかな」
「それだけであんなに迫害はされないですよね」
「……と、いうと?」
私はあれこれ言うよりも、まずは彼女の言葉が聞きたくなって敢えて曖昧な返事を返す。
灰皿に置いた疑似煙草の灰を捨てて再び咥えた頃、彼女は口を開く。
「他にもリインカーネーションの特徴があるってことです。そのおかげで、おじいちゃんは捕まって…戻ってきません」
「特徴…?捕まって?」
「"白銀の粉"ってありますよね?」
「ああ…燃料になるやつね」
「自然に湧き出てくるのはごく一部しかないらしいですけど、リインカーネーションを殺せば必要以上の"白銀の粉"が採れるらしいですよ?」
「はぁ?そんな馬鹿な」
私は彼女の言った言葉に少しだけ大袈裟に反応してしまう。
彼女は至って真面目な顔を張り付けたまま私の方に目を向けた。
「それこそ、さっきまで居てくれた時任さんが亡くなった時、事故現場が真っ白だったじゃないですか」
「あれは消化剤だろう?クレーターになった場所がジェット燃料で激しく燃えてたんだから」
「まさか!あんなに綺麗に輝かないですよ。消火剤って。それに、今は本人がいらっしゃいますし、尋ねてみてください。正しいはずですから」
私の反応を受けてもなお、真面目な顔を張り付けたまま言った彼女を見て、私は一旦押し黙る。
彼女が話すのは、ゴシップ誌か3面記事に掛かれるようなホラ話の類だったが…彼女は妙に自信ありげに語っていたからだ。
リインカーネーションの体内に存在する"核"と呼ばれる器官が全て破壊されたとき、リインカーネーションは一時的に消滅し、相当量の"白銀の粉"となる。
これは世間一般で最も笑い話にされている噂の一つだった。
実際、これまでに数名のリインカーネーションが消滅したが、その現場には"白銀の粉"があったなどという報告もなければ、映像もない。
彼女が言っていた時任さんの墜落事故の時だって、映し出された現場の映像は燃え盛る墜落現場に出来たクレーターと…火が鎮火したのちに残った大量の消火剤の泡しか映っていなかった。
まぁ、年頃の子供だし、この程度の噂を真に受けるのも良くあることだ。
私は頭の中で合点すると、疑似煙草の煙を吐き出して、灰を灰皿に捨てる。
「まぁ、時任さんに聞くのはいいけど…それでおじいさんが捕まってるっていうのは、まさか"白銀の粉"を創り出すためとかだったりするのかな?」
私は敢えて彼女に乗ってやろうと、口を開く。
再び疑似煙草を咥えると彼女はこちらに顔を向けて力強く頷いた。
「勿論!小さい頃に捕まって、今も戻ってきてない!…私、見てたんですよ、捕まる所!」
彼女は初めて感情的になった声を出した。
最初は話半分程度…面白半分で聞いていた私は、そんな彼女を見て少しだけ後悔する。
言っていることはさておき、真面目な表情で話す彼女を見た私は、これからどう接してやればいいだろう?と考えている最中、私達の背後から声が上がった。
「……面白そうな話をしてるところ悪いけど、一旦良いかな?」
私と辛木さんは不意を突かれたといった形で、ビクッとして後ろに振り返る。
振り返った先には、スーツ姿に身を包み、時任さんと瓜二つの男の子が壁に寄り掛かっていた。
見た目や口調…態度から察して、ホテルの従業員では無いのは明らかだ。
赤みのある茶髪に、時任さんよりは短めに切りそろえられたマッシュルームカット。
目元は時任さんよりもさらに鋭くて、普通のリインカーネーションよりももっと深い銀色に輝いた双眼が私達を見つめている。
「今すぐこっちに来るんだ」
彼は否応の無い口調でそう言うと、ほんの少しだけ窓の外を気にする素振りを見せる。
私達は煙草を灰皿にもみ消すと、椅子を立って彼の元に寄っていく。
「キョウセン。何カ居るぜ」
寄っていくと、別の男が彼の元に寄って来た。
特徴のない黒髪をして、少々片言の日本語を話す男。
肌は日に焼けていて、顔つきは典型的な東南アジア人。
チェック柄のYシャツに、よれたジーパン姿で…首から一眼レフのカメラをぶら下げているから、何処かの記者かなにかだろうか?
「ああ。2班が別の陰を補足した。荷物はこの2人だけ、何事もなく戻れればいいけれど」
記者らしき男にキョウセンと呼ばれた彼は、手に持った拳銃に視線を落とす。
回転式の古風な物だったが、中学生くらいの男の子が持つには大きな拳銃だった。
よく見れば、記者風の男も手元に大柄の拳銃を手にしている。
「サラっと自己紹介だけしておこう。時任泉杏だ。こっちは統一城壁通信社のリー。細かい説明は後にするとして、今は黙ってついてきてくれ」
そう言った彼…時任と名乗った彼は、私と辛木さんに鋭い視線を向けると、直ぐに振り返って歩き出した。
「非常階段で降りよう。エレベーターに乗ってるときに来られたらたまったものじゃない」
「リョーカイ。後ろハ任せて」
2人は手際よく私達の前後を固めると、私達に気を使ってくれながらホテルの通路を歩いていく。
私と辛木さんは顔を見合わせると、周囲を見回す。
目に映る光景は何の変哲もない高いホテルのフロアだけだった。
「キョウセン。来たぞ!」
長い廊下を歩き、ようやく非常階段の近くまでやって来た時、背後にいたリーと呼ばれた男が叫んだ。
「チェ!ついてないや」
時任さんは愚痴っぽく言うと、私の方に振り返って、背後の光景を確認する。
私と辛木さんも一緒に振り返ったが、私は振り返ったことを一瞬で後悔した。
次の瞬間に聞こえてきたのは図太い銃声と甲高い断末魔。
振り返った先に映ったのは、高そうな調度品で飾られた廊下ではなく、廊下一面を覆う程の"何か"だった。
「リー、相手にするな、走るぞ!」
表面に滑り気があり、モゾモゾと蠢くそれは…時折人の顔のように形作られて迫ってくる。
私達は時任さんの一言で、何かに蹴飛ばされたかのように駆けだした。
「下はクリアだ!」
時任さんが非常階段の扉を蹴破り、先行して階段を駆け下りていく。
私は迫ってくる光景に怯えた表情を見せて怯んだ辛木さんの手を引いて彼の背中を追った。
背後からは数発の銃声と叫び声が聞こえた後に、階段を駆け下りてくる足音が聞こえてくる。
「相手も速いネ!50口径でも効かないヨ!」
「だろうよ!あんなデカいのには対物ライフルじゃないとダメだろうさ!」
私達を挟んで繰り広げられる会話。
2階層程駆け下りた時、建物自体がグラリと揺れて、頭上の方から何か液体のようなものが落ちてきた。
油のように滑り気のあったそれは、落ちてくる速度を増していきながら…徐々に固形へと変化していく。
「触れるナ!」
私達は次から次に変わる光景を振り切って足を動かしている。
いつの間にか私達に追いついてきていたリーさんが叫んで液体に銃を撃ち込んだ。
「!?」
間近で放たれる銃の銃声に身を竦めて一瞬足が止まりかけるが、固形物が破裂した直後に聞こえてきた叫び声を聞くと直ぐに足が動き出した。
滴ってくる液体全てが、私達を追いかけてきている"何か"だ。
私と辛木さんは叫ぶ間も無く、恐怖する間も無く、唯々無我夢中で時任さんの背中を追いかけ続ける。
5階から一気に下り降りて行き、時任さんは1階の廊下につながる扉を蹴飛ばして外に出る。
私達もその後に続いていき、兎に角背後を振り返らずに駆け抜けた。
1階…ロビーにまで降りてくると、軍服を着た軍人やら、スーツに身を包みながらも、手にはライフル銃を持った人達が数人集まっていた。
「よーし着いた」
「時任さん!状況は?」
「追いかけられてるよ。50口径のマグナムで効きやしない」
「ヒュー……」
「あと、荷物は2人、しっかり届けたよ」
時任さんはそう言って私達2人を指差す。
時任さんと話していた軍人らしき人物は私達を手招いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます