3.牧田仁之
2101年4月20日午後17時45分 "牧田仁之" -001-
普段は来ることもない空港の従業員用通路に立っていた。
廊下のように狭い通路。
片側は何かの部屋につながる扉がズラリと並んでいて、もう一方は分厚い防音の窓が一面に張り巡らされている。
窓から差し込む夕日の明かりと…この島では珍しい白い蛍光灯のおかげで明るい空間だ。
そんな通路の途中にあるベンチに腰かけて、何をするわけでもなく、何を求められる訳もなく、唯々ベンチに座ってるだけだ。
窓からは滑走路が良く見えて…離発着する飛行機の姿が見える。
私はあまり興味がないが、好きな人にとっては夢のような空間だろう。
横に座る少女は延々と小説を読みふけていた。
それも、内面の侵食がやってこなければの話だが…
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ここに来たのは今日の午後…病院で昼食を食べてからモノレールに揺られていた。
目的地はこの島唯一の空港だ。
私にとっては、5年前…大混乱の日本からここへとたどり着いた時以来の空港だった。
入り組んだビルの合間を縫うように繋がるモノレールに揺られた私は…幾度となく着陸してくる巨大な飛行機の轟音に耳を塞いだ。
私が子供の頃には、既に図鑑の中でしか見ることができなかった機体が現役の姿を見せては、凄まじい騒音をまき散らして降りてゆく。
そのほとんどは白を基調とした緑色のストライプが入ったカラーリングの…城壁選抜旅客航空公司の機体だった。
私が城壁島…台湾海上城壁島統一自治区に来た時も、その機体に揺られてやってきたことを思い出した。
特別に貸切られたモノレールの車内には4人の男女が同じボックス席に座っていた。
私の横には、中学生くらいの少女が本を読みふけっていて…私の前には2人の男女が疑似煙草を吹かしている。
少女はこの空間で気まずさを感じることもないのだろうか?大きな瞳を開いて瞬きを余りせず、延々と持っていた小説を読んでいる。
向かい側の男女…男の方は、スーツ姿に身を包んだ30代後半に見え…スーツ姿にに使わないゴツイライフル銃を手元に置いていた。
最後の1人…向かい側に座る女性だけは、唯一私が素性を知っている人物だった。
時任夏蓮…リインカーネーションであることを示す銀色の瞳を持つ女性はつい1週間前、私が引き起こしてしまった騒ぎを即座に収集して見せた人物だ。
彼女も手元に大きな拳銃を持っている。
以前持っていたリボルバーではない、銀色のカラーが良く目立つ大柄な拳銃だ。
「さて…ここまでは忙しなく動いていたお蔭で会話もしてなかったね」
時任さんはそう言って私達に目を向ける。
私達は声を上げた彼女の方に顔を向けた。
「君達にはまだ自己紹介をしていなかったわ。時任夏蓮…見ての通り、リインカーネーション…牧田さんはこの前以来ね…そっちの、辛木さんとは…今日が初めましてかな?」
「知ってます…有名人ですから」
「あー…そう…なら、必要なかったのかも」
時任さんはそう言って小さく笑って見せる。
「そりゃ時任さん、日本でやったことをお忘れですか?」
「さぁね?実際ニュースに挙がってる物事の9割に私は関わっていないんだ」
時任さんの横に居た男が茶化すように言うと、時任さんは直ぐに言い返して肩を竦めた。
互いに口調は刺々しい物だったが、そんなに緊張感のある関係と言うわけでも無いらしい。
「で…こっちの男も紹介しておこう。元石久永。城壁にある日本大使館の外交官で…君達は今日からこの男の下に付くことになる」
彼女がそう言うと、私と辛木と呼ばれた少女は小さく首を振った。
「その…下に付くとはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味さ。君達は政府の監視下に置かれてるって思ってくれて構わない。名目上は"イレギュラーの保護"だ」
「保護…?」
「そ、君達のような"レベル2"になりながらも自我を保った"イレギュラー"は貴重な存在でね。そんな君達の見張りに責任を持つのが元石ってわけさ」
時任さんはそう言うと、手に持った拳銃を顔の横まで持ち上げる。
「もし君達が我を忘れるようなら、その時は容赦しないけど、ね」
口調とは裏腹に、彼女の表情は明るいものだった。
私はどういう表情をしていいか分からなくなったが、曖昧に笑って返す。
横に座った少女は、表情をピクリとも動かさずに頷いていた。
「ま、監視下にあるだとか、俺の下につくって話は話半分に聞いてくれればいい。確かに、何かがあれば指示を下すのは俺だが…実際、自我を持ったレベル2のイレギュラーだなんて初めての事例ですから。城壁側に空港で用意てもらった居住区域に住んでもらって…色々と医療検査するだけのことですよ」
「はぁ……」
「扱いは保証します」
元石さんは時任さんに話しかける時のようなフランクな口調ではなく、ビシッと締まった口調で言った。
「…私達は空港に住んでいればいいということでしょうか?仕事とかはどうすれば…?」
「直ぐには無理でしょうが…牧田さんには3日以内には仕事を再開できる環境を用意できます。辛木さんの場合は、中学校のカリキュラムに沿った授業が受けられるように教師等の手配も済んでますから、明日からはある程度何時もの生活が送れるかと…」
私の問いにそう答えた元石さんは、そう言って時任さんの方に顔を向ける。
「何?私のフォローが欲しかった?」
「いえ。そっちから何かあるのかなって思っただけですよ」
「あ、そう言うこと…そうね、生活がある程度安定した時に時間が欲しいかしら?貴方達の過去を知りたいの」
時任さんは持っていた拳銃を膝の上に置くと、そう言って肩から下げていたアタッシュケースを開いて書類を取り出した。
「そんなところにチョコレート入れてると、溶けますよ?」
「溶けるほどに美味しいチョコってわけさ」
ケースの中を覗き込んだ元石さんが苦笑いを浮かべて言ったが、時任さんは涼しい表情で言い返す。
「生活については、元石の言う通り、元の水準…いえ、管理下に置かれてるからそれ以上になるように手配するつもりでいるわ。その一方で、私達の調査には協力してもらうことになる。申し訳ないけれど、拒否権は無しでね?」
彼女はそう言って、書類の1点を眺めると、何かを思い出したかのような表情を浮かべた。
「向こうに着いたら、1つだけ確認しておきたいことがあるから、まずはそれからね」
時任さんはそう言って書類をケースに仕舞い込むと、モノレールの窓に視線を向けた。
「そろそろじゃない?あの飛行機が真横に見えてくるから」
彼女がそう呟くように言った直後、私と辛木さんは時任さんの視線に釣られるように窓の外に目を向ける。
尾翼にユニオンジャックの塗装を施したジャンボジェット機が、私達の真横まで降りてきて、一気に追い越して、目前に見えてきた空港の滑走路へと着陸していった。
その直後、私達が乗ったモノレールは空港の建物に吸い込まれるように入って行き、周囲の景色が真っ暗なトンネルに様変わりする。
ここまで来れば、空港直結の駅までは直ぐだった。
駅でモノレールを降りて、空港の中に入っていった私達は、時任さんと元石さんに連れられて空港内を歩いていく。
"関係者以外立ち入り禁止"と書かれた扉を潜り抜け、華やかな空港の裏側に入った私と辛木さんは周囲を見回した。
私にとっては、自分の店の裏側をよく見ているから、大体見慣れた光景…何処も変わらないなという感想しかなかったが、辛木さんにとってはそうでは無かったようで、表情の変化こそ少ないものの、物珍しそうな顔を浮かべて周囲を見回している。
「社会見学に来た気分じゃない?」
丁度私達の方に振り返った時任さんがそう言うと、辛木さんはコクリと頷いて見せる。
「安心して?この先はこんなに暗くは無いから」
通路の突き当たりにある扉の前まで歩いていく。
固く閉ざされていそうな通路の脇にいた女性が時任さんに気づくと、彼女は直ぐに扉の鍵を開けて、扉を開いてくれた。
同じような事を、それから2回繰り返し…気づけば空港の随分奥深くまでやってきたような気がする。
扉を潜れば潜るほど、華やかな空港の明るさが戻っていき…最後の扉を潜り抜けると、通路の正面には防音の分厚い窓がズラリと並ぶ明るい空間に繋がった。
「申し訳ないけれど、ここから先は幾つかの手続きとかもあって時間がかかるの。そこのベンチに座って待っていて貰えないかしら?」
彼女の言葉を受けた私と辛木さんは、素直に従って、直ぐ近くに見える座り心地のよさそうなベンチに腰かける。
「自販機はすぐ横にあるし…トイレは上の看板が見える?それに沿って行けばいい。では、時間が掛かるけれど…暫く待っていて」
それから直ぐ、時任さんと元石さんはどこかの扉を開けてその中に入っていき、私は今日初めて会った中学生の少女と共に取り残された。
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