2101年4月13日午前9時24分 "時任夏蓮" -005-
耳に聞こえてきたのは、乾いた機関銃の銃声。
私は彼を引っ張って倒れた机の裏にしゃがみ込むと、机と頭上に弾丸が突き刺さる。
それから一瞬遅れて店内では悲鳴が沸き起こり、店内は一瞬で紛争地域の戦場と化した。
「イレギュラー?」
「違う。この銃声は聞き飽きた…」
私はそう言って懐から取り出していた拳銃の安全装置を解除して、撃鉄を下ろす。
相棒も、さっきの"対イレギュラー用"のリボルバーではない、45口径の拳銃を取り出した。
襲撃を受けた十数秒後には銃声が鳴りやみ、辺りは静まり返る。
割れた窓から入り込む、ビルの外の喧騒…人々の悲鳴や怒号が鮮明に店内に届いてきた。
…悲鳴の割に断末魔が聞こえなかったということは、犠牲者はそんなにいなさそうだ。
「いい?私を盾に使え」
私は小声でそう言って、机からそっと顔を出す。
こちらを向いていない、機動隊員のような男の姿が数人目に入った。
「ゴー…一人も生かすな」
私は準備の整った彼が頷くのを確認すると、何の躊躇いも無く机から飛び出していく。
「居た!」
飛び出した直後に聞こえてくる男の怒号は、私の銃から放たれたか弱い9mm弾が掻き消していく。
きっと、カラーコンタクトをしていてもバレる程度には目が光っていることだろう。
周囲の景色がコマ送りのように遅く流れる世界になった中で、私は冷静に銃口を襲撃者の方へと向けて引き金を落としていた。
あっという間に拳銃の残弾が減っていく。
13発の残弾が、あっという間に6発にまで減った。
それまでに、私達は遮蔽物代わりの机を飛び出して、エレベーターの前まで道を切り開いている。
結局、机を飛び出して…カフェの椅子や机の上を出鱈目に駆け抜けて入り口まで一気に進む間に、私の拳銃の残弾は次々に無くなっていく。
「これで、最後」
カフェの入り口…仕立ての良い男が立っていた位置に構えていた男の得物を撃ち抜いた後、駆け抜けていた勢いそのままに、膝を男の首元に突き刺すように飛び掛かった。
「ヒュー…」
馬乗りになるようにのしかかった私は、右手に持った拳銃に残された最後の1発を、目の前で驚愕の表情を浮かべている男の額に躊躇なく撃ち込んだ。
「お見事…です」
エレベーターのスイッチを押して、エレベーターを呼びだした私に相棒が追いついてくる。
私は小さく鼻を鳴らすと、肩を竦めて見せた。
「リインカーネーションかもしれない相手に良く襲撃だなんて手段を選んだものね」
「確かに」
「店内に居たのも実はリインカーネーションだったりしたのかしら?よく見なかったけれど」
「そうなんじゃないですか?」
エレベーターが来るまで店内を見返していたが、血の跡は何処にもなく、銃弾の痕と散乱した品々が襲撃の様子を物語っていただけだった。
「ならば、彼らは猶更相手を間違えたようね」
私は店の入り口付近に倒れている血だらけの男を見下ろしながら呟くと、扉の開いたエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターを降りて地上に戻ると、モールに大勢の警察官が居たこともあってか、こちら側にも数名の警察官が飛び込んできた直後だった。
私と相棒は、身分証を提示して2,3伝言を告げた後で彼らに現場を任せると、ビルを出て騒然としている飲食街の人混みに紛れ込んでいく。
「昼食は食べそびれちゃったわね」
右手に持った拳銃の空になった弾倉を抜いて、予備を差し込んだ私はそう言って相棒の方を見る。
彼はほんの少し苦笑いを浮かべると、小さく首を横に振った。
「まぁ、良いですよ。昼は」
「そう。なら…行こうか」
歩道の端を歩く私達は、拳銃を懐に仕舞いこんで飲食街を抜けていく。
対象の家はさっきファイルで確認し終えていた。
この商店街を抜けて、6ブロック分山の方へ進んだ先にあるマンションの1室だ。
「もうこれ以上、イベントが無ければ良いのだけれど」
「どうでしょうね?彼女はまだレベル1程度ですが…直ぐにレベルが上がってしまう場合も考えられるので」
「勘弁してほしいわ」
私はそう言って大袈裟に肩を竦める。
さっきみたいに、人間の成りをしてなかったり、武装していれば殺す余地も十二分にあるのだが…まだ将来のある人間を手にかけるのは抵抗があった。
午前中から立て続けに起きた事件のおかげで、今日は普段よりも人々の騒ぎ声が多く耳に入る。
私達は騒めき立った人混みを抜けて行き、相棒の案内に従うままに古びた雑居ビルの中に入っていく。
回転扉を抜けて、私が住むマンションと同じ作りをしている通路を抜けて…エレベーターホールでエレベーターを呼び出した。
「ここは飛行機が通らないので、ちょっと高いんですよ」
彼はやって来たエレベーターに乗り込むと、15と書かれたボタンを押した。
「そうみたいね」
私はエレベーターの一番奥の壁に背を当てて、上着のポケットには手を入れたまま答える。
私達は、特に会話も無いまま…やがて、古いタイプのエレベーターは最上階を告げるベルを鳴らした。
エレベーターを降りた私は、先行する相棒の後を付いていく。
廊下を歩き、非常階段につながる扉を開けて、暗く寒い非常階段しかない部屋へと入っていった。
15階…エレベーター的には最上階であるのだが…何故か上階に繋がる階段を上がっていき、立ち入り禁止のプレートがされた扉を開けて中に入る。
「子供なら好奇心に任せて入ってきそうな場所ね」
「度胸試しには持ってこいでしょうね」
鍵の掛かっていない扉を抜けると、先は幻の16階…窓も何もない通路に出た。
薄暗い明かりに照らされた通路…見える限りでは…扉は1つしかない。
相棒がポケットから鍵を取り出して、通路の中間にポツリと付いている扉の鍵穴に、それを差し込んだ。
扉を開けて中に入ると、相棒は直ぐに内カギを閉める。
真っ暗闇に包まれた部屋の明かりが灯されると、視界には地味なオフィスが現れた。
「…のぞき見するにはそんなに良い場所じゃないわね」
私はテーブルの上や、壁に並べられた機械を眺めながら呟く。
「この島のビルは全部この作りです。表面上は機械室って事になってます。廊下の空調とか、そういう類の機械が置かれる部屋ですね」
「なるほど?それで、窓も何も無いのも変ではない…って?」
私は適当に、小さな機械が乗っかったデスクの椅子に腰かける。
相棒も私の横のデスクに付いて、机の上の機械を弄りだした。
「こういうことをするのなら、何も彼女が居る建物で良かったんじゃない?」
「確かにここにあるのは盗聴器ですが…対象はこのビルじゃなく、彼女のいるマンションなんです」
「珍しい作りもあったものね」
「…んー…そんなもんでもないですよ?」
彼はそう言って、機械から繋がっているヘッドホンを首にかける。
手持ち無沙汰な私は、何気なく机の上に置かれていた双眼鏡を手に取った。
「それに、窓もない部屋にはに使わないものまで…実はどこかから通りが見えるのかしら?」
「はい…そうですね。壁際に行けば分かりますよ」
私は彼がそう言ってヘッドホンを付けたのを見ると、双眼鏡を持って壁際まで歩いていく。
すると、すぐに彼の言った事が理解できた。
この島のビルは、全て最上階より上の部分が一回り大きい作りになっている。
その内部が今いるこの部屋なのだが…その端に来て、さらに気づいたことには…どうもこの頭頂部分は、ペンのキャップのように覆いかぶさっている形になっているということだ。
私が居るのは、その覆いかぶさった部分の境目。
部屋の端に来てみれば…壁には窓もなく、真っ暗であるように見えたが…端の下側から微かに光が漏れ出てきており、その光の出所に目を向けると、丁度床と壁の隙間から、街の通りの一部と、向かい側の建物までがハッキリと見えた。
「成る程…これは気づかない…」
私はひとしきり見える光景を目に焼き付けた後、双眼鏡越しに向かい側のマンションの5階部分を眺めた。
SR…SouthResidence1011…503号室…私の側から見て、左から3部屋目。
窓際に付けられたベランダの窓は開いていて、座り心地の良さそうなソファに、小柄な少女が座って本を読んでいた。
「見つけた…」
私が暮らす部屋と作りは同じらしい。
ベランダのある窓の先はリビングで、その横にある窓は隣の洋室の窓だ。
私は少女を見止めた直後、洋室の方に目を向けるが…どうやらその部屋は彼女の部屋では無いらしい。
「カレン。居たかい?」
「居た…SF好きな女の子だ。ベランダで本を読んでるよ」
私はいつの間にか近くまで来ていた相棒の声に、双眼鏡に目を向けたまま答える。
「どんな子?」
「小柄で華奢。髪型は…この島では流行っているのかしら?レトロな黒髪のパッツン…可愛い子ね」
「あー…見た目のことじゃなくてですね?」
「知ってた。見た目は異常なし…と言いたいけれど、異常ありね」
「え?」
私の言葉に驚いた彼は、私のすぐ横までやってきて肩を突いてくる。
私は彼に双眼鏡を渡すと、ふーっとため息を付いた。
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