2101年4月13日午前9時24分 "時任夏蓮" -004-
相棒の奥…店から離れるように歩いていた、さっきまで相棒と話していたスーツ姿の男が振り返る。
その彼を目で追っていた私は、直ぐに彼と目が合って…そして相棒がゲンナリしていた理由を察することになる。
「成る程。この日本人との会話で疲れたね?」
私は男の姿をしっかりと見つめながら言う。
口元に少々の笑みを浮かべながらそういうと、直ぐに相棒の方に顔を向けた。
「……変わっていないですね、時任さん。また"暫くは"一緒に働くことになりそうです」
上質なスーツに身を包んだ男は、そう言って影のある笑みを浮かべる。
私はふーっと溜息を一つ吐き出すと、小さく頷いた。
「ええ。また"暫くは"切っても切れなさそうだしね?しかし、君こそ若いままだ…最後に会ってからもう10年以上は経っているのに」
「機械は衰退しても科学は進んでるんですよ。最近は顔の皺だって無くせるんです。人間でもね」
「じゃ、実際は随分な年増だ。元石、君も定年まで10年ちょっと…最後に城壁の大使館勤めとは付いてるじゃないか」
「ラッキーでしたよ。創作に出てきそうな惑星のコロニーと化した国に興味が無くなった所だったので。それに時任さん。貴女が居るとは思ってなかった。ラッキーは続くものだ」
「幸運は前借しておくと後で泣きを見るものだよ。程々にね」
私と彼は、旧知の仲だ。
私が飛行機で木端微塵になる10年以上も前からの…
「さ、仕事仕事。そっちは上の立場だから、楽でしょうけど。私達はまだやることが残ってるんです」
「相も変わらず仕事の虫ですね。また…今度、どこかで」
立ち話も適当な所で切り上げると、私は相棒を連れて、男とは別の通路を歩いていく。
「元石久永。今は大使館勤めなのね」
私はそう言って肩を竦める。
「知り合い見たいですね…」
「悲しいことにね。彼が新卒だった頃から知ってる」
「…?じゃ、元は別の仕事に?」
「元々私の部下だった…といえば分かるかな」
「あー…公安の?」
「そう。1年だけだったけどね。…日本でリインカーネーションの立場が悪化したのは革命の余波が落ち着いた60年代半ば。彼は64年に入ってきて…直ぐ私の下についた」
「え!?じゃぁ…あの人って今は60代半ばですか?」
「まだ平均寿命は120年。定年は75歳の世の中よね?まだ働けるわ」
「いや…そうですけど…若すぎません?どう見たって30代ですよ?」
相棒はそう言って、来た道を振り返って…直ぐに前に向き直った。
「初めて会った時から、何も変わっちゃいないわ。若いままね」
私はそういうと、相棒の持ったリボルバーに目を落とす。
彼は私の視線に気が付くと、リボルバーの残弾数を確認してから、脇に吊ってあるホルスターに仕舞いこんだ。
「さて…次に行きましょうか」
「はぁ…そうしましょう。次もこの近辺なので、歩きです」
相棒はそう言うと、モールのエスカレーターの方へと指さした。
「建物も別です」
「…歩いて何分程度?」
「えっと…大体10分もあれば付きますかね。人混みの具合によりますが」
「そう。次も今のと同じ感じなのかしら?」
「いえ、次は最近引っかかった者なので、下見といった所でしょうか」
「成る程……」
私達は会話しながら、エスカレーターに乗って階層を降りていく。
未だに騒然としている店内だったが、階を降りるごとに、その騒ぎは少なくなっていった。
「まだ…この島に来てから日が浅いせいなのかもしれないけれど…日本人ってそんなに多くないのかしら?」
私はエレベーターから確認できる、吹き抜けのショッピングモールの光景を眺めながら言った。
「多くないですよ。殆どが東南アジアから逃れてきた人間…それに、俺みたいな白人ですか。ヨーロッパとかアメリカから来てる人達です」
「なら、日本人って結構貴重なんだ」
「ですねぇ…城壁に来るのは比較的リインカーネーションに寛容と言える国の人間か…そもそもリインカーネーションのことなどどうでも良くて、大災害で住む場所を失った国の難民ですから」
「なら、この光景は写真に撮っておきたくなるくらいに貴重だといえる。日本人だらけだよ」
私は3階から2階に降りていく最中、そう言って周囲に広がる光景を見回した。
数少ない日本人で溢れかえるショッピングモール。
それも、老若男女問わず…まるで休日のように賑わっている様子だった。
飛び交う言葉も…雑踏やさっきの1件の余波の音に紛れたせいで聞こえづらいが…よーく耳を澄まして聞いてみると、
「確かに…よく日本人だって分かりますね」
白人の彼には特に気にする光景でも無かったのだろう。
そう言って、周囲に向ける目を鋭くした彼は、直ぐに私の言葉が正しいことを知ると、感心したように言った。
「日本人だから。人種は同じでも、国が違えば細部は異なってくるものね…」
私はそう言って、彼の懐の方をちょんと突く。
「……お昼時だし、休憩しない?」
「え?」
「言葉のままの意味よ。12時40分。人間が昼食を取るには丁度いい時間」
「ああ…それなら。いいですよ。ここは…もう暫く使えなさそうですが…ここを出れば小さなレストランが集まってる通りがあるんです」
「そこは混んでるかしら?」
「時間もいいところでしょうし…混んでますよ。ただ…俺が考えてる所は、今は混んでないんじゃないですかね?」
「じゃぁ、そこに行きましょう。こうも日本人が多いと、落ち着かないのよ」
・
・
城南で一番大きなショッピングモールから出て直ぐ。
私の目に入って来た、飛行機の音も遠くからしか聞こえないこの地区は、私が住む空港近くの地域と違って、秩序のない開発が成されたように見えた。
高速道路で取り囲まれた地区。
その高速道路の下には複雑に入り組んだ街並みが広がっていた。
私達は、そこで暮らす…もしくはやって来た人達の波をかき分けながら、殆ど歩行者天国と変わらない道を歩いている。
ショッピングモールの入ったビルを抜けた私は、相棒の案内で、角を数回曲がった先の飲み屋街のような通りに入っていく。
左右に5階建て程度のビルが立ち並んだ、200mもない程の通り。
ビルは2階までが商業用らしく、全てが何らかの飲食店になっている。
2階以降は…おそらく安い賃料のアパートなのだろう…突き出たベランダから漂う生活感が、それを暗示していた。
「ここです」
相棒はその通りの真ん中あたりに位置する小さなビルに入っていく。
私も後に続いて、ビルの自動扉を潜る前にビルをじっと見上げた。
「何のお店?」
何も看板が出ていないビルに違和感を覚えた私は、中に入ってすぐ相棒に尋ねる。
彼は、エレベーターのボタンの上に掲げられた看板の一部を指さして言った。
「喫茶店です」
そう言って指さされた看板には、確かにカフェの文字が見える。
相棒はそのまま、エレベーターのボタンを押した。
直ぐにエレベーターの扉が開き、私達は中に入っていく。
「喫茶店…」
「はい。城壁の公務員専用なんです」
「……へぇ」
3階までの短い上昇ののち、エレベーターがベルの音を鳴らして開く。
目の前には、直ぐに落ち着いたカフェの店内が見て取れた。
「身分証の提示を」
入り口に立っていた仕立ての良い服装に身を包む男に"城壁運輸安全委員会"の身分証を提示して中に入る。
店内はシックな装いをした至って普通の作りのカフェで、店内には申し訳程度の音量でラジオ放送が流れていた。
私達は入り口に近いボックス席に座る。
テーブルに備え付けられていたメニューを開くと、結構な種類のコーヒー…洋食やデザートの文字が目についた。
「この通りのレストランって、しょっちゅう変わるんですよ。どれもこれも味が悪くって」
「……競争が激しいのね」
「そんなところです。長くやってる店もありますが…大抵は行列で数時間待ちって所ですか」
「そうなの。じゃぁ、ここは数少ない例外って所かしら?」
「そんなところです。そもそも、このビル自体が公務員向けのビルなんですよ」
「それは安心ね」
私達は注文を済ませ、先に出てきたコーヒーを飲みながら一息付く。
私は店内をキョロキョロと見回し、店内にいた数人の人間をじっと見て回る。
「何か気になることでも?」
「いや……あの店を出てから日本人が居ないなぁって思ってたの。ここにも…やっぱり珍しいのね」
「ええ。それはもう……」
「成る程……そうだ。ファイルを見せてもらえないかしら?午後から行く先の、ね」
私は周囲を見回しながらそう言うと、向かい側の席に座った彼はビジネスバッグからファイルを取り出して、該当するページを開いてこちらに渡してくれた。
「ありがと」
私はコーヒーカップを皿に置くと、ファイルを受け取って開かれたページに目を落とす。
A4サイズの書類が綴じられたファイル…午後からの目標のことは、A4の紙1ページに簡潔に纏められていた。
次の目標は少女だった。
辛木南…14歳…今年の8月で15歳になる中学3年生。
4人家族の長女…2つ年下の弟がいる。
両親は共働きで、父親は貿易商社の係長…母親は看護師。
島に来たのは、大災害の直後…5年前。
今は城南地区のマンションに暮らし、城南地区の中学校に通っている…
SR1011-E501号室が一家の部屋だそうだ。
「……プライバシーって言葉はこの島に無いのかしら?」
余り情報が得られない。
ただ、公的情報をそのまま抜いて来ただけのようなページの上半分をものの数秒で読み切った私は、そう言って苦笑いを浮かべた。
「ま、そこは公務員ですから。警察とやってることは変わりません」
向かい側の彼も、そう言って小さく笑う。
私はそれから、ページの下にびっしりと書かれた文章に目を落とした。
2101年4月2日、通う中学校にて暴行事件が発生…生徒15名が怪我…そのうち2名が骨折等を含む重症を負う…教師8名が加害者となった彼女を取り押さえたが、そのうち3名が取り押さえる際の抵抗により重症を負った…その際加害者として取り押さえられたのが辛木南…普段は大人しい生徒であったが、急な発狂と共に暴徒と化し、周囲の生徒に対し無差別に襲い掛かった…と。
その後の現場検証にて、周囲の備品の破損状況などから…彼女の腕力等が10代半ばの少女の平均値から大きく逸脱した値であることが発覚…その後、落ち着きを取り戻した彼女の協力の元行われた身体検査の結果…一部の項目について"リインカーネーション"以上の数値を記録…結果は"イレギュラー"化の予兆である症例34号と状況が酷似していたため、即座に"レベル1"と認定した…か。
「へぇ……彼女はそれでも自宅に居る…ということ?」
私はサラっと一通りを読み終えると、そう言ってファイルを閉じて相棒に返す。
彼は小さく頷くと、苦みを含んだ表情になった。
「はい。本来であれば…違う対応が良いんでしょうけれど…」
「ま、話は帰ってから聞かせて頂戴。とりあえずは、私達が午後すべきことの明確化ね。まだ私は、"調べる"としか聞いていないもの」
私は周囲に目を向けながらいうと、彼は少々ホッとした顔になる。
「助かります。午後は…いうならばただの"監視"です」
「なるほど?」
「それについて持ってる情報はこのA4紙ぺら一枚だけなので。もっと肉付けされた情報が欲しいって訳です」
私は彼の言葉に数回頷くと、意地の悪い笑みを浮かべた。
「なら、君はこの任務に向いていない人物だったわけだね?」
「まぁ、仕事が仕事ですから仕方がないとはいえ…そうなります。カレンが居なかったら、これが単独行動だったんですよ?」
彼は私の意地の悪い言葉にそう言って笑うと、肩を竦めて見せる。
「成る程…成る程…」
私はそう言いながら、徐々に笑顔を消していく。
相棒も私の様子に気づいたのか、笑みを消して仕事中の真面目な表情に戻った。
「カレン?」
「お気づきではないのね」
私は不思議そうに私の顔を覗き込んだ彼に向かってそういうと、静かに右手を懐に持って行く。
「この机は分厚い鋼板が仕込まれているな?」
「え?」
私は左手で机をコンコンと叩くと、机の上に載った物諸共ひっくり返して見せる。
「え、え!?」
「ダリオこっちだ!」
焦る彼に、叫ぶ私。
左手だけで持ちあがった重たい机は、載っていた物を店の通路にまき散らしながら倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます