2101年4月13日午前9時24分 "時任夏蓮" -003-

「俺は7匹やってます。こっちには何匹?」

「4匹」

「なら、足して人間大の大きさになるんだし、終わりじゃないですかね」

「私の運勢は年を追うごとに悪化する一方でね。嫌な予感しかしないのよ」

「俺は運がいい方ですから。足して2で割ればゼロです」


私達は並んで周囲を警戒しながらも、口調は軽かった。

店に近づくごとに、壁や床に流れ落ちた血の量は多くなっていく。

視界の端に、人間だったような肉片や…腕や足の一部が見えているが…私達はそれらを見ても動じることは無い。


「飛行機が堕ちたら、これよりもっと酷くなるのよ」

「見たことあるんですか?」

「なったことがある」


私は冗談交じりにそういうと、銃口を店の奥のスタッフ用出入り口の扉に向ける。

扉は内側から突き破られたように空いていて、血にまみれた空間と化したこちらから確認してみると、扉の奥は特に血だらけというわけでも無さそうだった。


「さて…この奥に何もなければ、終わりでいいだろうね。他からは何も聞こえてこないし」


私はそう言って扉の奥へと入っていき、素早くクリアリングを取る。

私達の足音以外には、遠くから聞こえる騒音程度しか聞こえない、静かな空間を、ジワジワト時間をかけて回った。


扉の奥は薄暗い通路だ。

この百貨店の作りだと、店の裏では繋がっていて長い通路を形成しており…そこからさらに奥に続く扉を開けると、在庫品置き場や事務仕事を行うオフィスになる作りになっていた。


私は通り抜けてきた店に関係する扉を探す。

すると、背後にいた相棒が声を上げた。


「カレン。あったよ」


相棒の声に振り向くと、丁度店のロゴが入ったプレートが付けられた扉が目に入る。

逆方向に向かっていた私は、直ぐに彼の方へと駆け寄っていくと、私が先行して扉の取っ手に手を掛けた。


「ロックされてる」


私はそう言ってドアノブから手を離すと、迷うことなく散弾銃の銃口を扉の蝶番に向けて引き金を引いた。


上に1発、下に1発。

それから、足で扉を蹴飛ばすと、金属製の重い扉はゆっくりと奥へ倒れていった。


「これは経費で落とせるよね?」

「まぁ、落ちるから良いんですが…せめてやる前に確認してくださいね…」


私達はそう言いながら中に入る。

この店の場合、この空間はオフィス代わりに使っていたらしい。

薄暗い通路とは違って、大きな窓から日の光が差し込む清潔なオフィスは、解放感に溢れていた。


「……足して2で割るのが、今日という日の答えなのかしらね」


オフィスを見回した私は、部屋の一角に座り込んだ1人の中年男性の姿を見止めて呟いた。

相棒が見ていた書類にあった顔写真よりかは、少しだけ老けた顔をした男。

右腕の肘から先…左足の付け根から先が無い…千切れたような断面からは、血が滲み出ていたが…不思議なことに、派手な千切れ方をした割には、既に出血は止まりかけていた。

私達は彼がレベル2の"イレギュラー"であることを理解していたから、慎重な足取りで彼に近づいていった。


「寝てたら起こす?」

「起こしたら厄介事になりそうですよ?」


私は弾の尽きた散弾銃を下ろして、彼の目の前までやってくると、ゆっくりとしゃがんで彼の首筋に手を当てる。

普通に体温を感じ取れて、脈も正常だった。


「生きてる」


私がそう言って彼の首元から手を離すと、男はゆっくりと意識を取り戻した。


「…貴方は、リインカーネーションみたいですね?……」


男は私の目をじっと見つめると、疲れ切った声で言った。

黒いカラーコンタクトで、銀色の瞳を誤魔化しているのだが…場に似合わない少女ほどの女というだけで、判断するには十分だ。


「昨日この島に登録したばかりなの。新顔ね…」


特に隠すこともなく見止めた私は、レベル2…自我が薄れているはずなのに、口調もしっかりとしている男に答える。

一瞬、相棒と顔を合わせたが、相棒もこの男の状態は不思議に感じるらしく、首を傾げるだけだった。


「それによく、私を、止めてくれました。随分と……勇敢な、女性も居たものです」


彼からは、特に自我の消失も、精神の崩壊も見られない。


「…さっきの犬みたいな生き物の事かしら?」

「ああ……さっき私の身体を千切って、出て行きました……夢を見てるようだった……幾つもの視界が、監視カメラの、モニターのように、映し出されていて……それらは道行く人を襲っては、殺していったんです…私の意思に反して……」


男は私のことをじっと見つめて言う。


「やがて……君達がやってきて、私を撃ってきました。私の腕、足だった…それらをね……そこで、私の夢は終わり……」

「……夢っていうけど、現実だったわけだ。この部屋の、店の外の光景は見ない方が良いわ。ねぇ?」

「ああ…」


私とダリオはそういうと、顔を見合わせる。


「もしかして、こんな"イレギュラー"は初めてかしら?」

「ああ。見たこともない」

「なら、やることは一つね。彼を回収しましょう。普通の病院じゃ飼い切れないけど、アテはある?」


私はそう言って、散弾銃を近くの机に置く。

彼は少々思案顔になった後、何か思い出したような顔をした。


「ああ、無くはない…ちょっと待っててくれ。手配するから」


彼はそう言って、私の元から離れて行こうとする。

私は一瞬、男の姿を目に入れると、直ぐに彼を呼び止めた。


「あ、その前にリボルバーを貸して」

「ほらよ」


私の言葉に振り返った彼は、手に持っていた重たいリボルバーを私に投げ渡してくる。

それをキャッチして、直ぐ後に飛んできたスピードローダーも手に取った私は、彼に手を振って見送った。


「と、言うことで…自由は奪われるだろうけど、簡単に死にはしないだろうから安心して?貴方が暴走したら、それは保証されないけど」

「はい……"イレギュラー"のことは聞いていたし、ここまで悪化するとどうなるかは知っています。でも、私は、他の人間のようにならなかったわけですね…」


私はスピードローダーを上着のポケットに入れると、両手で大きなリボルバーを保持して各部をチェックする。

シリンダーを右に振って、数度回して元に戻すと、私のことをじっと見つめていた男は不意に声を上げた。


「そして……思い出しました。貴女。時任夏蓮さんではありませんか…?あの飛行機事故で消滅していたはずですが……」


私は、男から私の名を告げられた事に、少々驚いて目を見開く。

見ると、男疲れが取れて平然とした様子だった。


「知ってたのね。私がお茶の間を賑やかしたのは、もう10年以上も前の事なのに」

「それはもう…私も50後半…子供の頃から、ちょくちょく出てきた顔は、何となくだけど覚えているものですね」

「……有名人に遭った気分?」

「それは…どうでしょう?指名手配犯の方が近い気がします」


男はそう言って小さく笑う。

私も思わず小さな笑みを浮かべた。


「日本人の割にはリインカーネーションを怖がらないんだ。珍しいね」

「どうでしょう?最近までは怖かったですよ?城壁に来てからはそんなことも無くなりましたが」

「一般人として暮らすリインカーネーションが居るくらいだもの。私もビックリさ」

「あの事故の直後に、この島に転生してきたのではないのですか?」

「いや、1週間前に戻ったばかりでね。昨日から社会人に復帰したのよ。リインカーネーションだなんだってなるのかと思えば"イレギュラー"とかいう日本人の突然変異種を探れってさ。浦島太郎気分ね」


私は机に寄り掛かると、手にリボルバーを持ったまま男を見下ろした。

男は"イレギュラー"という言葉に、一瞬だけ気まずそうに目を背けたが、直ぐに元の穏やかな様子を取り戻す。


「リインカーネーションの次はイレギュラー?私の祖国はどうなってるのかしら」

「ははは……様変わりしましたね。嫌になってこっちに店を移したくらいには」

「へぇ?5年前に大災害があったって聞いたけど、そのあたりかしら?」

「その直前です」

「直前ねぇ…貴方は最近日本に帰っていないの?」

「こっちに来てからは1度も…」

「そう。なら、この島じゃ日本人はそうそう見かけないから…すっかり海外に溶け込んだ日本人ってわけね」

「そんな感じです。こっちじゃリインカーネーションの日本人くらいしか会わないですね」


彼は落ち着いた様子で…丁寧な口調で私の問いに答えてくれる。

私もそんな彼の様子を見て、警戒感が薄れたが…忘れてはいけない…彼はレベル2の"イレギュラー"なのだ。


「予兆みたいなのって、無かったのかしら?」

「予兆……そういうものは感じなかったですね。本当に…いきなり自分が自分じゃなくなるような感じがして……」

「そう。気づいたら、この部屋の先を血の海に変えていた…と」

「そうです…その光景は…まるで夢の中にいるようで…現実だとも、ああ、これが"イレギュラー"なんだな…とも思いませんでした。白昼夢でしょうか…一番近い感覚は」

「白昼夢、ねぇ……」


私はそう呟く。


「そういえば…時任さんはここで一体何を?日本に居た時のように、リインカーネーションの組織に居るんでしょうか?…」

「え?…ええ。城壁と呼ばれるココに来ても、私のやることは変わらないわ。日本に居た時と同じ。リインカーネーションに"再び"人権を!って叫ぶ係」


私がそういうと、彼は品のある笑みを浮かべた。


「この島は、貴方にとっては楽園でしょうね。ちゃんと、人として扱われるのですから」

「そうみたいね。ただ、今も世界中で私達が"燃料源"として使われているのなら、私は彼らに助けの手だてを差し伸べるわ」


私はそういうと、部屋の外から聞こえてくる足音にピクっと反応して、部屋の扉があった場所に目を向けた。


「貴方がこの先も生きていれば、また会うこともあるでしょう。今日はここでお別れみたいね」


私は武装した軍人が入って来たのを見ると、彼にそう言ってから軍人たちの方へと目を向ける。


「回収班?」

「はい。そっちの男が"イレギュラー"ですか?」

「ええ。紳士的よ?」


私は分隊の長らしき男にそういうと、大きなリボルバーを持って部屋を出る。

彼のことは、ストレッチャーを持った彼らに任せよう。

私が部屋を出て、店の外に出ると、先ほどまで静寂に包まれていた血まみれの空間は、警察官や救急隊員の姿で賑わいを取り戻していた。

…見たくもない賑わい方だが。


外に出て、少々辺りを見回すと、誰かと話し込んでいる相棒の姿を見て、そちらの方へと歩いていく。


「お疲れ。ここの人達は仕事が早いのね」


私は誰かとの会話を終えた相棒に声をかけて、リボルバーを返す。


「ああ…ありがとう」


相棒は少々歯切れが悪い様子。


「……どうかした?」


私は、そんな彼の姿を見て首を傾げる。

その理由は直ぐにやって来た。

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