2101年4月13日午前9時24分 "時任夏蓮" -002-
「こっちです」
私は彼が導くままに店内を進んでゆく。
5分少々で、ファイルに綴じられたマキタトシユキの持つ店の近くまでやって来た。
彼は私を連れて、店の近くのカフェに入っていく。
そして、カフェで適当なコーヒーを2杯注文した私達は、暗い店内の一番奥の席に腰かけた。
「さて…種の収穫時期です」
彼はそう言って持っていたケースを開けて、私に書類を渡す。
私は"身辺調査"と聞いていたから、件の彼の周辺を探って、既にファイルにあるであろう情報の裏取りでもするのだろうと思っていたから、少々意外な展開だった。
渡された書類には、彼の持つ店の間取りが印刷されている。
私はその書類を手渡されると、若干の違和感を感じた。
「これは?」
私はそう呟いて、もう片方の手に持ったコーヒーカップに口を付ける。
「1週間前から仕事はしてたんですよ」
彼はそう言いながら、指で下の方を見るように合図する。
私は彼に従って書類の下の方に目を向けると「ああ…そういうこと」と小声で言った。
「今日は外回りっていうよりも、寧ろ回収業務の方が多いのかな?って感じです」
「何人いるんだっけ?」
「えっと…同じような事をするのは、あと4人ですかね。今日は、あと1人回れればいいところですが…すぐ終わりますよ」
彼はそう言いながら、コーヒーカップ片手に椅子に踏ん反り返った。
私は彼に書類を返すと、数度小さく頷いて見せる。
「成る程…なら、素早く終わらせて、早いところ帰りましょ」
そう言って、量の少ないカップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。
彼も、既に空になったカップをテーブルの上に置いて、私達は揃って立ち上がった。
「もし、回収中に上がったら?」
「余地はないです。ご自由に…じゃ、またここで」
店の去り際。
人々の雑音に紛れ込んで、小声で確認を取る。
それから、私達は互いに別行動に出た。
彼は店の方…私は店の周囲にある休憩スペースに向かっていった。
家族連れや、若い夫婦、年老いた老人の集団…様々な年代の人間で賑わう広い休憩スペース。
スペースの周囲は、軽食屋が囲んでいて、この中にいる人たちは思い思いの物を買って、スペースにあるテーブルに並べて、お喋りでもしながら時を過ごすわけだ。
空いた席もほとんど見当たらない場所で私は1人、手頃な場所を探すフリをしながらスペース内を歩き回った。
幾つかの机や植木鉢に手を付けながら、向かい側から来た人とすれ違う。
サングラスをした小柄な女。何人かは私をリインカーネーションだと認識したらしい。
すれ違いざまに、首を傾げた人も居た。
私は以前とは全然違う一般人の反応を見返しながら、周囲に目を向ける。
すると、私のような銀色の瞳を持った男女が、ハンバーガーセットが載ったお盆を持って歩いているのに気づく。
それ以外にも、数名…いや、数十名、同じように銀色の瞳を持った"元人間"が、サングラスも何もせずに、堂々と人間らしいひと時を送っていた。
私はそんな光景を目にしながらも、スペースの中を歩き回る。
サングラスをじっと見つめられたのが5人目に達した時に、私はさり気無くサングラスを取って、スーツの上着の胸ポケットに引っ掛けた。
それからも、人と知れ違う際に壁際に寄りながら歩き回った私は、周囲を数度見返すと、小さく頷いて踵を返して人混みの中から脱出した。
ポケットに右手を突っ込んだ私は、スペースを抜けると人混みから離れられた安心感でふーっと息を吐き出した。
ポケットには、彼から貰った書類に書かれた位置に取り付けられていた小型の録音装置が5つ、入っている。
私はそれを、手に持ったケースに入れようと、適当なベンチを見繕って腰かけた。
壁際に置かれたベンチに座り、私は膝の上でケースを開けて、チョコレートの箱に偽装された銃器類の横に、装置を仕舞い込む。
ケースを閉じて、待ち合わせ場所に戻ろうか…とベンチを立ち上がる。
「!」
その直後。
私の耳に、聞き慣れた銃声の轟音が届いた。
私は一瞬、ケースを開けて中身を出そうと身構えたが、直ぐに目の前の光景に気づいて取りやめ、ショルダーベルトを肩に掛けた。
銃声の響いた方から逃げてくる人々。
人間だろうと、リインカーネーションだろうと関係がなかった。
その波に逆らおうとするのは、この施設の警備員だろうか?
一般人に銃を向けるわけにもいかないからだったが、偶に天井に銃弾を放って群衆を黙らせて、機械的に逃げ惑う人々を誘導していく様子が見えた。
私は、彼が担当する場所がある方から響いた銃声を見逃すわけもなく、小柄な体を人の波の中に混ぜ込ませていく。
リインカーネーションの見てくれは中学生ほどの少女だが、力は成人以上。
私は向かってくる人々をやり過ごしながら、流れの奥へ奥へと進んでいく最中、ガシッと肩を捕まれた。
「そっちに行くんじゃない!イレギュラーが出たんだ!」
散弾銃を持った警備員が私にそう叫ぶ。
私は小さく笑って見せると、彼の手に持った散弾銃を指さしてこう返した。
「君の職務外の出来事だろう?その銃を貸して欲しい」
「な…!何、冗談を言って…」
冷静に言葉を返す私に、彼は一瞬呆気に取られたようだったか、私の瞳を見つめてハッとした様子になった。
「掃除屋といえば伝わるんだっけ」
私は止めに、彼から教えられた"委員会"の仮称を告げると、彼は黙って散弾銃を私に手渡す。
「ありがと」
私はそう言ってはにかむと、片手にポンプアクションの散弾銃を持って駆けだした。
そんなことがある間にも、数発の銃声が聞こえてくる。
やっとの思いで人混みを抜け出し、もぬけの殻になった店内の通路を警戒しながら駆け抜ける私は、耳に届いた銃声の方角に体を向けていた。
1つ、また1つ角を曲がる。
そして、再び銃声が聞こえてくる。
見つけた。
私は遠くに見えた人影を見て確信する。
さっきまで私の横に居た相棒が、通路の壁に身体を預けて様子を伺っていた。
「どうなってる?」
素早く彼の真横に並んだ私は、手短に声をかけた。
彼はこちらに振り向くまでもなく、見張っている通路の先を指す。
「店主?」
「イエス」
「レベル2?」
「イエス」
「了解」
短く言葉を交わすと、私は彼に先行して、通路から顔を出す。
通路の先はもぬけの殻のようで、人影らしきものは何も見えない。
「昨日の集団のような大型?」
「いや、小型だ。小型犬くらいの大きさ、蜘蛛の子のように散らばってる」
彼がそう言った直後、私が見張っていた通路の奥から何かが動く音がした。
聞きたくもない、人の断末魔のような叫び声と共に…
私は少々顔を顰めると、散弾銃を構えながら、ゆっくりと通路の奥へと進んでいく。
「それで一発?」
「辛うじて」
横に付いてきた彼の言葉を聞いて、私は少々ゾッとする。
50口径のマグナム弾で"辛うじて"レベルの相手だ。
ゆっくりと一歩一歩踏み込んでいくと、通路の奥…薄暗くなった曲がり角から、何か塊が飛んできて、壁に叩き付けられる。
ドサっというよりも、グチャっという擬音を使うのが正しいと思えるほどの勢いで、壁に当たった塊は無様に潰れた。
「来たぞ!」
私よりも先に彼が叫ぶ。
私の視線に、角から飛び出してきた動物の姿がハッキリと映し出された。
「チェ!」
飛び出して来た時の余りの早さに毒づきながらも、私は散弾銃の照準を素早く合わせて引き金を引く。
弾は私達目掛けて矢のように迫って来た何かに命中する…
ガキン!
私は引き金を引いた傍から、目の前の光景に目を疑った。
散弾銃の前床を引きながら、瞬間的に通路脇に身を交わす。
散弾を弾き返して飛び込んできた何かは、身体の表面…至近距離から放たれた散弾の直撃すらも耐える皮を砕きながら飛び掛かってきて、交わした私達の間を切り裂いていくと、私達の方にゆっくりと振り返る。
「奥にも数匹!」
「そっちは私のだ。この一匹を任せる」
私は彼の叫び声を聞くと、飛び掛かってきて以降、威嚇するように唸り続けるそれを彼に任せて通路奥に駆けだしてゆく。
出てきた空薬莢から判断するに、今回の"イレギュラー"は12ゲージの散弾を普通に耐え抜くらしい。
だが、持つのも1発だけ。
背後から聞こえて来たリボルバーの射撃音と、図太い断末魔がそれを証明してくれた。
私は通路を一気に駆け抜けて行き、曲がり角を曲がる。
それと同時に散弾銃の銃口を通路先に向けると、目に映った小型のそれら目掛けて引き金を引く。
ガキン!
散弾を1発受けた時に、表皮が砕け散る。
そこに、引き金を引いたまま前床を動かしてもう一発。
今度は耐えることもなく、呆気なく身体が破裂していった。
通路先に居た4匹を処理した私は、調査対象の男がオーナーを務めていた店の前までやってくる。
既に物音はしなくなっていて、広い店内は静寂に包まれた。
建物の外から聞こえてくるサイレンの音が聞こえてくる程……
「終わり?」
「どうでしょう?」
私は背後から追いついてきた相棒に尋ねると、彼はそう言いながらリボルバーのシリンダーを右に振り出して弾を入れ替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます