2101年4月11日午後14時12分 "時任杏泉" -006-
「考えとくよ。さて、身も守れるようになったことだけど、他に欲しいものは?」
僕は銃器類が詰まった部屋の入り口に足を向けると、そう言って歩き出した。
後ろを付いてきた彼女は暫く何も言わなかったが、扉を抜けて、殺風景な部屋に戻ってくると、ポツリと言う。
「着るものってある?」
「それは、僕の部屋にある。小物もあるから、今はそれくらいかな?」
「そうね。…銃さえあれば、一先ず良い」
僕は小さく頷いて、武器庫の部屋の電気を消す。
そして、殺風景な部屋の壁に引っ掛けられていた、鍵のついたキーホルダーを一つとると、彼女に投げ渡した。
「車も1台、預けとく」
そう言って、プレハブ小屋の明かりを消して、外に出た。
彼女はキーホルダーについていた鍵を見て、僕の方をじっと見つめてくる。
僕は小屋の前に並んだ5台の中から、真っ赤に塗られた車を指さす。
「乗るのはいいけれど、免許が無いじゃない」
「日本で免許持ってた実績があるだろ?その過去があるだけで十分だよ」
僕はそう言って、指さした車の運転席側のドアを開ける。
僕が乗るアメリカ製と違って、イタリア製の車のドアは、真上に開いた。
「レプリカだけど、エンジンからシャーシまで、基本設計はオリジナルと同じ。5リッターV12のパワーは、450馬力弱。ターボ無しじゃ最高峰の出来さ」
僕がそう言うと、彼女は助手席側のドアを開けて、助手席にケースと拳銃を置いた。
それから、僕の元へと歩いてくると、一目、僕の顔をじっと見つめてから運転席に収まっていく。
「随分と大きく感じるわ。見た目は華奢なのにね」
運転席に座って、ペダルを踏み込んだり、シフトレバーを動かしたりしながら彼女は呟いた。
「直ぐに慣れるさ。それに、高速道路しか走らないんだから、駐車場以外で気になることも無いかも」
「そう…仕事でもこれを?」
「うん。ダリオは車を持って無いしね。島内は車が無くても移動できるといったけど、実は車がないと入れない建物っていうのもあるんだ。わざわざ来るまでしか入れないような場所だ、予想はつくだろ」
「ついた。事情は何となく察せたし、オーケーよ。あとは時間が何とかしてくれる。もう、後は家に帰るだけ?」
「ああ。僕の部屋に戻ろうと思ってる。後ろを付いてきて」
僕はそう言って、赤い車のドアを閉める。
僕がここまで来た時に乗っていた車に乗り込もうとした直前、背後から高周波なV12エンジンの始動音が聞こえてきた。
僕は身体を震わせながら、素早く車に乗り込むと、こちらも重低音を響かせるV8エンジンを叩き起こす。
ゆっくりと車を反転させて、シャッターの前に車を止めると、シャッターに備え付けられたカメラがこちら側にレンズを向けた。
やがて、ゆっくりとシャッターが開き始める。
僕達の車は、背が異様に低いから、シャッターが開き切る前にその下を潜り抜けていった。
「11年。か…」
立体駐車場を駆け下りて行き、高速道路に戻って来た直後。
僕はそう呟いて、運転席側の窓を少しだけ開ける。
バックミラーには、黄色いライトを付けた、真っ赤なレーシングカーが付いてきていた。
このビルから僕の住むマンションまでは、高速道路の進路上の都合で少々かかる。
直線距離だと5キロ程だったが…高速道路は最短距離を通らない。
城壁の島の中心地をぐるりと囲う、日本で言えば都心環状線のような作りになっているせいで、20キロほどは走る必要があった。
クラッチを踏んで、ギアを5速に入れて、クラッチを繋ぐ。
暫くアクセルを踏み込んだ後、スピードメーターの針が150キロになるのを確認した。
トンネルもとっくに抜けて、周囲の景色は、城壁の街並みが発する夜景切り替わっている。
僕はその景色を横目に見ながら、脳裏に彼女が消滅した日の事を思い出していた。
彼女が消滅して11年…リインカーネーションになって、年月の感覚が人間だったころとは変わったと自覚していたが…それでも11年は長く感じる。
それでも、脳裏にあの時の光景を思い浮かべると、あっという間に当時の情景が鮮明に思い浮かんできた。
2090年12月29日のエア・オリエント9430便。
北海道の千歳から、名古屋の中部国際空港を結ぶ定期便だった。
2090年…リインカーネーションへの規制が更に厳しさを増した年。
僕が率いるリインカーネーションだけで構成された組織も、お上からの目が強く向けられるようになって、以前のような活動が出来なくなっていた。
そんな年の、年の瀬に起きた飛行機の墜落事件。
堕ちたのは、跳べる飛行機の中では最も最新の機種である世界最大の4発機。
彼女の他にも、乗っていた乗客は、例外なく木端微塵になって塵と消えた。
緊急事態を宣言してからほんの2分後に、殆ど音速に近い速度で長野の郊外に墜落。
クレーターとなった墜落地点に残されたのは、一番大きな破片が、尾翼の先端だという程に細切れになった飛行機の残骸と、指の第一関節以下の大きさになった乗客の遺体……
リインカーネーションが半数以上の"核"を消費して消滅した際に出来る、大量の"白銀の粉"の砂漠。
僕は、そんな過去の景色を思い出しながら高速道路を駆けて行ったが…やがて自分のマンションの入り口を示す看板を越えると、一旦、思い出の光景を頭から切り離す。
速度を落として、マンションの駐車場へと入っていくトンネルへの分岐を曲がっていった。
トンネルからは、更に道幅の狭くなった駐車場への通路が伸びていて、僕の車の鼻先をそこへと向けて、さらに奥へと進んでいく。
さっき、ここを出るときに止めた駐車スペースに車を止めると、僕の左手側に、真っ赤な車体が滑り込んできた。
エンジンを切って外に出ると、丁度彼女が運転席のドアを跳ね上げる。
アイドリング状態になったV12エンジンを眠らせると、彼女は運転席でふーっと溜息を一つ付いて、助手席に置いてある物を持って車外に出てきた。
「どうだった?久しぶりの運転は」
「怖かったわ。目線が低すぎるんだもの」
「直ぐに慣れるよ」
僕はそう言って、僕の左腕に絡み着いてきた彼女の頭をポンと叩くと、駐車場からビルの中へと入っていく。
エレベーターで上がっていき、僕の部屋に戻って部屋に明かりを付けると、カーテンで大きな窓を遮った。
「さて…」
僕は部屋のカーテンを閉めて、彼女の方に振り返る。
背後から、ジャンボジェットが降りてくるときの轟音が鳴り響き、窓がビリビリと揺れた。
「着替えとかは、そっちの部屋に纏めてる。クローゼットになってるんだ」
そう言って、リビングから繋がる4つの扉のうちの1つを指して、その部屋の扉を開ける。
彼女は持っていた装備品をテーブルの上に置くと、僕の背後を付いてきた。
「私の分もあるの?」
「着るものは全部、僕の家に置いてたままだったろ?あの事故で塵になったキャリーケースの中身以外は、この部屋にあるんだ」
扉を開けて、部屋の明かりを付ける。
パッと浮かび上がったのは、所狭しと並べられた衣類と、3つの箪笥だった。
「そういえば、転生してから1週間、着るものも、お風呂もどうしてたのさ」
僕はズラリと並んだ衣類をかき分けながら、興味本位で彼女に尋ねる。
実は、リインカーネーションになってからということ、僕は1度も"転生"した経験が無かった。
それは彼女とて同じことだ。
彼女は身なりが整っていて、着ている服も今日新たに着替えたかと思う程に皺がないスーツ姿だった。
転生してきて1週間、リインカーネーションも人と同じように代謝がある。
「そうね……転生してきた時の服は、元のままだったわ。身に着けていた物も、そのまま。だから…携帯電話と財布…身分証とか、服のポケットに入れていた物もそのままだったから…転生して困ったことにはならなかったわね」
「へぇ……未来からきたロボットみたいにはならなかったんだ」
「なってたら、迷わず自害してたでしょうね。恥ずかしくて」
彼女はそう言って小さく笑うと、並んでいた衣類の一角から彼女の物を見つけたらしい。
手に取って、じっとそれを見つめた。
「携帯は使えなかっただろうけど、財布はラッキーだったよね。この国の第2通貨が円だしさ」
「本当にね。ある程度の現金が入ってたから、そこら辺のホテルを取って…お風呂とかもそこで済ませてた。服も、洗濯出来たし、問題はなかったわ」
「僕がここに居なくても、遅かれ早かれこの街に居つけたわけだ…リインカーネーションがこの街に再生したとなれば、転生者委員会の人間が嗅ぎつけて君の所にやってくるだろうから」
「あら、そうだったの…でも、私の常識は11年前のまま…カラコンもサングラスも無いから、迫害覚悟で彷徨ってたのよ?」
彼女はそういうと、幾つかの衣類を手に取っていて、部屋の奥に置かれていたアイロン台にそれらを置いた。
「とりあえず、当面は着替えに困ることもなさそうね」
彼女が手に取ったものは、私服の類ではなく、仕事の時に着るスーツの類。
スカートじゃない、パンツスタイルのスーツだ。
彼女は幾つか取ったうちの1つ…ハンガーに掛かった"1式"を取っていきながら、アイロン台に並べていく。
漆黒のスーツの上下に、黒いベスト、白いYシャツにクロスタイ…最後の1つ以外は、僕が委員会に出向くときの格好とほぼ変わらない構成だ。
彼女はそれらを1つ1つ丁寧に伸ばしていくと、備え付けられていたアイロンのスイッチを入れて、少し待つ。
「確認してなかったけど、これ、防弾防刃機能がついてたよね?」
「ついてた。不燃性もオマケでね」
「今、これを作ろうと思えば、幾らかかるのかしら…?」
「どうだろうね。当時もそんなにハイテク素材で作ったわけじゃないし…普通にスーツのお代+アルファ程度で出来ると思うけど…」
「そう。手持ちにあるのが…黒が2着…紺のが1着。もう3着は欲しいかな」
彼女がそう言い終わると、アイロンからピーっという電子音が聞こえてくる。
「直ぐに欲しい?」
「いいえ。急ぎじゃないわ」
「なら、問題ない」
僕との会話を進めていく最中。
彼女はアイロンを手に取ってスーツにアイロンをかけ始めた。
「着るものはこれでいい。靴はどこかしら?」
「アイロン台の上の戸棚に箱に入れて仕舞ってる」
「ベルトは?」
「箪笥の中」
「オッケー…ありがとう。11年も捨てなかったのね」
「別に遺品になったわけでもないしね。長期休暇に出たのと変わらない」
僕はアイロンをかける彼女の横でそう言って笑う。
彼女もほんの少しだけ笑みを浮かべると、ふーっと息を吐いた。
「そういえば、明日から私はさっきの場所に行けばいいのよね?」
「ああ。単独行動になるけど…問題はないだろう」
「携帯って使えるのある?」
「いーや。一切ない。城壁じゃ、備え付けの電話が現役復帰したよ」
「……なら、連絡は?」
「暫くは無しだ」
僕はそう答えると、一呼吸おいて、口を開いた。
「11年前から更に、そういった類の物は退化してきてる。ま、原材料も無くなってきてるんじゃ仕方がないけどね」
「そう…携帯がダメってことは…ネットもアウト?」
「ああ。線でつないでるローカルなら使えるけど、無線とかで飛ばすのは全部ダメ。インターネットも、3年前にロストテクノロジー化したよ。今や数台のパソコンから無数に生えた線が繋ぐローカルエリアネットワークが最新技術だ」
「これで、私達の水準は1990年代になったってわけね」
「アマチュア無線が使えなくはないけど…筒抜けの会話になるから、僕達の仕事ではパスだしね」
僕はそういうと、彼女の方をじっと見て、ポンと肩を叩いた。
彼女はそれを受けて小さく鼻を鳴らすと、銀色の瞳をこちら側に向ける。
「そうだ。一つ、言い忘れてた事があった。貴方、あの飛行機の墜落事故を調べるつもりだったのよね?」
「ん?何?」
ふと彼女が思い出したように言ったから、僕は寄り掛かっていた身体を彼女の方へと向ける。
すると、彼女はサラっと軽い口調で言った。
「あの時私が乗っていたのは前方の席。ビジネスクラスだった。そして、私の横に座っていたのは、名前こそわからないけれど、日本の政府関係者だったのは間違いないわ」
彼女はそのまま、口調も変えずに、こう続けた。
「彼が持っていた、重そうなノートパソコンの画面には、あの飛行機の図面らしきものが表示されていたわ……ずっとね」
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