2101年4月11日午後14時12分 "時任杏泉" -005-

僕は若干楽観的に考えていた今までの自分を少々呪うと、明日から自分が取り組むことを心に決めた。


「なら、明日からダリオと組むときは…」

「人間のフリをするつもりでいた。カラーコンタクトを付けて変装すればいいだけだしね」


僕がそれを踏まえて言葉を繋ぐと、彼女がそれに被せてくる。

口調が少しだけ刺々しいものに変わっていたが、それでも彼女は自分の置かれた状況とやることを理解してくれているみたいだ。


「オーケー…僕は過去を洗うことにする…通りで君の”核”が見つからなかったわけだ…」


僕がそう呟くころには、車は再びトンネルの中へと入って行った。

空港から車で10分程度のビルの中腹に突き刺さるように入っていく。


僕は沈みかけの太陽の光が届かなくなると、車のライトを付けて道を照らした。

アクセルから足を離して、代わりにブレーキを踏んで速度を落とす。

高速道路が貫くほどのビル…丁度、道路のド真ん中にある分岐に車の鼻先を向けた。


少し前まで100キロを超えていたのに、一気に20キロちょっとにまで速度が落ちた。

分岐の先に繋がっているのは、大きなビルの半分ほどのスペースを使った駐車スペースになっている。

速度を落として、駐車場の通路に車を入れていくと、そこからは1回曲がるたびに上階へと登っていく。


狭い駐車スペースにズラリと並ぶのは、傷を付けるとタダでは済まなさそうな高級車達。

5千万人のうち、車に乗れるのは10万人。

自家用車を持てるのはそのうちの1万人。

車が無くとも生活に困らないこの島で、車が不要と謳われるこの島で、今時車を持つのは酔狂な車好きか、天井知らずの金持ちしかいない。


僕はそんな彼らのために、わざわざ博物館に置いてある車をリバースエンジニアリングして再生産させてまで…この島に持ち込まれた車達を横目に見ながら、最上階まで、車を登らせた。


何度ハンドルを右に切ったかわからなくなった頃。

15階の看板がが真正面に現れる。

その看板の前の直角カーブを曲がれば、そこはもう最上階。


「到着っと」


たどり着いた最上階は、大きなシャッターで閉じられていた。


「到着?」


僕はそのシャッターの前に車を止める。

助手席に居た彼女は、ほんの少し怪訝な顔をして、周囲を見回した。


先ほどまでのように、車が止まっていない空間。

登り切って直ぐ、車が1台止まるかどうかのスペースを残して、シャッターで区切られた空間。


右上と左上に目を向けると、巨大な監視カメラが僕達を見下ろしていた。

僕はシートベルトを外して車外に出る。


「ちょっと待ってて」


彼女にそう言って車外に出た僕は、小走りでシャッターの横に付けられていた大柄な電子制御装置のスイッチを押した。

その装置に赤いランプが灯ると、僕は装置に付けられていたキーボードから、暗証番号を入力して、エンターキーを押す。

装置についたランプが黄色に変わり…やがてグリーンに変わる。

すると、シャッターがゆっくりと上昇を始めた。


「リインカーネーションになる前に、資産を世界に分けておいた甲斐があったよね」


僕はそう言いながら車に乗り込むと、ゆっくりと車を開いたシャッターの奥へと走らせる。

シャッターを越えたところで、適当に車を止めてエンジンを切った。


それから数秒後。

上がり切ったシャッターは、勝手に降りてきて、再び外界からここを切り離す門番となる。


「さて……必要なものは揃えられるだろうか」


僕はそう言って車を降りる。

助手席から降りてきた彼女は、この空間の異様さに目が点になっていた。


背の低い大昔のアメリカ製レーシングカーのレプリカを止めた奥には、5台ほど、同じジャンルのレーシングカーレプリカが適当に並べられていて、その奥にはプレハブ小屋1つに対してを4つ雑多に繋ぎ合わせたような建物が、ビルの駐車場の最上階に置かれている。


僕は外の景色とは違いすぎる空間に面食らった様子の彼女の手を引くと、背の低いレーシングカーの合間をすり抜けて行き、プレハブ小屋の扉を開けた。


「道楽者なのは相変わらずね…だけど、ここまでだとは思わなかった」

「そりゃぁ、身体も頭も最前線張ってるからね。税金だって、年収の4分の3は持ってかれてることだし、これくらいは許されて当然だろ?」


僕はそう言って、小屋の電気を付ける。

部屋が明るく照らされて、マンションの一室と同じように、過剰なまでに者が少なく整理された部屋が浮かび上がって来た。


「随分税で持って行かれるけど…元がどれくらいなのかしら」

「それは、暫く秘密。給料日になれば分かるさ」


僕はそう言いながら、家具の少ない部屋を進み、強引に連結させた別のプレハブ小屋への扉に手を掛ける。


「さて…まずは身を守るものからだ。好きに選んでくれて構わない」


僕はそう言って中に入り、電気をつけた。

淡い黄色い光に照らされた浮かび上がって来たのは、先ほどの部屋とは打って変わり、壁一面に銃火器類がズラリと並べられた武器庫だ。


僕がリインカーネーションになってからかき集めた、旧式の銃火器。

結構な数が”カタストロフィ”で失われたけど、それでも小さなプレハブ小屋を埋め尽くすのには十分以上の数があった。


「わぁお…選り取り見取りだというのに、貴方は相変わらずのリボルバー派閥だとはね」


横に立つ彼女はそう呟くと、近くにあった拳銃が並ぶラックから、適当な物を手に取った。


「マニュアル人間なんだ。平成一桁生まれだし」

「冗談、一番電子機器だよりだった世代じゃない。ゆとり世代さん?」


僕の言葉に、彼女は小さく笑ってそう言った。

僕は苦笑いを浮かべて肩を竦める。


「小口径しかないの?」


彼女は不意に真面目な顔になると、手に持っていたドイツ製の小型拳銃を棚に戻して言った。

既に彼女は3,4丁の拳銃を確かめていたが、彼女のお眼鏡に叶う物は無いらしい。

彼女の言う通り、今いる棚には、32口径までの小さな自動拳銃しか並んでいなかった。


「ああ…もうちょっと奥」


僕はそう言って、彼女よりも先に奥へと歩いていく。

小型拳銃が並ぶ棚の奥…そこから適当に大型の拳銃を取り出すと、彼女に手渡した。


「イタリア製は趣味じゃない」


銃を受け取るなり、彼女はそう言ってその銃を棚に戻す。

視線をせわしなく動かしながら物色していると、彼女は不意に声を上げた。


「なんだ。コレがないから自由って言ったのかと思ってた」


そう言って掴みあげたのは、鮮やかなガンブルーに染められた拳銃。

彼女が消滅する前まで使っていた物と同型の拳銃だった。


「君の持ってたのとは別個体だからね。心機一転もあり得るかなって思ってたのさ」


僕はそう言って、部屋の奥に進んでいく。

横に並んで彼女は、手に取った拳銃を構えて見せたり、隅々まで見回していた。


拳銃がズラリと並ぶ入り口付近とは打って変わって、その奥に並ぶ棚には持ち運ぶには向いていない銃器を並べている。

単発式のライフル銃から、散弾銃、突撃銃に、短機関銃…普段はまず使うことが無いものが、ズラリと並ぶ棚の間を進んでいき、小屋の一番奥までたどり着いた。


「拳銃とあと一つ、使ってほしいものがあってね」


そう言って、一番奥にある作業台の上に置かれたケースを手に取って彼女に見せる。

僕が手に取ったのは、ビジネスマンなどが扱う、黒い革張りの大きなアタッシェケース。

彼女はそれを見せられると、少しだけ首を傾げた。


「書類仕事が多くなるってこと?」

「ま、それも半分あるけどさ」


僕はそう言って、手に持ったケースのロックを解除する。

勢いよく開いたケースは、可動部が180度展開して大きく開いた。


「なるほど…」


彼女は開いたケースの中を見て呟く。

ケースの半分側には、小さな短機関銃が括り付けられていた。


「君の使うそれと同じ、9mmパラベラム弾を使った短機関銃が中に仕込んである」

「随分と小さいのね…イングラムだっけ?」

「そう。それの9mm版」


僕はそう言って彼女にケースを手渡した。

ケースと諸々の備品込みで2キロちょっと。

僕達が重さを気にすることは無いが…十分に軽い部類に入る装備だろう。


「これは…直ぐに使えそうにないわ。扱い方が特殊だもの。暫くはハンドバッグ代わりかな」


彼女はそう言って、ケースを閉じる。


「これ、手で持つ他に無い?こう、肩がけ出来るとか」

「あるよ。あー…これだ」


僕はそう言って、このケース様に作っていたショルダーベルトを机から拾い上げると、彼女に手渡した。

彼女はベルトをサッとケースに取り付けると、肩から下げる。


「このケース、開くときっていっつもあんな感じになるの?」

「いや、持ち手の床にある金色の金具のロックを外せば大開きになるが…銀色の金具のロックを解除すれば、90度くらいしか開かない」


僕がそういうと、彼女は銀色の金具を押してロックを解除する。

すると、重力になづが儘に一気に90度ほどケースが開いた。


「考えたものね」

 

彼女はそう言ってケースを触る。

開いた側は、銃も装備品もついていないので、今はただの空のケース。

もう一方には銃と装備品が括り付けられているが、それらは何らかの機密資料を囲うカバーを模したケースが括り付けられている等に偽装してあった。


「職業柄。表沙汰に出来ない物も運んでそうだし?これでいいと思うけれど、このカバーの意匠だけは変えて欲しいかな。高級チョコレートのパッケージを模した物にね」


彼女はそう言ってケースを閉じる。

僕がそれを聞いて苦笑いを浮かべると、小さく頷いた。

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