2101年4月11日午後14時12分 "時任杏泉" -004-
彼女を連れだって中に入ると、殆どの職員は帰宅した後だった。
唯一残っていた、この中で一番若い男が僕に気づいて目を丸くする。
「あれ?ミスタートキトウ、今日は非番ですよね?……そちらの方は?リインカーネーションに見えますけど……」
彼はパソコンに向けていた目をこちらに向けて言う。
僕はサングラスを外すと、小さく頷いた。
彼が残ってくれていたのは、僕にとっては好都合だ。
「ああ。良いところに残ってくれてたな。彼女の事で用事が出来てね。市民登録をしたいんだ…」
僕はそういいながら、普段座る僕のデスクまで歩いてくると、彼女を来客用に椅子に座らせた。
「ああ。そういうことですか…でも、ここで登録って……ああ。何時か言ってた…アレ関連?」
僕のデスクの2つ前のデスクに付いている彼は完全に手を止めて、コーヒーカップを片手に身体を僕の方へと向けてくる。
僕は小さく笑って見せると、肯定の意を示すために2度頷いた。
「イエス。僕の配下に居たリインカーネーションだ。って、悪い。彼女の紹介がまだだったね。時任夏蓮だ」
僕はそう言って、彼に彼女を紹介する。
彼は飲んでいたコーヒーを軽く吹き出した。
「え?え?トキトウ…?」
「はい。時任夏蓮です」
困惑する彼を他所に、彼女は何も動じることなく言った。
「2090年の飛行機事故で一旦消滅して…つい一週間前にこの島で復活したんです。こっちの、時任杏泉の一人娘なんですよ」
「はぁ…宜しく…俺はダリオ。ダリオ・マックイーン。トキトウの部下だ。トキトウ、ここで登録するってことは、彼女をここに居れるってことでいいんだよな?」
「ああ。役柄的にはお前の補佐に付ける気だった」
「…ほう?彼女を、ですか?」
ダリオはコーヒーカップをデスクに置くと、椅子に座ったまま、僕のデスクの近くまでやってくる。
僕は自分のデスク上に鎮座する大柄なコンピューターの電源を入れて、完全に立ち上がって落ち着くまでの時間を使おうと、2人の方に振り向いた。
「明日から…は難しいかもしれないが、登録後、諸々が終わり次第、彼女にはここで働いてもらうことを考えてる。親族採用っていうよりも、元々やってた事が合ってるからだ。ダリオ、お前が今持ってた仕事は…確かこの街に紛れた"イレギュラー"の身辺調査だったな?」
「そうです。昨日までに結構な数が上がってたので、明日辺りには助けを乞おうかなって思ってたところですよ」
ダリオは僕の言葉にそう言って、苦笑いを顔に滲ませる。
「だよな。人手が足りてなかったが…丁度よかった。彼女が人間だった頃の職場は公安調査庁だっていえば、ある程度の察しは付くな?」
僕がそういうと、彼はヒューっと口笛を鳴らして見せる。
彼女の方をチラチラと見ながらも、ほんの少し…いや、結構驚いた様子だった。
「リインカーネーションになってからは、消えるまでずっと僕の所に居たから…隠密仕事から鉄火場の最前線にも慣れてる。腕は保証しておくよ」
僕がそういうと、ほんの少しだけ彼女を見る目が変わった。
確かに、何の前情報もなければ、ただのリインカーネーションは中学生くらいの子供にしか見えない。
その実は不老不死者の年増だってことは、自分がそうなのもあって十分に理解できている。
ダリオはまだ若いから、どうも人を見た目年齢で判断しがちな所があったが…それでも、彼は賢い男だ。
この説明を聞いた以上、彼もプロとして接してくれるに違いない。
「ま、暫く僕は事務作業…ダリオから仕事にあたって情報共有だけはしといてくれない?遅くても3日後には君に働き始めてもらいたいからね」
コンピューターが立ち上がったのを確認した僕は、横に座っていた彼女にそういうと、コンピュータ内に入っていたソフトを立ち上げた。
「了解」
彼女は僕の様子を見てから、小さくそういって、自分のデスクに戻っていったダリオの元へと寄っていく。
僕はブラウン管モニターに映し出されたソフトのUI画面を見ながらマウスを操作し始めた。
カチカチとマウスをクリックして、この島の住民管理システムへアクセスする。
僕の職員の権限を使えば、正規の手立てでなくとも、住民登録するのは容易いことだ。
何故なら、この島は如何なる人種のリインカーネーションも分け隔てなく受け入れるから。
「……っと」
僕は画面に出てきたフォームに彼女の情報を入力して、送信ボタンをクリックする。
それだけで、彼女はこの島の住民となった。
登録作業はホンの僅かな時間で終わる。
ただ、これは飽くまでも仮登録…この情報を元に、別の諜報部が彼女の痕跡を探り当て、キチンと存在していた人物であると認定するまでは、飽くまでもこの国の"仮"住民だ。
彼女の場合、10年ちょっと前の日本の記録をたどれば、毎日のように新聞に載っていたのだから、"仮"の状態が続くのも3日とかからないはず。
僕は登録が完了した旨を示す通知を確認すると、ソフトを終了させてパソコンを閉じる。
「たったこれだけの為にか…」
僕はほんの直ぐに終わる作業のために、動作の重いパソコンを動かしに、わざわざここまで来た事を小さく愚痴って椅子にふんぞり返った。
作業時間にして、僅かに15分ほど。
僕は椅子から立ち上がると、胸ポケットから取り出した箱から疑似煙草を一本取り出して咥えた。
「行こう。ダリオも、もう上がっていい頃だろう?」
煙草を咥えたままそう言うと、彼女はダリオに何かを伝えてから僕の傍に戻って来た。
「はい。あと10分も居ないです」
「程々にね」
手を動かしながら答えた彼に、僕は苦笑いを浮かべてそういうと、彼女を連れ添って部屋を後にする。
「やることは理解できた?」
「できたわ。ただ、持っておきたいものがあるんだけど」
「それは、これから行く場所を見てから言ってくれ」
通路を歩きながら、僕達は小さな声で会話を重ねる。
扉を3つ抜けて、"STAFF ONLY"の扉も潜って、空港の表舞台へと戻って来た。
僕はポケットから車の鍵を取り出して、ヒョイと小さく投げてはそれを掴む。
清潔な空港の玄関口…回転扉を抜けて、1車線しかない道路を渡って、背の低い車の元まで戻ってくる。
飛行機のエンジン音と、島の喧騒が音の波になってトンネル内のこの通路にも響いてきていた。
ドアロックを解除して中に乗り込むと、音の喧騒は一気にくぐもった音に変わる。
彼女が乗り込んだのを確認すると、僕はキーシリンダーに挿し込んだキーを捻る。
再び背後から重低音の咆哮が聞こえてくるようになった。
「前使ってた物は、持ってこれるだけ持ってきてるし、無いものはこっちで調達してるんだ」
ゆっくりと車体を発進させた僕は、助手席の彼女に向かって言った。
「あら、気が利くのね」
彼女の声を横耳に聞きながら、僕は暗いトンネルから高速道路へと続く道を走っていく。
煙草の煙が充満しないように小さな窓を開けると、外の騒音とエンジンの音…風を切る音が車内に入って来た。
「私が消えて、結局11年も経っていただなんてね。その割には世界は変わってないどころか、退化してってるように見えるけど」
速度も落ち着き、高速道路に乗って暫くたった後。
助手席に乗っていた彼女がポツリと呟いた。
「その間に"白銀の粉"関連の技術は一切伸びなかったし、仕方がない。11年前は微かにあった石油も、今となってはもう歴史の教科書の中ってわけだ」
「リインカーネーションがもっと酷い目に遭いそうね」
「遭ってる遭ってる。この5年でこの街のリインカーネーションは倍以上に増えたんだ」
僕はそう言って、真正面に見える飛行機を指さした。
白に緑色ラインが入った機体だ。
「皆、世界各国からアレに乗ってやって来るんだ」
空港から離れる道は、降りてくる飛行機とすれ違う形に伸びている。
さっきは並走していた巨大な機体とすれ違った。
「へぇ…リインカーネーションを飛行機に…どう考えても途中で堕とされそうね」
彼女は皮肉半分といった口調で言う。
「ああ、アレは外交目的でしか動かないから、堕としたら一発で国際問題だよ。他国で確保したリインカーネーションを乗せるのは、目的の一部としてだから」
「そう。火種にしかならなさそうな事案だけど」
「実際、事案だな。だけど、前の大災害から真っ先に立ち直って、リインカーネーションが元々多く流れ着いてきてて…元々重要部品の工場が多い場所だったのが良かった。5千万人の人口の50分の1がリインカーネーションなんだ」
「材料が合って、それを生かせる"昔の"元人間が居る…他の国の様子を見ないと分からないけど、それが貴重だってこと?」
「そういうこと。この島が消えれば、いよいよ中世にまで戻ることを考え出す羽目になる」
僕はそう言って苦笑いを浮かべると、備え付けた携帯灰皿に煙草の灰を捨てた。
そして、ウィンカーを上げて、右側に伸びている分岐に車の鼻先を入れていく。
「そのあたりは、そのうち分かってくるさ」
僕はそう話を切り上げて、続けざまに彼女に尋ねた。
「…ところで、11年前の墜落事件で…君は核を何個失った?」
尋ねたのは、僕達リインカーネーションの命の糧となる"核"の話。
リインカーネーションの間では、少々センシティブな話題だ。
リインカーネーションは、身体の内側、そして地球上のどこかに"核"が10個持っていて、それらを1つ欠損する度に、人間でいう"死"を経験する事になる。
それらの"核"は時間が経つとともに回復し、リインカーネーションの名の通り…つまりは再誕することになるわけだ。
体の中には、核は4つあり…それらすべてを一一片に破壊された時ですら、半年も掛からずに復活するとくれば…彼女の11年というのは、途方もない時のように思えた。
つまりはあの事件の時に、身体の外に"実体"として存在する"核"を破壊された事になる。
そんなに長い間、再誕しないのは、彼女が初めてだった。
「8個」
彼女は直ぐに答えた。
"核"を何個失ったかは、本人が自覚できる。
僕は彼女の答えを聞いて小さく唇を噛んだ。
つまりは…5年前のカタストロフィで失った、僕の部下たちがまだ誰も復活してこないということは…彼女のように核の8割も破壊されている事を考慮しなければならないことになる。
もっと多ければ、10個すべてが破壊されていれば、それ以上だ。
「了解……」
僕は彼女の"核"があの飛行機に載っていた事を確信して、口を開く。
リインカーネーションの手元に"実体する核"があることは先ず有り得ない。
僕のように、運よくリインカーネーションになって直ぐに"核"を回収できた者は数少ない。
自分で探し出して保管出来なければ…誰かの手に渡ってしまえば…それは永遠の命といえども、簡単にシャットダウンされる程度の命でしかない事を意味していた。
だから彼女の場合、あの、飛行機に乗っていた誰かが4つの"核"を持っていた事になる。
それまでに、僕達は彼女の"実体した核"を2つ、既に確保していたから…つまりは、彼女の"核"の残り全部を…誰かが手にしていた…あの事故で肉片と化した642人の中に居るわけだ。
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