第16話 Hello, Welcome toーシェリルとダムピールー
「お待ちしておりました」
チャーター機を降りて空港関係者に空港の出口まで誘導されると、そこには黒服を着た青年が立っていた。彼はシェリル・レファーニュを見つけるや否や歓迎の挨拶とともに深々と頭を下げた。
「あなたは……?」
シェリルはそう訊ねてすぐにギリシャで邂逅したクドラク・アウォードの顔を脳裏に浮かべた。彼女の隣にいるヴァン・レファーニュは表情ひとつ変えずにただじっと眼前を見つめている。
「僕はダムピール日本支部で副部長をしています
彼の口から「ダムピール」と「クドラク」の名前が上がり、シェリルは自分の勘が当たったことに困惑した。
一方の青年、十和は満足そうな笑みを浮かべていた。
年齢は二十代半ば辺りだろうが、艶のある黒髪とハリのある白い肌、着用する黒服が学生服に似ているのが相まって彼を実年齢より幼く見せた。肩に長さ一メートルほどの布製の筒をぶら下げているためラクロス部に所属する学生に見間違えそうでもあった。
「それは困りました」
シェリルは気持ちを素直に口にした。
「困るとは一体どういうことでしょうか?」
「クドラクさんにはここまで良くしていただきました。これから先は危険を伴いますので私自身の力で姉を探そうと考えています」
それを聞いた十和はあからさまに残念そうな顔をしてその場に膝から崩れ落ちた。
「申し訳ございません。何やら情報の行き違いがあったみたいですね。クドラク社長直々の申し出だったと部下から聞いていたものですから。僕はてっきり本部時代に目をかけていただいた
四つん這いの状態で、長々とセリフじみた説明をしながらアスファルトに何度も拳を打ちつける。
周囲にはタクシー待ちをする人が数名おり、男女が言い争っている光景から何事かと視線を向ける。加えて小学生くらいの男児が黙って女性の傍に立っているものだから、家庭崩壊の現場に居合わせたのではないかと聞き耳を立てる物好きもいた。
周囲の視線を感じたシェリルは彼の大仰な行為を止めようと慌てて訂正した。
「これは私が勝手に考えていたことですので、十和さんは何も悪くないのですよ。むしろクドラクさんの優しさを素直に受け取らなかった私に非があります。ですので今回のご好意は喜んでお受けいたしますから、どうかお起き上がってください」
「本当ですか? 僕はあなたをお守りしてもよろしいのですか?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
シェリルが微笑むと、十和は急に立ち上がり彼女の手を取った。
「いいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。すべての危険からシェリル様をお守りしますので、どうか大船に乗ったつもりでお姉様探しに集中ください!」
急に手を握られたシェリルは頬を少し紅潮させて狼狽した。
「ひとつお願いがあります。そのシェリル『様』と呼ぶのをおやめ頂けますか?」
「ご要望とあらば! シェリルさん」
一連のやり取りを見ていたのかいないのか。ヴァンはやはり黙ったままその場に佇んでいた。
□
ダムピール。
それは吸血鬼と人間の間に生まれた子––––半吸血鬼『ハーフ』が組織した団体の名前である。
表向きは「フレデリック・カンパニー」という物流サービスを軸とした多国籍企業である。クドラク・アウォードはダムピールの代表であり、フレデリック・カンパニーの社長も務めている。どちらに所属する者からも「社長」と呼ばれていた。
主な活動は人間社会における吸血鬼の支援である。必要とあらば衣食住を提供し、仕事も斡旋する。支援を受ける者は人間を殺す・直接吸血することを禁止され、決まりを破った者は支給品の没収、今後一切の支援を永久に受けられない。
これらはすべて契約書に記載され、契約を結ぶ際にも担当者から伝えられる。
ダムピールに所属する八割は『ハーフ』である。彼らが持つのは「不老」のみ。個人差はあるが十代後半から三十代半ば辺りで肉体的な成長が止まる。「不死」ではないので怪我や病気が原因で死ぬし、〈
人間にも吸血鬼にもなり切れない中途半端な存在。
人間と吸血鬼の間に生まれたイレギュラーな存在。
それが半吸血鬼『ハーフ』である。
十和正宗もその一人だった。
「これから向かう場所は何やら物騒なところらしいです」
十和は社用のSUV車を運転しながら後部座席に座るシェリルに目的地について説明した。彼女の隣に座るヴァンは窓から外の景色をじっと見ていた。
「ヴァン君。日本は初めてかな?」
十和の問いかけにヴァンが応えることはなかった。
「そうか、そうか。珍しいものが見つかると良いね」と十和は笑みを浮かべながら沈黙に対して返事をした。
「申し訳ございません。この子はしばらく声を発していなくて……」
二人のやりとりを見ていたシェリルが謝罪した。
「謝らないでください。質問の返答が戻ってこなくても良いんです。ヴァン君と一緒にいるのを僕はちゃんとわかっているよって、彼に知ってもらいたいだけですから。無反応でも無視されるのは嫌でしょうし。僕自身、彼と話がしたいんです。一方的だとしてもね」
シェリルはその言葉に心和むような気がした。
十和は「話が脱線しました」と謝罪し話を本題に戻した。
「先ほど『物騒』と言いましたが、僕は目的地の『海都』について話にしか聞いていないので、実際に中がどうなっているのかわかりません。ですがそこに人が住み、一種のコミュニティを形成しているのは確かです」
「情報屋の方がそちらにいらっしゃるのですよね?」
シェリルはクドラクが用意した資料の中身を思い出していた。
「ええ、まずはその情報屋からお姉さんについての情報を買いましょう。評判は確かなようです。それにお姉さんが河守市にいないのであればプラン変更しなければなりません」
十和はちょくちょくシェリルの様子をバックミラー越しに見ていた。表情から感情の機微を捉え、きめ細やかな対応に努めようとしていたのだ。
「ああそうだ」
十和は思い出したかのように声を上げた。
「何かあったら必ず僕を頼ってくださいね。さっきみたいに遠慮せずに。一人ではどうすることもできないことはありますから。だから無理せず人に頼ってください。今回の場合は僕にです。僕がいなくても頼れる人には頼りましょう。困っていれば必ず手を差し伸べてくれますから」
シェリルが抱えるものの大きさを知っていたし、自分では役不足なところは出てくると思いながらも、一人で抱え込もうとする彼女に対してそう伝えられずにはいられなかった。
一方のシェリルは十和の気遣いにとても驚いたが、同時に嬉しくもあった。そして彼にお礼を言おうとした時、「ああそうだ」とまた何かを思い出したかのように十和が声を上げた。
「差し伸べるで思い出しましたが『海都』までの道に大きな橋があるようで……」
それから話は脱線に脱線を続け「好きなお菓子の話」にまで発展した頃、十和はバックミラーに映るシェリルの表情に疲れの色を見つけ「つい話し過ぎました。すみません」と反省した。
「何か音楽でもかけましょう」
ふとしたことから話が発展しないようにラジオをつけた。
「今聴いてもらったのが午前最後の曲になります。リスナーの皆さんはお昼ご飯、何を食べるのかな? 一息ついて午後からも頑張っていきましょう! 時刻は十二時です」
ラジオDJが正午の時刻を告げると続けて曲が流れてきた。
軽快なリズムと心地良いメロディーが車内を包み込む。
市街地を走っていた車が海岸通りに出ると左手に海が広がっていた。雲のない晴れた空に浮かぶ太陽が海面を煌めかせている。
車は順調に目的地である『海都』へ向かっていく。
第二章「土曜日・PM」へつづく
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