第4話 Flashback『FRIDAY NIGHT』Story②ー我慢逃避行ー

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 遡ること数時間前。

 フレア・サザーランドと仲間たちは不法入居していたボロアパートから一日以上かけて河守市こうもりしまで辿り着いた。

 本当ならばもう少し早く到着する予定だった。しかしフレアの天才的な方向音痴により車は河守市までの道のりを大きく外れ、助手席で眠っていたスティーブが気付いた時には真逆の方向へ進んでいた。その後すぐにスティーブが運転を代わり事なきを得たが大幅な時間ロスを返上することはできなかった。

 河守市に入ってからはしばらく市街地を走り、海沿いに建つスーパーマーケットを見つけると駐車場に車を停めた。それから海を左手にして海岸通りを歩いた。

 すっかり日も暮れて藍色の空と海との境界線が曖昧になっている。海岸通りに並ぶ街灯がちょうど灯り始め、橙色の光が薄闇の景色に通りの形を浮かび上がらせていた。

 海岸通りの陸地側には道路と並行して林が伸びており市街地と海を隔てていた。所々に市街地と海岸通りを結ぶ道路が林を切り開いた形で伸びており、中にはトンネル道もあった。

 車通りはほとんどなく、波の音がよく聞こえる。耳をすますと林側から虫の鳴き声も聞こえてきた。

 しかしフレアの耳にはどちらも届いていなかった。なぜなら隣にいるスティーブの声に聴覚を支配されていたからだった。


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「やっぱりフレアの言葉を信じず予定通りジェフリーに運転を任せればよかった。でなければこんな時間に着くことはなかったし、コード先生に心配をかけずに済んだ。遅れるとわかった時点でコード先生に連絡を入れようと思えば『携帯電話を無くした』ってどういう神経をしてるんだ。どうしてこんなときに無くすんだよ。命も狙われているし、一体どんなくじ運をしていればこうなるんだ」

 スティーブはフレアが起こした惨事についてのあれこれから命を狙われる日々の鬱憤を当人に向かって吐き捨てた。フレアの尻拭いをするため運転を代わってから今までの間、愚痴を言ってばかりのこの頃を反省し黙っていたのだが「コードは俺たちの到着を今か今かと待ってんのかな?」と他人事のようなフレアの言葉にとうとう堪忍袋の尾が切れた。

 いつも以上の剣幕と強い語気にフレアは踏んではいけない地雷を踏んでしまったと後悔した。普段であればああ言えばこう言う態度を取って煙に巻いていたが流石に何も言えなかった。

「本当なら車でコード先生のところまで行きたいところだけれど、いつまでも盗難車に乗っているわけにもいかないからね。盗難に遭った被害者だって日本の警察だって馬鹿じゃない。すでに被害届が出されて捜査に踏み切っているかもしれない。だから大事をとって歩いているんだ。時間のない中ね」

 彼らの徒歩以外の移動手段はすべて違法のものだった。海を渡るときや国境を越えるときは船に忍び込み、車を使うときは人目につかない場所にある車を盗んだ。盗難車はわりとすぐに特定されてしまうので頃合いをみて新たに車を盗み直して足にした。

「スティーブくん。僕もね、少しは反省しているんだよ。だから落ち着いてくれ。それにあれは俺なりの優しさだったんだ」

 フレアはこれ以上スティーブの機嫌を損なわないよう慎重に言葉を選んで発言した。しかし怒り心頭に発するスティーブには無意味だった。今の彼に対する発言全てが火に油を注ぐ行為だった。ただしそれはフレアに限定されたことだが。

「その優しさとやらのせいで余計に時間を食っているんだ、フレア。あなたの無計画な優しさはいらないんだよ」

 スティーブは大きく溜息を吐く。

「夜の見張りと翌日の運転は違う者が担当する。そうジェフリーと決めたんだ。不本意ながらどちらも私らがやるからね。だから公平なルールを決めた。まあ何もしないフレアには関係のないことだけど」

 【同族殺しの魔女】の襲撃はいつも夜だったため就寝時には必ず一人が見張り役となっていた。と言っても実際に見張りをするのはスティーブかジェフリー・ワースの二人だった。フレアは主人の身分を使って見張りや運転などの雑用を断り、クリスは睡魔に従順なため見張り役の機能を一切果たさなかった。しかも容姿が年齢十二、三の少女のため運転も任せられなかった。彼女が運転しているのを巡回中の警察に見られれば面倒になることは目に見えていた。

「主人という立場を使って何もしないならしないで良かったんだ。だからもう余計なことはしないでくれ」

 スティーブは横目でフレアを睨んだ。

 普段のフレアなら「愚痴愚痴うるさいな。男らしくない」「ルールなどの決め事は上司の俺に報告するのが筋ってもんだろう」など意地の悪いことを言うが、やはりここでもフレアは黙ったままスティーブの言葉を受け入れた。


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 ジェフリーは二人のやりとりを後ろから見てうれしく思っていた。

 いつもフレアに煙に巻かれ消化不良を起こしていたスティーブが見事にフレアの長っ鼻をへし折っていたからだ。「もう彼に何を言っても無駄だ」と大きな溜息とともに項垂れるスティーブの姿を何度も見てきたジェフリーは心の中で「やったね!」と称賛した。

 そんな思いで二人の背を見ていたジェフリーは隣にいたクリスがいつの間にか砂浜に降りて走り回っているのに気がついた。

「クリスー。勝手にどっか行っちゃダメだよ」と声をかけるとフレアが「やれやれ」と溜息を吐きながら、歩道から砂浜へ降りられる短い階段を降りていった。

「あっフレア。逃げるな!」

 スティーブの声にジェフリーは「ああ、また逃げられた」と同情した。

 クリスはフレアに腕を掴まれ、一度は拘束されたものの歩道にいるスティーブの声に反応した隙を突いてまた砂浜を駆け出した。フレアは再度、追いかけたが小回りの利くクリスをなかなか捕まえられなかった。

「フレアと鬼ごっこ!」とクリスは長めのツインテールをポンポンと揺らしながら楽しそうにしている。

「いい加減にしろ! このばっ……」

 フレアが怒声を上げた瞬間、その場からふと姿を消した。

 不意の出来事にクリスは動きを止めて不思議そうな顔で辺りを見回した。

「フレアどこ行った?」

 そして急な強風に煽られ「あああー」とその場に倒れ込んだ。それと同時に遠くから何か大きな物が落下したような振動と衝撃音が轟いた。

 うつ伏せに倒れたクリスが顔を上げて音の方へ目を向けると砂煙が高く舞っているのが見えた。

「クリス! 逃げろ!」

 歩道からスティーブの声が聞こえた。

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