第5話 Flashback『FRIDAY NIGHT』Story③ー海辺の戦闘ー

   □


 スティーブは見ていた。

 自分たちの進行方向からフレアに向かって大きな物体がものすごい勢いで飛んでくるのを。そしてフレアはその物体ごと後方へ消えていった。

 スティーブはクリスに逃げるよう告げて、物体が飛んできた方に目をやった。月明かりが射しているものの遠くの状況までは確認できなかったがこれから身に起こることの予想は嫌でもできた。

 隣にいるジェフリーはスティーブの反応で何が起きたのか、そしてこの後何が起きるのか、やはり嫌と言うほど予想できて固唾を呑んだ。

 砂浜から歩道へ逃げてきたクリスはいつも通り物陰に隠れ息を潜める。

(気配はまだ感じない。だが確実にいる……)

 スティーブは状況確認するため砂浜へ降りると背後を警戒しながらフレアが飛ばされた地点まで向かった。そしてフレアを襲った物体が消波ブロックであることに驚愕した。

(一体どんな腕力をしているんだ……)

 五百キログラムほどの重量を持つ四脚式の消波ブロックを野球ボールの如く投げ飛ばす存在に異次元的な恐怖を改めて感じた。

 すべての吸血鬼から畏怖され、不老不死である吸血鬼を殺せる唯一の存在。

 現時点において最強の吸血鬼。

 畏怖の念を込めて呼ばれる異名は【同族殺しの魔女】。

 これまで何度も敵対してきた。

 何度もその強さを目撃してきた。

 彼女に狙われた者たちは例外なく殺される。そんな中、自分たちは今日まで生き延び続けた。多くの修羅場を潜り抜けたことで生まれた僅かな自負。僅かでも心の支えになっていたのは確かだ。しかしその一握りの希望も計り知れない未知数な恐怖で簡単に塗り潰された。

 フレアが今、どんな状況なのか。どれほど負傷しているのか。その姿は消波ブロックの陰になって確認できない。確認するためにここまで来たのに、恐怖に縛られた体が言うことを聞かない。

「スティーブ後ろだ!」

 金縛りから開放してくれたのは仲間の声だった。その声色は鬼気迫るものだった。


   □


 ジェフリーの声に反応したスティーブが振り返ると自分に赤黒い刃が振り下ろされているのに気がついた。

 しかし遅かった。

 今から回避行動をとっても避けることはできない。スティーブはそう悟った。

(終わった……)

 月明かりが消え、薄暗い中でもはっきりとした恐怖が目の前にあった。

 まばたき一つにかかる時間よりも短い一瞬の間に自分は殺される。

 死の現実から目を逸らすことすら許されない残酷な状況を受け入れる時間すらないまま赤黒い刃が目の前を通過した。

「!?」

 自分の体を切り裂くはずの刃が眼前の空を切ったのだ。

 一瞬何が起きたのか判然としなかった。

 死から開放され、少しばかりの余裕を取り戻したスティーブは【同族殺しの魔女】の腹部に握り拳大のコンクリートの塊が直撃しているのを見た。

 彼女を襲った不意の攻撃がスティーブの命を救ったのだ。

「クソ眷属! 諦めてんじゃねえ!」

 スティーブの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 それは時に鬱陶しく、時に苛立たしく、時に憎らしいが、時に頼もしい声の持ち主。

「フレア……」

 スティーブがその声に振り返ると上半身裸で勇ましい笑みを浮かべたフレアが立っていた。

「結構お気に入りだったのによ、あのライダース。『再生』したら破けちまった」

 フレアは文句を言いながら片手で消波ブロックの端を掴み、力づくで割ると握り拳大のコンクリートの塊を作った。

「俺が時間を稼ぐ。その間にお前は戦闘態勢を整えろ。いつも通りやってとっとと逃げるぞ」

 スティーブにそう告げると体勢を立て直した【同族殺しの魔女】に向かってコンクリートの塊を投げつけた。

 眼前の敵はフレアの攻撃をいとも容易く避け、つばのない日本刀に似た赤黒い剣を構えた。そしてフレアが間合いに入った瞬間、刃を振り下ろした。

 フレアは身を翻して攻撃を回避した。

 仕留め損ねた刃が一瞬で動きを止めると刀身を傾け、標的に向かって刃をいだ。今度は後ろに跳んで攻撃をかわし、すぐに身をかがめて足元の砂を握りしめた。それから連続で繰り出される斬撃をかわしながら、敵が刀を大きく振り上げた一瞬の隙を突いて、握り締めていた砂を相手の顔めがけて投げつけた。相手の視界を奪い、動きが止まったのを確認したフレアは相手に向かって走り出し、そのまま脇を抜けた。相手に背を向けるのは自殺行為に等しいが、仲間が戦闘態勢を整える時間を稼ぐ必要があった。

「うがあああぁぁぁ!!」

 フレアは全速力で砂浜を走った。左手に広がる海から打ち寄せる波が足元に迫ってもお構いなしに全速力で走った。

 彼女が狙っているのはフレアただ一人である。

 フレアが逃げれば他からどんな攻撃を受けようと構わず後を追う。フレアを殺せば彼女の目標は達成されるのだ。

 案の定、彼女は逃げ去るフレアを追った。

 フレアの目論見は当然の結果を示した。

 しかし一つだけ誤算があった。

 それはとても大きな誤算であり、不運を生むものだった。

 ただ、それは考えれば納得のいく誤算。

 誇りの持てる誤算でもあった。

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