仇となって・・・

笑顔が怖いと思った事なんて初めてだった。

それもそのはずだ・・・笑顔なんだから怖いわけがない。

けれど、俺の上に跨っている少女の笑みは、その考えを凌駕する程の恐怖を俺に与えていた・・・。

そして、その前に言った言葉が・・・更に俺の恐怖を膨れ上がらせるには十分だった・・・。


「なに、言ってるんですか・・・おかしいですよ・・・」

「何がおかしいの?好きな相手とそうなりたいと思うのは当然の事でしょ?・・・それとも何、まさか私とじゃ嫌だって言うの・・・。」


キッ、と睨みを利かせる少女。

俺は何も言えないまま、首を大きく左右に振った。

したくてそうした訳じゃない・・・下手な事をして機嫌を悪くすれば何をされるか分からないから、仕方が無かった・・・。

首を振る俺を見て、また笑みを浮かべる少女。


「そうよね❤繋には私しかいないものね❤」


機嫌を良くした少女が俺に勢いよく抱き着いてきた。

細い腕が俺の首に回されて、綺麗に整った幼くも何処か上品さが伝わってくる顔が、俺の顔のすぐ横にきた。


「繋繋繋❤私の繋❤うふふ❤」


耳元で俺の名前を連呼する少女。

俺はただじっとそれを受け入れるしかなかった・・・。

それから数分後、気が済んだのだろうか、急に離れた少女。

かと思えば、今度はこんな事を聞いてきた。


「繋、お腹空いてない?食事にしましょう。」

「・・・作るんですか?」

「そんなわけないでしょ。ここの事はメイドがやって、それが済んだらすぐに帰る事になっているの。食事もメイドが準備した物があるわ。本当は私と繋の家に誰も入れたくなかったけど、身の回りの事をやる人間が居ないと不便でしょ?」


そう言いながら、少女は俺の上から退いて、ドアの方へ歩いて行く。

今の話を聞いて、俺は少しの希望を見出した。

完全に二人きりでは無い事を知ったからだ・・・。

どうにかしてメイドさんに協力を仰ぎ、此処から脱出できないか?

俺を拉致したのもメイドさんだが、きっと嫌々少女に協力させられたんだと思う。

ならば、まだチャンスはあるはずだ・・・。

ふと見ると、少女がドアノブに手を掛け、部屋を出て行く所だった。

食事を用意すると言っていた少女に、警戒されない為というのも含めて、お礼を言った。


「ありがとうございます。・・・神之超様。」

「・・・・・・何ですって・・・」


何がいけなかったのか、ピタリと止まって明らかな怒りを含んだ声を出す少女。

振り返って俺を見る少女の顔は、誰が見ても「怒り」だった・・・。

そのまま俺の元へ速足に戻って来たかと思うと、俺の両頬を手で挟み込んだ。


「今、何て言ったの。」

「あ、ありがとう、ございます・・・と・・・」

「そっちじゃないわっ!!神之超様?今確かに私の事をそう呼んだわよね!?ふざけているの!?何故そんな他人行儀な呼び方をするのよ!!」


金眼をギラつかせながら俺の顔を覗き込んでくる少女・・・。

落ち着きを取り戻しつつあった俺の心臓は、またバクバクと激しくなっていった。

思い返してみれば、確かに口に出してハッキリと「神之超様」なんて呼んだ記憶は無い。

まさかそれが今、仇となるなんて・・・。

少女の勢いは止まらなかった。


「今のは聞かなかった事にしてあげるわ!だから今度はちゃんと呼んでみなさい、「お嬢様」と!いつも通りそう呼びなさい、さぁ早くっ!!」

「お、お嬢様!」

「そうよそれで良いの!!次また変な事言ったら本当に許さないから!!分かった!!?」

「分かり、ました。申し訳ありません・・・。」


怒りをぶちまける少女に謝る。

以前にもこんな事をよくやっていたな・・・。

その時には、謝れば大体は許してくれていた・・・。

今回もこれで許してくれるだろうか・・・。

・・・そんな俺の浅はかな願いは、脆くも崩れ去る・・・。


「・・・ダメね」

「えっ・・・何が・・・です・・・」

「あんな銀髪の傍にずっと居たからこうなったのよ・・・・・・、やっぱり食事は後にするわ。・・・・・・それまで・・・」


近かった少女の顔が、更に俺に迫ってきた・・・そして・・・。


「繋・・・私無しじゃ生きていけなくしてあげる・・・。」


その言葉を最後に、二人の顔の間にあった距離が、消えて無くなった・・・。

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