元執事になって・・・

静まり返った部屋に、雨の音だけが響いている。

さっきよりも強くなっている気がする。


「あ、の・・・奥様?俺、何かマズい事でも・・・。」


おずおずと、今まさに俺に解雇を言い渡した奥様に話しかける。

何か、気に障るような事でも仕出かしてしまったのだろうか・・・。


「いいえ、貴方は娘の執事として、とても良く尽くしてくれました。メイドから貴方の事は全て聞いていましたから、悪い事なんて何もありません。」

「では、何故・・・。」


俺の内心とは裏腹に、良くやってくれたと褒めてくれる奥様。

一体何がどうなって、俺は解雇されたんだ・・・。

その疑問だけが俺の頭を悩ませる。

それに気づいてかどうか、奥様が話しだした。


「実は今日、会社にある・・・人が来たんです。」

「ある人?」

「はい。その人に言われたんです、家にいる執事を辞めさせてほしいと・・・。」

「えっ?」

「私の家に居る執事は、無逃さん・・・貴方しか居なかったので、誰の事だかすぐに分かりました。」


驚いた。

あの神之越の、しかもその会社の社長である奥様に直々にそんな事を話に行くなんて・・・。

だけどまた分からない事が増えた。

どうしてその人は俺を辞めさせるように言いに来たのか・・・それもわざわざ会社にまで行って・・・。


「理由を聞いた上で、キッパリと断りました。こんなに娘に尽くしてくれている貴方をいきなり解雇になんか出来ませんし、何より後1か月の期間がありましたから。」

「・・・。」

「けれど、話が終わってその人が出ていく間際に言ったんです・・・「なら彼に直接聞いてみて下さい。」、と・・・。」


やっぱり分からない・・・。

第一その人物が誰で、どうして俺にそこまでこだわるのかが知りたい。


「なので、先程私が言った「解雇」は、まだ決定事項ではなく無逃さんのお答え次第でそうなると言う事です。・・・すみません、誤解させるような言い方をしてしまって。」

「い、いえ!奥様が謝るような事ではありません!」

「ありがとうございます。・・・それで、無逃さん。」

「・・・はい。」

「無逃さんは、どうしますか?」


辞めるか辞めないか・・・その選択を聞いてくる奥様。

少しだけ考えて・・・いや、考えなくても俺の答えは決まっていた。

奥様を見て、答えた。


「奥様、今日までお世話になりました。」

「・・・本当に、良いんですか?」

「はい。後1か月後には辞めていましたし、それに・・・」

「?」

「俺がこのままこの家に居れば、またその人が会社に来るかもしれませんから・・・これ以上俺のせいで、奥様にご迷惑をお掛け出来ません・・・。」


俺の言葉を聞いた奥様は立ち上がって、俺の隣に座ると・・・、


「えぁ!?・・・お、奥様?」

「ごめんなさい、無逃さん。」


抱き着いて、謝ってきた。

こんな事を思うのは失礼かもしれないが、幼い頃によくこうやって、泣いていた俺を慰めてくれた母を思い出した・・・。

温かくて、そのまま眠りについてしまいそうになる・・・俺が覚えている、数少ない思い出・・・。


「いえ、良いんです。」


それだけ答えて、奥様が離れるまでそのままの状態が続いた・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


さっきよりは雨が弱まってきている。

門の前で、奥様やメイドさん達と言葉を交わす。

これでお別れ、もう会う事も無いだろう・・・。


「今日までは居てくれても良かったんですよ、無逃さん。」

「奥様の言う通りですよ、決まったからって急にそんな・・・。」


皆が俺を引き止めてくれる。

それが何だか嬉しく思えて、泣きそうになって・・・。


「いえ、甘える事は出来ません。・・・あっ、でも一つだけお願いが・・・」

「何ですか?」

「・・・お嬢様に伝えてほしいんです。急に辞めて申し訳ありませんって事と、後、ありがとうございましたって事を・・・。」


奥様とメイドさん達にそう伝える。

お嬢様の事だから、俺が辞めた事にそんなに興味は持たないと思うけど、それぐらいは伝えておいてほしい。


「分かりました。必ず伝えておきます。」

「ありがとうございます。」


それを最後に会話が途切れた。

俺は深呼吸して・・・、


「それじゃあ、お世話になりました!」


別れの言葉を告げ、背を向けてその場を去った・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「半場勢いで言っちゃったけど、これからどうしよう・・・。」


あれから歩く事数十分、これからどうするか全く考えていなかったから頭を悩ませている俺が居た。


「いやいやあれで良かったんだ!奥様に迷惑は掛けられない!・・・あっ。」


立ち止まり、今更思い出す。


「そう言えば、俺を辞めさせるように言いに来た人が誰なのか結局分からなかったなぁ・・・・・・、まぁいいか!俺から聞くのも変だし、今から戻って聞くなんて無理だし・・・。」


そしてまた、歩き出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「そう言えば、無逃さんに言ってなかったかしら?」


自分の部屋で、思い出して立ち上がる。

あの時来た人物が誰で、無逃さんを辞めさせるに言ってきた理由・・・。


「・・・あの人、て言うにはやっぱりまだ幼いかしら。・・・あの子が言ってたわ、無逃さん。」


もうこの場にも、この家にも居ない元執事に向けて話す。

あの時、言われた事を・・・。


「貴方が欲しいって。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「住む家が見つかるまで、取り合えずは安いホテルかネットカフェにでも・・・ん?・・・何だ?」


俺の目の前に止まった白いリムジン。

道を塞ぐようにして停車したので、これ以上は前に進めない。

引き返そうと後ろを向けば、いつの間にか後ろにも同じようなリムジンが・・・。


「えっ?えっ?何?」


何が起きているのか分からない。

ただ、囲まれてしまったているのは理解できた。

ガチャッ・・・。

後ろでドアの開く音がした。

振り返って見ると・・・。


「・・・・・・え。」


雨が止んだ。

雲の隙間から光が射して・・・、俺と・・・、俺の目の前に立つ少女を照らしていた・・・。

あの時の様に、俺に手を差し出して言った。


「迎えに来たよ、私の執事さん。」


ツインテールの銀髪が、風で靡いた・・・。

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