奥様が帰って来て・・・

家に帰って来てすぐにお嬢様に部屋に連れられた。

理由は言わずとも分かっている・・・。

だけど今は俺にとっても都合が良かった。

きっと何かしら言われてうやむやにされてしまうかもしれないが、もうあんな事止めるように言わないと・・・。

部屋に入るなり背負っていたランドセルを乱雑に放り投げ、ベッドに腰掛けるお嬢様。

その目は明らかな怒気を含んでいる。

俺は言われる前にお嬢様の前に正座する。

そうするのが適切だと分かっているから。


「繋、どうしてあの場所に居たの。」

「お嬢様が中々出てこられなかったので、心配になり警備員さんに許可を頂き入りました・・・。」

「・・・そう。」


足を組み、俺の返答に一言返す。

今度は、俺から話した。

こんな事話したくは無いけど、知っているのは俺だけなのだからそう言う訳にもいかない。


「・・・お嬢様、どうしてあんな事を・・・」

「・・・。」


目を反らして何も答えないお嬢様。

それでも構わずに話を続ける。


「お願いですから、もうあんな事はやめて下さい・・・。もしバレたらお母様も悲しみます。」

「・・・。」

「・・・俺から、更上神様には謝罪はしました。ですから・・・」

「っ!!・・・何ですって。」


だんまりだったお嬢様が「謝罪」の言葉に反応して、俺を睨みつけてきた。

そして立ち上がり、俺を押し倒して馬乗りになってきた。

俺は抵抗もせずに下に敷かれる・・・、お嬢様に対して抵抗なんて無意味だから・・・。


「何て言ったの、謝罪ですって?・・・ふざけないで!!どうして私の執事である繋がっ!!あんな奴に謝罪をするのよ!!私はただ教えてあげただけよ!!私とあいつは違うって!!・・・ハァ、ハァ。」


興奮しながら怒号を飛ばすお嬢様。

息が、平手を受けた頬に掛かるぐらい距離が近い。


「・・・仰っている意味がよく分かりませんが、他にも教え方があったはずじゃ・・・」

「うるさいうるさい!!繋は私に言う通りにしていればいいの!!今までもこれからも!!分かった!!?」

「・・・・・・はい。」


一瞬、もうすぐここを出ていく事を伝えようとしたが、ギリギリでその言葉を飲み込んだ。

お嬢様には伝えていなかったが、それで良かったかもしれない。

知られれば、絶対とは思えないが、もしかしたら引き止めてくる可能性も考えたから・・・。

俺の上から退いたお嬢様は再びベッドに腰掛けると、足を俺の目前に差し出してきて言った。


「キスしなさい。」

「・・・。」


何も言わずに、言われた通りに差し出されている白くか細い足の甲に口を付けた。


「んっ・・・。そうよ、繋は私の執事なんだから、それでいいの。」


この行為に何の意味があるのかなんて分からなかったが、お嬢様の機嫌が直るのならそれで良かった。

後は、もうあんな事さえしないのなら・・・ここを出ていく時にも後味の悪さを残さないで済む・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


翌日は天気が悪く、朝から小雨が降っていた。

昨日の事など無かったかのように、いつも通りにお嬢様を起こし、学校まで見送る。


「行ってくるわ。繋。」

「いってらっしゃいませ、お嬢様。」


お嬢様と、昨日の事が後ろめたいのだろうか、どこかソワソワとしている学友二人は門を潜って行った。

まぁ普通はそうなるよな・・・。

そう思いつつ、腕時計で時間を確認する。

いつもなら更上神様が来る頃の時間だが、まだ来ていない・・・。

待ち続けるが、中々やって来ない。


「・・・もしかして、昨日の事を気にしてるんじゃ・・・。」


俺が昨日断ったから・・・。


「・・・いや、まさかな。」


もしかしたら雨が降っているからいつもより早く学校に着いて、もう教室にでも居るんだろうと、そう思った。

そのまま車に乗り込み、家へと戻った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


家に着く頃には、本格的に雨が降り出していた。

車を降りた俺の元にメイドさんの一人が駆け寄って来て言った。


「無逃さん、奥様がお呼びです。」

「えっ?帰って来てらっしゃるんですか?」

「はい。それで、帰ってくるなり、無逃さんが戻って来たらすぐに奥様の部屋へ行くように伝えてほしいと・・・。」

「そうですか・・・分かりました。ありがとうございます。」


メイドさんにお礼を言って、すぐに奥様の部屋へ向かう。

何だろうか?

もしかして、何かやらかしてしまったのだろうか?

悪い方に考えてしまうと、心拍数が上がって行く。

奥様の部屋の前に着いて、身なりを整え、ドアをノックする。


「奥様、無逃です。メイドさんに話を聞いて来ました。」

「どうぞ。」

「失礼します。」


奥様の声がして、緊張しながら中に入った。

部屋の中のは、ソファーに腰掛けて奥様が待っていた。

俺は奥様に近づいて、頭を下げる。


「お帰りなさいませ、奥様。」

「ただいま、無逃さん。」


奥様が笑顔で返事を返してくれる。

良かった、見る限り怒ってはいないようだ・・・。

奥様に言われてソファーに腰掛ける。


「何か、お話でしょうか?」

「えぇ、その事なんだけど・・・」


真っ直ぐに俺を見て、確かにこう言った。


「無逃さん、貴方を今日限りで・・・解雇とします。」


一層高く、心臓が跳ね上がった。

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