執事になって・・・

「奥様、募集の張り紙を見てこられた方がいらっしゃいます。」

「どうぞ。」


メイドさんがドアをノックして、中にいるであろう社長さんに声を掛けると、中から女性の声がした。

失礼します、とメイドさんがそう言いながらドアを開ける。

中に入るよう手で後押しされて、中へ入る。

豪華・・・その言葉が真っ先に頭に浮かぶほど、部屋の中は凄かった。

そして、俺の目の先に居る女性。


「よくいらっしゃいました。私、神之超社社長の神之超瑠輝(かみのごえるき)と申します。」

「あっ、えっと、無逃繋(むとうつなぐ)です。」

「どうぞそちらに腰掛けてください。」


社長に言われるがままに、傍にあったソファーに腰掛ける。

目の間に座った社長を見る。

どう見ても20代後半、いや下手したら前半でも通るんじゃないかと思うくらい若々しい容姿に、綺麗なロングの金髪を後ろで束ねている。

反面、スーツがピッチリしていて、それが大人の女性を醸し出していた。


「どうかなさいましたか?」


見とれてしまっていたのか、声を掛けられる。


「あぁいえ!すみません、お綺麗だったのでつい・・・、てっ、いやその!すみません!何言ってんだ俺・・・!」


慣れない場所と、目の前に座っているのが大企業の社長と言うのが俺を緊張させているのか、思ったことが口からポロポロ出てくる。


「あら、嬉しいわ。そんな事言ってくれるなんて。」


そう言ってクスクスと笑う社長さん。

その笑みもまた、とても綺麗だった。

あっ!と、思い出したかのように声を出してしまう。

今更だけど、手違いだって言わないと。

どうしたのかと俺を見る社長さんに事情を説明する。


「そうだったんですか。家のメイドが申し訳ありません。」

「えっいや!全然大丈夫ですから、頭を上げてください!」


事情を聞いた社長さんが頭を下げるものだから、俺は慌ててそれを制止するように言った。

心臓に悪い。

でも、話す事は出来たから、これで帰れる。

そう思っていたのに・・・。


「ですが、これも何かの縁。宜しければ、家で働きませんか?」

「えっ・・・?」


顔を上げた社長さんが俺を勧誘してきた。

帰れるとしか思っていなかった俺は、カウンターを食らって固まる。


「今聞いた話だと、無逃さんは今働き口を失っているのでしょう?なら、ここで働くのも悪い話ではないんじゃないですか?」


余計な事まで話過ぎたのが仇になった。

確かに断る理由が他にない。

・・・終わった。


「あの・・・因みに仕事の内容は・・・俺、お手伝い募集の所しか読んでなくて・・・。」


ここがあの大企業だと分かった以上、危ない事をさせられる事が無い事は分かった。

ただ、仕事内容が何なのか気になって聞いてみた。

すると、社長さんは何やら苦笑いの様な顔をして言った。


「それなんですが・・・私の娘の面倒、言わば執事をやっていただきたくて・・・。」

「娘さんの・・・執事?」


仕事内容よりも、娘さんがいた事に驚いた。

まだ、話は続いた。


「はい。・・・実は早くに夫を亡くしまして、それからは私が女手一つで育ててきたんですが、会社がここまで大きくなると、中々家にも帰れず、娘の事は家のメイドに任せっきりで・・・娘も分かってくれているとは思うんですが、寂しさからか、とても我儘で・・・。」

「・・・あの、失礼ですが、娘さんは今おいくつなんですか?」

「今12歳です。女学校に通っています。」


まだそんな歳で母親と滅多に会えないのは辛いだろうな・・・。

それに、早くに父親を亡くしていると言うのが、俺に何か近い物を感じて・・・。


「あの、少しの間・・・短期間でもいいのなら、その仕事やらせて下さい。」

「本当ですか!?よろしくお願いします!」

「いやあの!お願いするのは俺の方で・・・。」


何故か雇い側の社長さんがまた頭を下げるのを見て、慌てて止めに入る。

そう言われた社長さんと俺は、二人で笑っていた。

それから、もう少し細かく話し合いもした。

期間は3か月、仕事内容は娘さんの身の回りの事・・・まぁ、言われたことをすればいいか。

そうやって話がどんどん進んでいった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それでは明日からよろしくお願いしますね、無逃さん。」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします。」


話が終わり、互いに握手を交わす。


「後は、娘に・・・」


社長さんが言いかけた時、ドアがノックされ、返事を返す前に開けられる。

入ってきたのは、社長さんと同じ綺麗な金髪の女の子。

腰まであるロングストレートの髪に、目も金色で綺麗だった。

一目見て、この子が社長さんの言っていた娘さんだと分かった。


「あら、お客様が来ていたんですか。」


その子は俺を見てそう言った。


「丁度良かったわ。無逃さん、この子が私の娘の光璃(ひかり)です。光璃、ご挨拶を。」


社長さんが娘さんである光璃ちゃんにそう言う。

光璃ちゃんは俺の方を見て、自己紹介をした。


「初めまして、神之超光璃です。」


それだけ言うと、ペコっとお辞儀をした。

聞いていたよりも全然我儘な子には見えないけどな・・・。


「光璃、此方は無逃繋さん。明日から貴女の執事をして下さることになった方よ。」

「初めまして、無逃繋です。よろしくお願いします。」

「執事?」


俺が自己紹介をすると、光璃ちゃんは俺の方まで歩み寄ってくると、ジロジロと俺を品定めするかのように見てきた。

俺はどうする事も出来ず、ただじっとしている事しかできない。

そして、


「貴方、私の事はお嬢様と呼びなさい。それと、明日からじゃなくて今から私のよ、いい?」


そんな事を俺に言い放った。

俺がポカーンとしていると、社長さんが光璃ちゃんに言い聞かせていた。


「こら光璃!そんな言い方しちゃいけません!」

「どうして?だって私のでしょ?ねぇ繋?」


俺に向き直りそう聞いてくる。

しかもいきなり呼び捨て・・・。

確かに・・・我儘かもしれない・・・。

しかし、こんな事で気を悪くするほど、俺は小さい奴じゃない。


「は、はい。俺はたった今から、お嬢様の執事、です。」

「ほらね?お母様。」


返事を返すと、私の言った事が正しかったと言わんばかりに社長さんに笑みを返す。

恐ろしい・・・。

それを見た社長さんは、溜息を吐いて俺に話してきた。


「すみません無逃さん。私はこれからまた会社に戻らないといけないので・・・、娘の事、よろしくお願いします。」

「は、はい!分かりました!えっと・・・奥様!」


立ち上がった社長さん、奥様にそう言うと、それを聞いた奥様はクスクスと笑って、部屋を出て行こうとした。

出る直前に、お嬢様に一言・・・。


「いい光璃?あんまり無逃さんを困らせちゃダメよ?」

「・・・分かってます、お母様。」


その会話を最後に、奥様は部屋を出て行った。

残った俺とお嬢様。

どう切り出そうか悩んでいたら、お嬢様から話しかけてきた。


「繋、貴方には私の執事としてのルールを授けるわ。」

「ルール・・・ですか?」

「そうよ。ここに座りなさい。」


先ほどまで座っていたソファーを指さされ、言われた通りに座る。

すると、


「ちょっ、ちょっとお嬢様!?何してるんですか!?」

「何?まさか私に文句があるの?」


座った俺の膝の上に、当たり前のように座ってくるお嬢様。

流石にこれには驚く。

何をしているのか聞いたら、睨みを利かせてきた。


「い、いえそうじゃくて・・・何で俺の上に?」

「私の執事を私がどうしようが、私の勝手でしょ?」

「・・・・・・。」


俺、3か月もやって行けるのかな・・・。

引き受けた事を、少しだけ後悔し始めた・・・。

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