Scene.4
僕とベロはラブホテルを出て、車に戻った。隣に停まっていた軽自動車はいなくなっていた。乗り込んだけれどエンジンはかけず、僕はシートに深く身を預けた。座り慣れた革張りの感覚は妙に鈍く、アルコール漬けの肝臓の上に載っているようだった。頭は19世紀のロンドンみたいに深い霧に覆われていた。だけどその中心部はとてもクリアに晴れていた。おそらく産業革命はこういう状況から生まれたのだろう。助手席のベロもぼんやりとした顔でフロントガラスを眺めていた。彼女は煙草を吸おうとしたが、パックから何度も抜き損ね、ようやく口に咥えたと思ったらマッチを何本も折った。見かねた僕はベロの手からマッチを取り、代わりに擦ってやった。
「ありがとう」
煙を吐き出して、ベロは言った。
「気分はどう?」
「気分は、ええ、最高よ」
「産業革命は生まれそう?」
「何ですって?」
「冗談さ。19世紀的冗談」
ベロは納得のいかない表情をしていたが、やがて僕から顔を背けてつぶやいた。
「よかったわ」
「え?」
「よかったって言ってるのよ」
「具体的に何が?」
「意地悪しないで。映画でもよくあるじゃない。ベッドシーンの後に、あなたとてもよかったわって言うシーン。ニコール・キッドマンとかシャロン・ストーンとか」
「ヴェロニカ・レイクとか」
「誰よ、それ」
「僕の初恋の人さ。『奥様は魔女』とか知らない?」
「知らない。だけど、ろくな女じゃなさそうね」ベロはアラン・ラッドが聞いたら失神しそうなセリフを吐いた。
「とにかく、そういうのはお決まりなの。お決まりはちゃんとこなしていかなくちゃ。山道にリボンで目印をつけるみたいにね。そうじゃないと、自分たちがどこまで進んだのか分からなくなってしまうもの」
その意見には同意する。ただ目印をつけたとして、その地点まで戻ることができるかどうかは別の話だけれど。
「でもニコール・キッドマンやシャロン・ストーンが世界の果てへ行く映画なんてあったかな」
「もういいわよ」ベロはぷいと横を向いた。
「あなたはすぐそうやってものごとを茶化すのね。よくない癖だわ」
それは自分でも分かっている。僕は付き合ったことのある女の子から必ずそう言われてきた。ふざけないで。まじめにやって。でもふざけなくてもまじめにやっても、彼女たちの行動が変化したことなんて一度もなかった。ものごとがなるようにしかならないのであれば、茶化していたほうが気楽でいられるものじゃないか。
「僕も感想を言ったほうがいい?」
「結構よ。ほら、さっさとエンジンをかけて」
「はいはい。さて、お次はどこへ行くんだい?」
「この道をまっすぐ、海沿いに走って。どこかで見つかるはずだから」
「何が見つかるんだい?」
「象と飼育係よ」
「象?」
「と、飼育係」
やれやれ。僕はため息をついた。とんだ産業革命だ。
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